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相似   作者: 空井 純
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相似

 飼い主とペットのそっくりさん選手権というものがある。人というものは、自分とどこか似た部分があることに親しみを感じて、似た雰囲気の動物を選ぶのか、それとも、一つ屋根の下に暮らしていると、何やら似てくるのか、卵と鶏、どっちらが先かと同じ命題でもある。

 ここ山田動物病院を訪れる犬猫と飼い主たちも、ご多分にもれず似た者ペアがいる。中には、思わず笑いが漏れてしまいそうなくらい似ているペアもいる。

 スタッフ一押しは、やや離れ眼で、頬をタルタル揺らしながら現れるパグのフクちゃんと落合さんだ。フクちゃんは、2週間に一度薬用のシャンプーを受けにくる。やや高めの小脇に抱えられて現れるから、より顔と顔が近く、その相似形が際立つ。落合さんもフクちゃんも穏やかで、お会計の時などにやや離れた目をきょろきょろと動かす様子は、遺伝子の繋がりすら思わせる。

その他にも、何となく儚い雰囲気のお姉さんと細身のプードルの西村さんとチョコちゃん。元気印の肝っ玉母さんとコーギーの村田さんとケンちゃん。きちっとまじめに、いつも背筋が伸びていそうな千葉さんとボーダーコリーのサリーちゃん。


 ある日、大柄な男性が山田動物病院を訪れた。どうやら新患、つまり新しい患者さんのようで、初診の人が記入する問診票を記入している。

 その情報によると、斉藤達也、ペットの名前はシマ、種類、日本猫6歳、♂去勢済み、らしい。今日の主訴は、頭部の皮膚疾患。

 その斉藤さんを担当したのは、勤務医の一人の佐野獣医師27歳、勤務歴3年だ。

「斉藤さん、1番の診察室にどうぞ」

 新しく作成されたカルテをボードに挟んで持ちながら、看護師がその新しい患者とその飼い主を診察室へと呼ぶ。呼ばれて待合室の椅子から腰を上げて大柄な男性が、キャリーを片手に入ってくる。キャリーが幾分小さく見えるのは、斉藤さんが縦横共に大きいからだろう。そういう体格のいい人には良くあるように、秋も深まって肌寒いこの季節も、半そでのシャツをパッツリ着ている。

「斉藤さん初めまして、獣医師の佐野と申します。今日はシマちゃんの頭の皮膚の状態が悪いのですね」

 主訴を確認しながら、佐野は、思わず走らせてしまう視線を斉藤さんの頭部からそらせようと努力していた。そんな様子に全く気付かない風で斉藤さんは猫のキャリーを診察台の上に乗せた。

「はい。だいぶ前から少し気になっていたのですが、ここ2週間くらいは、かなり毛が抜けてしまって。痒そうではいんですが、可愛そうなので連れて来ました」

 予想よりも声はやや高く、歯切れよく愛猫の状態を伝えてくる。現状を伝えながら、キャリーの扉を開けて愛猫に呼びかけ、外に出るように促している。

 この人は、営業か何か、よく話をする職業なのかもしれない。などと、斉藤さんの人となりを想像し、次に、猫の皮膚病でいくつか考えられるものを頭の中でリストアップを始めていた佐野だったが、件のシマちゃんがキャリーから出された瞬間、鑑別リストが一旦吹っ飛んだ。


 何の病気か、ということよりなにより、似ている。


 何がって、斉藤さんとシマちゃんの頭部だ。小学生並みに言えばザビエルだ。猫なのに宣教師だ。もちろん斉藤さんも。

 先程から、視線を向けないようにしていた斉さんの頭部を思わずしかり確認するようにみてしまった。斉藤さんは愛猫を診察台に乗せるためにやや前かがみになっているから、佐野の視線には気づかない。そして、キャリーから出されて診察台の上へと移動された茶トラのシマちゃんは緊張した様子もなく、診察台の上で肩を低くして前肢を前方に伸びをしている。長い尾もゆらゆらと上機嫌に振られている。同やら人懐こい性格らしい。その頭頂部は、これは患者なので佐野はじっくり観察した。

 狭い事の比喩として挙げられる猫の額の少し上、耳と耳を結んだラインから後頭部に向けて4㎝大の脱毛部、簡単に言えばハゲがある。皮膚はややシワシワしているが、赤みは泣く痒そうではない。脱毛部を囲む被毛は特に薄くもなく、くっきりと円形脱毛している。が、決してストレスをためているようではない(猫にも、ストレス性の脱毛があるが、それは多くは舐めることが出来るぶい。特に下腹部に多い)。

 臨床3年目の佐野はぐっと詰まる。なんだ、これは……。

「これはいつくらいからですか。痒みはありますか、他に脱毛している場所はありますか」

 飼い主と猫の頭部脱毛という相似と、あまり見かけない脱毛パターンに動揺し、佐野は思わず矢継ぎ早に質問してしまう。しかも、さっき既に斉藤さんから聞いた話も、再度質問してしまっている

「さっきも言ったんですけれど、2週間くらい前から特にひどくて、痒みは無いようです。私が見る限り は、他には毛が抜けている場所は無いように思いますけど」

 既に話したことを再び聞かれてイライラしたのか、斉藤さんは自身の左腕を右手で擦っている。佐野もしまったと思いながら、気持ちを立て直す。シマだけがのんびり、芯s夏台の上で毛づくろいを始めている。 横臥して、後ろ肢を高く上げながら、内股を舐めている。喉をゴロゴロ鳴らして上機嫌の様だ。

「ああ、そうでしたね。それでは体重を測ってから、その他の場所もチェックしていきますね」

 シマの肩口とお尻を支え、一旦持ち上げてから体重を測る。5㎏、大き目の猫だ。その後、聴診や腹部の触診、体温測定など一般的な健康チェックをした後、頭部以外の皮膚の状態を確認していく。

 猫では、皮膚病は犬程多くないが、犬で一番痒みと脱毛の起こる脇と内股からチェックしたが特に問題はみられなかった。次に猫のストレスによる脱毛をよく見る腹部や、お腹周りも確認したが、毛はふさふさと生えていた。次に過剰グルーミングしやすい背中の両側を見るが特に異常なし。耳が痒くて頭部を掻きむしっている可能性を考えて、耳もチェックするが外耳炎などはみられなかった。頭頂部以外は異常なし。シマは体中をチェックしていく佐野が遊んでいるものと勘違いしているのか、時々爪を出さない前肢で佐野を突いてくる、お腹を触った際にはゴロンと寝転がって四肢でしがみついてじゃれついてきた。可愛い奴と思いながらも、佐野は困っていた。何の病気だ。


 派手な症状に出会った時は、気もせくし、つい難しい病気に結びつけてしまう。たとえば、前肢を完全に地面に付けることが出来ずに挙上して歩いている犬を見たら、骨折か、と瞬時に思ってしまうが、案外と散歩道に落ちていたガムや飴が絡みついているということもある。また、口からよだれが止まらずパニックになっているという犬が来たら、癲癇などの発作かと身構えるが、おやつの犬用ガムが運悪く上顎に横にはまってしまって、焦っているに過ぎないというよな事もある。だから、目立つ症状に気を取られず、まずはよくある疾患から疑って、徐々に珍しい疾患を疑っていくようにしなければいけない。

 この場合、飼い主と猫とがどちらも頭頂部が脱毛している。外見から推測する年齢かると、斉藤さんはAGA男性型脱毛症だ、しかし猫でそんなことは聞いたことは無い。いくらシマが雄だとしても。ということは、まずは斉藤さんとシマは分けて考えよう。いや、あるいは自分と似た姿を求めて、猫の被毛を剃っている可能性もあるのか。いや、だとすれば当然動物病院なんかに連れては来ない。やはり斉藤さんとは別問題だろう。

「先生、内蔵の病気も心配なので、何か検査した方がいいでしょうか」

 微妙な間を感じたのか、斉藤さんが声をかけてきた。佐野もはっと我に返り通常の思考に戻る。

「そうですね。体型もしっかりしているし、元気そうには見えますが念の為、血液検査をしておきましょう。それから、皮膚に関してですが皮膚病の原因で一番多いのは細菌によるものです。だから、まずは抗生物質の治療をして反応を見ましょう」

 それから、と言って佐野はもう一度シマの頭部の皮膚を確認する。円形に脱毛しているが、痂皮やフケはあまりみられない。少し典型的ではないがと思いながら付け足す。

「あと、ネコちゃんでは糸状菌と言ってカビの仲間が皮膚に悪さをすることも比較的多いので、毛を少し 取って真菌の培養検査もしておきましょう。その毛を培地に乗せて1週間程度すると、糸状菌が関与している場合、培地に真菌が生えてきて診断できます。もし糸状菌なら、それに適した薬が必要になるので、結果がでたらまたお知らせします。それまでは抗生剤を使ってみてください」

 シマちゃんの頭頂部から小さく一つまみ毛を抜いて培地に植える。

「ああ、シマちゃんの頭が更に禿げちゃうねぇ。可愛そうに」

 という斉藤さんに上手く返すこともできず、あいまいな笑みを浮かべながら、処方する抗生剤の飲み方を指導してとりあえず診察を終えた。同じヘアスタイルの1人と1頭が佐野の前に並んでいる。

いまいち歯切れの悪い診察だったと佐野は思っているが、これでとりあえず1週間の猶予が出来たともホッとしている部分もある。


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