優雅な光の復活
「な、に……。わたしを、殺すの?」
「単刀直入に言えばお前を捕まえろと依頼された。殺しはしない、だが抵抗するなら無傷で済ませてやらない」
「どう、して」
闇に溶け込むような路地。じめじめとした陰気な壁に背をつける薄汚れた裸足の少女。大人しそうで今は怯える少女の先には銃を構えた殺し屋らしき人物が無感情な低い声で淡々と少女の質問に答えていた。
「どうして、わたしは、追いかけられるの」
「お前があんなとこから来たんだから仕方ないな」
殺し屋は舌打ちを鳴らし、怯える少女の前に突きつけたソレのスライドを引いた。たじろぐ少女の瞳から大粒の雫が今にも額を伝いそうである。
幾許の時間が経ったが互いに動くことはなく、完全に平行線だった。そんな中、路地に転がる石が踏まれる音がすると二人は同時にその方向を向いた。
「もういい、後は僕が捕まえる。ご苦労」
「気が変わった、こいつは私がもらう」
すぐさまに照準を少女から得体の知れない青年に向け、少女を庇うように立つ。だが、青年は薄笑いを浮かべたまま諸共せずゆっくりと近づいていく。――まるで死を恐れぬかのように。
「僕に雇われた身でありながら裏切るつもりか。まあいい、裏切りには制裁を、報いたる死を授けよう」
青年は懐から不思議な色合いをした石を取り出すと何かを呟き出す。それに呼応するかのように石はその光を強めてゆく。光が一瞬強く鋭く輝いた時、全てを穿つような閃光が否、放たれた。
閃光が止んだ時、少女と青年の間には横たわる殺し屋の姿があった。銃は足元に転がり、じわりじわりと赤い液体が殺し屋の肌を髪を服を侵食していく。
「おじさんっ……!」
「こっちへ来い、お前の力は役に立つ」
「や、やだっ、やめて」
胸を貫かれて口から血を吐き、動かなくなった姿に少女は先程まで自分を捕まえようとしていた相手だと言うのに助けようと必死になるが、青年に無理やり長い髪を捕まれ、宙に吊るされる。
「いやっ……、いや!」
「何ッ!?」
突如勢いよく青年の体は先程まで少女が背をつけていた壁にめり込む。衝撃により瓦礫が散って動かぬ彼女を傷つけんとばかりに襲いかかってくるがそれは鞭のようにしなる何かによってはねのけられた。
その大元は少女の髪の毛にあり、先程まで青年に掴まれていたその髪の毛は意思を持って動いているかのように蠢いていた。
「どっかいって、わたしの前に現れないで……!」
瞳を鮮やかな緑色に光らせた少女を前にして青年もなにかを悟ったのか立ち上がり、一礼するとこう言い放った。
「ふん、"体質変異者"か。ますますお前は必要だ。だが一旦手を引いてやる、僕に捕まるまで生きておけ。――発動」
「え?」
少女が瞬きをして目を開いた時にはもう青年はおらず、銃を握り締めたまま動かない殺し屋と少女だけがその場に残されていた。
配管の迷路と高い壁に隔たれたそこは人通りもなく、残ったのは誰かが壁にめり込んだ跡と血溜まりとそこに横たわる人間を見つめる少女。時の止まったその場所で始めに動き出したのは意外な人物である。
「……はぁ、やっと行ったか」
「はぅ! お、おじさん、なんで生きてる?」
「私はおっさんではない。ルチアーノ、そう呼べ」
先程までびくとも動いていなかった殺し屋が自身の髪や服についた血を鬱陶しそうに見ながらむくりと起き上がった。地面には赤い血がこの暗がりでも存在感を主張しているし、服にもしっかりと貫かれた証を残しているがその穴から見える素肌は再生途中の痛々しい傷が残っている。
「どうして生きているかと言われればな。私はそういう体質なのだ、生まれつきのな」
薄暗い中、にやりと口角を上げて笑うその顔に少女の背筋が冷えた。これは単に寒さから来るものではなく、恐れから来るものと少女は直感する。
「私は他人の手では死なない。死ぬとすればこうだ」
「やだ……、やめてっ」
少女はフルフルと首を横に振るがルチアーノは構わず、ピアスがつけられている右耳の上に銃口を押し当てて自身の頭を撃ち抜く真似をする。その表情は暗がりであまり分からないが困惑しているようにも見えた。
「ルチアーノおじさんも痛いのは、やだよね……? わたしもいやだ、だからやめて」
「何故、何故そこまで私を気にする。私はお前を捕まえようとしていたんだぞ。全く喋り方といい、態度といい、その思考回路はどうかしている」
ルチアーノは何を思ったのか少女を連れて近くの家の中に勝手に上がり込んだ。そして深い溜息をつき、苦い顔で少女の頭から足先まで舐めるようにジロジロと見つめた。ルチアーノと一緒に何故か自分の体を見ている少女は十七歳前後と思われるが精神だけが置いていかれたかのように幼かった。
「おじさん、わたしを助けてくれた。わたしもおじさんを、助けたい」
「はぁ、だから私はおじさんではない」
「だって、おじさん泣いてたもん……ひっく、うぅっ」
一度は強い意志を宿した瞳だがすぐに潤みだして、僅かな光を反射させる。大粒の雫が頬を伝う姿に流石のルチアーノもどう対処するか分からずに狼狽えていたがやがてそっとそうっと壊れ物を扱うように背中をゆっくりと撫でる。
「私は泣いてなどいない。ほら、泣き止め」
「うぇぇっ、おじさん、心が泣いてる。悲しい、痛いって」
「訳がわからん。心の中が見える人間など聞いたこともない、エスパーか」
非現実的だ、と言わんばかりの顔で突っ込むが少女は構わずにまだ嗚咽を零している。結局、泣き止むまで背中を撫でていた。
やっと泣きやんだ少女は疲れからか眠っていた。それに気づいたルチアーノは自身の着ていたマフラーを少女の首に巻きつけて少女を抱き込むようにして体温を守り一夜を過ごした。