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相似   作者: 空井 純
4/4

相似

 いやいやいやシンクロって結論はないだろと佐野は頭を振って、まとわりついてくる非現実的な回答を否定する。ではシマちゃんの病気は何か、次に何の検査をすればいいのか。今日の診療で出会った症例は、飼い主さんが先に症状を出していることもある。ということは、斉藤さんの頭部脱毛、いわゆるハゲとなった原因を聞いたら、シマの脱毛の原因も分かるのか、と自分でも破綻していると突っ込みたくなるような思考が佐野の頭を巡っている。いやいやいやそれはない、普通あの年齢の男性の脱毛はこれといった原因はないだろ、そんなこと聞けるわけない。次は、麻酔をかけて皮膚の一部を切り取る病理検査と、脱毛がみられる疾患として、甲状腺や副腎などのホルモン検査だろ、と獣医師としての意識を再構築する。

 しかし、シマちゃんの状態は、麻酔をかけ皮膚一部を切り取ってまで診断しなくてはいけないのか、という疑問も浮かぶ。猫は痒がっているわけでもないし、最初にみたときから、病変は広がってはいない。他の検査でも大きな問題はなく、内蔵の病気から皮膚に症状が出ているという根拠はない。何より、シマは元気で、快活に生活している。この猫に、頭部が脱毛しているという原因を調べる単に麻酔をするべきなのか。もちろん、麻酔が危険ということではない、獣医師として、正常ではない状態の原因を解明するのは、使命の一つでもある。ある意味、検査をすることもしないことも正しいように思えてくる。


 けっきょく、自分で決めることではないと佐野は結論づけた。佐野の見解としては、シマは正常ない状態ではないが、必ず治療をしないといけない病気ではない。原因はあるのだろうが、それを追及してもしなくてもシマの生活の質は変わらないだろうし、もしかしたら未だ解明できない病態である可能性もある。全ての異常が原因を解明できるわけではないのだ。

 ただし、斉藤さんがとのことをとことんまで追求したいという意思があれば(残念ながら獣医療は、直接の患者の医師ではなく、飼い主の医師によって検査や治療方針がけっていされるのだ。それは致し方ないことだけれども)、ホルモン検査と、麻酔下での皮膚の採取と病理検査、思いつく検査を進めていこうと決めた。

 そしていよい再診の日が来た。万が一、前回処方して駆虫薬が効果を見せてくれていれば、全ての苦悩が解消するのだが。


「斉藤さん。どうぞ」

 大柄な斉藤さんと、シマちゃんが入ってくる。何度か診察しているから、手慣れた感じで、斉藤さんはキャリーを診察台に乗せて扉をあげる。懐っこいシマも慣れた感じで、こんにちわとばかりにキャリーからするりと出てくる。その頭頂部は、変化なしだった。

「先生、やはり変わらないようです。前回、お薬を付けてもらってからも、全く様子は変わらないです。シマの病気は何のでしょうね。わかりそうですかね、最初に来てからだいぶ経ちますけどよくならないので少し不安で」

 斉藤さんが右足で細かく貧乏ゆすりをしている。愛猫の状態が改善しないことにやきもきしているのだろう。シマは、そんな雰囲気は気にせず、相変わらず、佐野にも愛想を振りまいている。

「次は、どんな検査が必要です毛。たとえばどんな病気が考えられるんですか、先生」

 斉藤さんの言葉は、いつもと変わらず丁寧だが、最後に『先生』と強調され、佐野はプレッシャーを感じる。斉藤さんも、貧乏ゆすりに加え、左手で、右上腕をごしごし掻いている。ノンバーバル的にははっきり示される苛つきに、佐野は追い詰められる。

 シンクロか、シンクロならば、斉藤さんの頭部の脱毛の原因を聞けば、シマの原因も推測できるかもしれない。臨床歴3年とまだ浅く、しかも進捗しない猫の病態に後ろめたさを感じ、大柄な飼い主の明らかな苛つきに当てられ、佐野は焦った。せっかく、獣医的に検討して提案しようと思っていた検査、しかし、それでも結果が出なかったら、と思うと、シンクロの原因を聞くことが必須だと思えてくる。

「あの、」

「あの、」

こらえきれず聞くことを決意した佐野と同時に、斉藤さんも口を開いた。佐野ははっと我に返り

「はいなんでしょう」

 と聞く姿勢を取る。

「先生、診察中に申し訳ないのですが、私ちょっとアトピーで軟膏塗っていいでしょうか。今、痒くて」

 診察室は、弱冷房になっているので、大柄な男性だと少し蒸し暑く感じるかもしれない。診察をしているうちに斉藤さんはやや汗ばんだようで、痒みが出たようだった。

 手慣れた様子で、ポーチから軟膏を取り出し、上腕と肘の内側に軟膏を塗っていく。それを見たシマは、その軟膏が塗られた部分にグリッとばかり頭部をこすり付ける。あっという佐野の雰囲気を感じたのか

「シマはいいやつでね。私が痒くて軟膏を付けると、いつもこうやってそばに来て慰めてくれるんですよ」

 背中をなでながら、斉藤さんが教えてくれる。その姿を愛おしそうに見つめながら。

「いつもですか」

「そう、いつもです」

「いつも、そのような感じで頭部を擦るつけてくるんですか」

「そうです。シマは頭部から突進してくるのが好きなんです」

「……。斉藤さん、シマちゃんの頭部の脱毛の原因がわったかもしれません。たぶんステロイドによる影響です」

 ステロイドの軟膏は、必要な疾患では大きな効果を表すが、特に病変のない皮膚に漫然と長期的に塗ると、皮膚が薄くなり、場合により脱毛してくるのだ。


 斉藤さんが軟膏を付けたあとしばらくの間は、シマちゃんが触れないように注意して、特に頭頂部の接触は避けるようにお願いして1週間後。シマちゃんの頭部はまだ、毛はないものの、皮膚の皺が減った。2週間後の再診では、皮膚の下に毛が作られてきて、ピンクだった皮膚が少し茶色っぽくなってきた。そして1か月には、長さは短いものの、毛が生えそろってきた。

「一件落着」

 佐野は大きく息を吐きながら、危うく、斉藤さんの脱毛の原因を聞こうとしていた自分を反省した。そして問診がいかに大事かを噛みしめていた。

 斉藤さんとシマちゃんの、頭部の脱毛、このビジュアルがあまりにも強烈だったため、当初から腕などが痒そうだった斉藤さんの様子を見逃していた。見るべきは頭部でなく腕だったのに。また、自分の治療が功を奏さなかった後ろめたさからも、斉藤さんの様子を苛つきと判断してしまい、十分なコミュニケーションをとれなかったかもしれない。

 そしてあの時、低温やけどにひらめいてしまったあの日、カラーアトラスをあと数ページめくったら、ステロイドによる皮膚疲弊化の写真が載っていたのだ。

 でも、教科書ってそういうもの。原因がわかってから読み直すと、ちゃんとそういう1文がちょこんと記載されてあったりする。人は、気が付かないものは目に入らない。


 飼い主と、そのペットが似ていることも多いけれど、お上品な奥様にやんちゃなプードルという組み合わせだったり、お嬢さん風の飼い主に自由奔放なフレンチブルドックという組み合わせだったり結構バリエーション豊かだ。

 つまりは、目立つ部分に目を奪われず、まっさらな気持ちで診察をしなくてはいけないということ。佐野は一歩、一人前の獣医師に近づいた。





一応完結させてみました。頑張った私

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