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『ひきこもり姫』2

「それであの人たちは、アリスお姉ちゃんの知り合いなの?」


「知り合いではないけれど、よく知っているわ。彼らには、私にもあったはずの輝かしい青春を捧げてきたから」


 みんなは『ひきこもり姫』をご存知だろうか。


 『ひきこもり姫』とは、苺ソフトより発売された女性向け恋愛アドベンチャーゲーム。通称『ひき姫』。発売以来、ひきこもりになる若者が急激に増加し、販売中止寸前まで追い込まれた問題作である。

 あらすじは、ひきこもりの女の子を外へ連れ出すために、周囲の男の子たちがあれこれ手段を尽くすドタバタラブコメディーで差し支えないだろう。


 なぜこんな前フリをしたかというと、私は思い出したからだ。彼らの存在に。

 彼らはなんと――『ひきこもり姫』に登場する攻略対象の男性キャラクターたちなのだ。


 驚いた? 驚いたかしら?


 まず中世騎士のような風貌をした金髪碧眼の男性は、北条院シリル。彼は、イギリスからの転校生で主人公(名前設定可能)と同い年。ホームスティ先の主人公の家でお世話になる。

 初対面で「親しみ込めて"シリ"と呼んでくれると嬉しいよ」と微笑みかけられた瞬間、全国のひき姫プレイヤーは彼の尻を想像しながら「シリィィィィイイイイッ!!」と叫んだことだろう。

 ちなみに彼の現在の姿は、主人公に興味を持ってもらいたい、あわよくば一緒にお出かけしたいという気持ちでアニメのコスプレをした結果なのである。当然ひきこもりの主人公に断られ、失敗に終わっている。


 次にメイド服を着こなした綺麗な男性は、新妻ほたる。彼は、主人公の1つ年下の幼馴染で高校1年生。主人公がひきこもりになってからは、なかなか構ってもらえず、その寂しさが原因で女装してしまった男の娘。

 サバサバした主人公よりも女子力が高い。将来は自分が彼女を養って暮らしていこうと決意。√終盤ではそれを有言実行し、仕事と家事、それに主人公のお守りまでを完璧にこなす離れ業をやってのけた。彼に落とされたひき姫プレイヤーは、ひきニートまっしぐらだったことだろう。


 最後に短パンを履いた小さい男の子は、菊池照。彼は、見た目は子どもだが、部屋にひきこもる主人公を大人の目線で遠慮なく罵ってくるほどの毒舌のもちぬしだ。そのため、それに耐え切れず心をズタボロにされてしまった豆腐メンタルのひき姫プレイヤーが後を絶たなかった。

 しかし、√の終盤は年相応に甘えてくる可愛い一面が見られ、共通と√の序盤から中盤の悪態を我慢できれば、ショタコンに優しい世界が待っている。


 と語ろうと思えば泉のように湧き出るため今回はここまで。


 しかし、『ひきこもり姫』の大ファンである私が、なぜ彼らの正体にいち早く気付けなかったかというと、ゲームのパッケージイラストや携帯ゲーム機の画面で見たときとは明らかに違う部分があったからである。

 それは落ちくぼんだ瞳。目元にはできたクマ。血色の悪い唇。元々の明るいイメージを持たせるキャラクターデザインに反して、死人を連想させるようなものになっていた。


「『ひきこもり姫2』は、イラストの作風が変わったか、またはイラストレーター自体が変更されたのか」


「ねえ、アリスお姉ちゃん! なんか近づいてきてるよ!? 怖い、動きがすごく怖いよっ!」


「あら、もしかして私のひきこもりフェロモンが呼びせてしまったのかしら? なんつって」


「冗談を言える状況じゃないと思うな!?」


 3人以外にも、どこからともなく現れる、生気を抜かれた人の形をした何か。100人単位では収まらず、どんどん増員されていく。

 人間とは思えないおどろおどろしい動きで少しずつ距離が縮めてくる。その姿は、まるで人間を追いかけるゾンビのようだ。


 そう、ゾンビ!

 私たちは、ホラーゲームの世界にでも迷い込んでしまったのかしら。


「とりあえず屋内に逃げよ、アリスお姉ちゃんっ!」


 屋内は建物が崩れる危険性があるが、それ以上にゾンビに捕まる恐怖が勝ったのだろう。

 私の手を引いて、反対側に走り出すシャルルくん。繋いだ手から、汗と震えが伝わってくる。


 シャルルくんは、怖いものが苦手なようだし、お姉さんのである私が頑張らなければ。


 と思った矢先のことだ。

 無我夢中で走るシャルルくんが、足元に転がっていた石に躓きそうになる。


「シャルルくん……!」


「うわぁぁぁぁぁ!?」


「――リライト」


 転びかけたシャルルくんをリライトで強化した腕で引っ張り、勢いそのままに抱き上げる。

 ずっしりとくる重さに筋肉がピクピクする。だが、それすらもリライトで書き換える。とくにいまにも折れてしまいそうな脚には、リライトを入念に重ね書きした。


 人間離れした身体能力でシャルルくんをお姫さま抱っこしながら、その場を離れた。


 安全な隠れ場所を探している最中、シャルルくんが私の体調を案じて口にする。


「転びそうになったボクを助けるためにリライトを使ったよね? 使わないで、って約束したのに。1週間の間、ずーっと目を覚まさなかったことを忘れたの!?」


「極力使わないって話で、使わないって約束はしてなかったでしょう? それに私が助けなかったらコケてたと思うし、それで可愛い顔に傷がついたらと思うと……」


 "好き"の気持ちは呪いだ。

 一度、理解すれば、自らの枷となって相手のことしか考えられなくなるのだから。


 自分は二の次。シャルルくんさえ無事でいてくれるなら私はそれでいい、と思うひきこもり姫だった。

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