投薬刑
社会派系ホラー。
警備員に連れられて、旭研究所に新たな訪問者がやってきた。
その両手首には手錠が繋がれている。
性別は男、齢は十七、髪は金髪、鼻や耳、唇にピアスがあり、見るからに素行の良い人物ではない。
先日、同じ学校の生徒を些細な理由で殴りつけ、入院させるほどの怪我を負わせた。
詰問する学校職員に対して、少年は力なくにやけながらこう言った。
「俺は選ばれた存在だから、何をしたって構わない」
「殴られた奴等がどんなになっても、俺は痛くない」
「誰も俺を裁くことはできない」
傲岸な物言いから分かるように、少年はこれまでに何度も犯罪を犯しており、まるで反省の態度が見られなかった。
本来ならば警察の仕事となるべきところだが、「画期的な懲罰方法ができた」という、旭研究所の報告を受けて、学校側が少年を引き渡すことにしたのである。
当初、少年は引き渡しに反発したが、「試験薬の被験者となれば、今までの罪をすべて帳消しにし、全うな一般人として暮らせるようにする」という研究所所長の話を聞いた結果、今に至っている。
研究所内は何もかもが白で統一されており、不良少年は少したじろいだが、すぐに薄笑いの表情を浮かべた。
注射を一本打って、自分の罪がなくなるのなら、安いものだ。
白ずくめの服に身を包んだ所長がやってきて、試験薬の説明をした。
薬の内容を分かりやすく言うと、被害者の血液中成分を基に「精神的苦痛」を抽出したものだということ。
今は試験段階のため、少年に関わった被害者のうち、たった一人からしか血液を採取出来なかったこと。
この薬の有用性が認められれば、犯罪者に対して過不足のない、適度な罰を与えることが出来るようになるということ。
説明の間、少年は欠伸を噛み殺していたが、薬が物凄く金になるということだけは、なんとなく理解していた。
所長が、少年の腕に赤黒い液体を注射する。刑は完了した。
「おめでとう、これで君は自由の身だ」
両手首に繋がれた手錠が外されるや否や、少年は思いきり所長の胸倉を掴んだ。
解毒薬と試験薬を奪うことが出来れば、負け知らずの大金持ちになれると考えての行動だった。
しかし、そう上手くことは運ばなかった。
腕に力がまるで入らなくなったのだ。
そして数分後には全身にその症状が起こり、遂にうつ伏せに倒れこんでしまった。
心臓を握りつぶされるような、胸の圧迫感。
脳味噌を直接箸で抉られているかのような、頭痛と吐き気。
何よりも、自分はこれから死ぬのではないかという、無尽蔵の恐怖に襲われた。
少年は口から泡を出しながら、助けを求めようとする。
所長は、おもむろに襟元を正しながら、こう言った。
「大丈夫だよ。食事はもってきてあげるから。飲み込めるように、ちゃんとゲル状にしてね」
去っていく所長に対して、少年は罵詈雑言を吐きながらもがこうとするが、手足はぴくりとも動かない。
少年はようやく自分の置かれている状況を理解した。それからはもう、涙をこぼすことしか出来なかった。
数日後。
警備員に連れられて、旭研究所に新たな訪問者がやってきた。
訪問者の目的はただ一つ。加害者である少年と面会する為である。
所長はやつれきった訪問者の身を案じ、声をかけた。
「本当にこれでよかったのですか。二度と元に戻らなくなりましたが」
「ええ、大丈夫です。もう、わんぱくなのはこりごりですから」
床に伏せたままの少年は、渾身の力で顔を上げ、ぼんやりとした目で訪問者を見たが、すぐに顔を伏せて、うめき声を上げ始めた。
白髪混じりの訪問者は、包帯が巻かれた顔を俯かせた。
「もう少し早く、こうしてあなたと向き合っていれば、よかったのかしらね」
少年の母は、腕に残る採血の痕を見つめて、そう呟いた。