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相似   作者: 空井 純
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相似

 気にかかる症例がいると、常に頭の片隅にはその事がひっかかっている獣医師は多い。街中を歩いていても、頭部の薄い人が目について仕方がない。人を見ても仕方がない事は分かっているがついつい目で追ってしまうのだ。同時に、家の近くの野良猫の腕に脱毛があるのを見かけても気になってしまう。お前、なんで禿げたの。ちょっと見せてよ。と、声に出して言えばやばい人なので、声に出さずそう思いながら野良猫に近づく。いや結構これもやばい人だろと、佐野が気づいた時、野良猫もぴょんと塀の上に飛び乗りその向こう側へと飛び降りて行ってしまった。

 翌日は休日だった佐野は、朝から皮膚病の教科書を引っ張り出してページをめくる。とはいっても猫の記載は犬に比べてとても少ない。『猫は小さな犬ではない』という言葉があり、確かに犬と猫では病態が異なるのだが

「だったら、猫でも同じくらい研究しろよ」

 とひとりごちて、皮膚病の写真が並ぶカラーアトラスの本をアイマスク代わりに顔面にかぶせて、後ろに寝転がる。佐野の狭い1Kの部屋ではその頭部直ぐ後ろに去年の冬に使って出しっぱなし、そしてそのまま今年も活躍する時になっていくであろう電気ストーブが鎮座している。アトラスの隙間から長くのびるそのストーブの本体が見えた

「火傷か。あるかも。低温やけど」

 猫は暖かいところが好きだ。真夏に涼しい部屋があっても時になぜか炎天下で寝そべっていることがある。冬場になれば補温器具でカンカンになるほど近くに丸くなる。それはあるかもしれない。ミステリードラマでも、よく奥さんや娘さんの何気ない一言から事件が解決されることがあるではないか、そうか、この偶然から解決するかもしれないと佐野は期待した。とはいえ命に関わる状態ではないから、1週間まって、真菌培養の結果と抗生剤の効果をみてから斉藤さんには次の可能性を伝えよう。

 根拠もない解決に、なんだか気が軽くなり、その後もペラペラ皮膚病の教科書をめくったものの、あまり頭に入らず、これといったページも見つからないまま、佐野はその日の勉強を終えることにした。


 1週間後。

 現実は、ミステリーの様には進まない。まず、念のために行った血液検査では異常は見つからなかった。そして培地に植えた毛からは真菌は生えてこなかった。さらに抗生剤を使用したシマの頭頂部は相変わらず禿げていた、つまり薬の効果は感じられなかった。

 それではと、

「低温やけどの可能性はありませんか。ストーブの近くにいるとか、なにか暖房器具の上に長時間いたとか」

 披露した佐野の名推理も

「私は暑がりなもので、今うちでは暖房器具はまだ押し入れにしまってありますし、その他熱を持つようなものは思い当たりません」

 というそっけない答えにより、いとも簡単に否定された。

 そうなれば、次にアレルギーなどを疑う必要が出てきたので、佐野は、シマの食事について細かな情報を聞き、あげているオヤツの種類や量の詳細をメモする。細かな質問にうんざり気味なのか、斉藤さんは頭をポリポリと掻いている。無意識のようだが、佐野はプレッシャーに感じる。何か打開策を見つけなくては。

「それでは、次に寄生虫を否定しておきましょう。またシマちゃんの毛を少し抜かせてもらって、毛穴や皮膚に住むダニがいないか検査させて下さい。だだし、一回の検査では見つからないことがあるので、ダニがいてもいなくても一応駆虫をしてみましょう」

 苦しい。こじつけに近い気もする。しかし、そういうこともあるのだ。慢性下痢が治らず、非常に苦心して血液検査や超音波の検査をしてみても分からず、ある時、便から寄生虫が出てきて、それを治したことで一件落着したという苦い経験もある。だから、できるところから治療していこう。

毛を抜く時もシマは相変わらず上機嫌で、飼い主である斉藤さんに頬を擦り寄せている。1人1頭の頭頂部が佐野の目に焼き付いていく。

 毛を抜いた検査で、寄生虫は見つからなかった。しかし念のため駆虫薬を処方して、また1週間後再診に来るように伝えて、診察室の扉を閉める。また1週間の猶予が出来た、が、どうしよう。佐野はがっくり肩を落とす。




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