第八章 戦争をする国
学校を放り出されたタクミは街をとぼとぼ歩いていた。本当に片目や片腕が無いことや病気がちであることが弱いことなのだろうか、と考えながら。そしてカルリーノ先生が逮捕されたのはもしかしたら、カルリーノ先生が本当の意味で強い人だったからじゃないだろうか、などと考えながら。その考えはいつしかこんなふうにまとまっていた。
弱さって何なんだろう?そして強さっていったい何なんだろう?
そんなことを考えながら答えもなくて街を歩いていると鉄道の駅があった。ちょうど機関車につながれた客車がとまっている。
「フォルタ帝国いきー、フォルタ帝国いきー、まもなく発車いたします」
お知らせだ。フォルタ帝国といえばノロロに教わった、星の谷にたどり着くために通る国だ。それを聞いてタクミが駅にかけこむと機関車は客車の先頭で無色のけむりを出してとまっていた。テレビで見た機関車は黒や灰色のけむりを出していたのでタクミはおかしいな、と思い、作業をしている機関士のところに行ってきいてみた。
「この機関車は何で動いているんですか?」
すると白髪まじりの機関士は答えた。
「しゅ、こりゃ星石水で動いているのさ。しゅ、さっさと乗りな。出発しちまうぞ」
「はい。でも星石水って何ですか?」
すると機関士はうるさそうに答えた。
「しゅ、星の谷でとれる燃料さ。しゅ。さあ出発だ。しゅ、しゅ」
星の谷という言葉を聞いてタクミはうれしくなった。もう目的地は近いのだ。そうこうしているうちに列車は走り出した。そしてタクミは動き始めた客車の入り口にとび乗った。もう速度が出ていたのでタクミは客車の中で大きく転んでしまった。鼻の頭をすりむいた。
お客の数は少なかった。箱形の座席が十個ばかり並んだ一つの車両にお客は五人しか乗っていなかった。
タクミは空いている座席に腰かけて、眠ることにした。
夢にはエグーロが出てきた。そこでまだ幼いタクミが泣きながらエグーロに何か言っている。
「心の声なんてもう聞きたくない。お願い、この力を消してしまって。お願い、エグーロ」
するとエグーロはタクミの両方のほっぺたに手をあてた。それはごわごわしているけれど温かい手だった。そしてエグーロは心の声で言った。
(私もそうしてやりたい。でもそうすると、まもなく私は死んでしまう。しかし、私はまだ死んではならない。なぜなら、まだタクミが一人前になっていないからだ。まだその時では無い。それにタクミが心の声を聞けなくなると、私の声を聞いてくれる人がいなくなる)
タクミはハッと気づいてエグーロを見た。タクミはエグーロの声を聞ける数少ない人間の一人なのだ。
そして、それはとてもあたたかいことなのだ。
タクミがそんな夢から目覚めると景色はがらりと変わっていた。フォルタ帝国の帝都に到着したのだ。フォルタ帝国の帝都には城壁がなかった。そのかわりに街の外れにはまるで壁や堀のように銃をかまえた兵士が十重二十重に立ち並んでいた。その兵士たちの横を通って列車はするりと駅に入っていった。
タクミはすっかり軽くなったバックパックを持って駅に降り立った。駅に降り立ってタクミが気づいたこと。それは、フォルタ帝国はやけに軍人の多い国だ、ということだ。駅にはお客よりも銃を持っている兵士の方が多かった。兵士が隊列をつくって行進しているので駅の出入り口では大混雑が起こっていた。
大混雑をすりぬけてタクミは街に出て通りを歩く。もうこれでタクミが訪れた国は四カ国になる。行った国ごとに違う景色と違うにおいがあった。それぞれの国の食べ物や体臭がそれぞれの土や建物にしみこんでいるのだろう。
フォルタ帝国のにおいはなんだか男っぽいにおいがした。体育倉庫のような、男子校のロッカーのような、汗のような、そんなにおいだった。
街の通りも軍隊が多かった。一本の通りを歩くたびに少なくとも三つのちがう部隊とすれちがった。どの部隊も先頭には、リズム良く太鼓をたたく鼓手とたかだかと旗をかかげる旗手がいて、兵士はいずれの部隊もぴっかぴかに磨かれた銃を持っていた。
なかには黒光りする大きな大砲を持って行進している部隊もあったし、きらびやかに着飾られた馬に乗って行進する騎兵の部隊もあった。とにかく街には軍人が多いのである。商店街でも商人や買い物客よりも軍人の方が多かった。
そして部隊は通りいっぱいに広がって行進するので部隊が通るたびにタクミはわきによけて歩かなければならなかった。
だからタクミは通りではなく裏の路地を行くことにした。そんな、通りから一本入った路地には片方の足が無い老人や腕が無い老人、あごが無い老人などが集まって椅子をならべてお茶でも飲みながら会話を楽しんでいた。いずれの老人の胸にも重さで前かがみになってしまうくらいの勲章がぶらさがっていた。
「おい、若いの」
とタクミは路地を歩いているとそんな老人の一人に呼びかけられた。その老人には両目が無かった。なぜ足音だけでタクミが「若いの」と分かったのだろうか?
「はい、なんですか?」
「君は戦争に行ったことがないだろ?」
タクミは正直に答えた。
「はい、ありません」
すると老人は得意そうに言った。
「そうか、歩き方でわかる。君の歩き方は軍隊に行ったことがない人の歩き方だ」
すると別の老人は言った。その老人には右腕が無かった。
「戦争はいいぞ。わしは戦争で右腕を失ったけれど、戦争はいいぞ。ぜひ死ぬまでにもう一度戦争に行ってみたいものだ。戦争は男の晴れ舞台だ」
タクミはおかしいと思った。
「戦争では人が死ぬんでしょ?戦争は悲しいものじゃないんですか?」
するとその老人はこう言って笑った。
「まだまだ甘いな。若いのだ。戦争に行ったことがないんだ」
そばで聞いていた別の老人が会話に入ってきた。彼には右足がなかった。
「そりゃ確かに戦争では人が死ぬ。でももともと人間は多いんだ。戦争をすることで人間が増えすぎるのをとめることができる」
それに別の老人がつけ加えた。彼には鼻と耳より上半分の頭が無かった。すなわち脳と両目とひたいが無かったのである。
「だれがつよいのかもわかる」
すると老人たちはそうじゃ、そうじゃと言って勝手にもりあがった。
「今月でもう六回も戦争をした」
「勝敗は二勝三敗だったっけな?」
「それじゃ五回しか戦っていないことになりますぞ」
「いやいや、三勝三敗じゃ」
「二勝はあっていましたぞ。二勝四敗じゃ」
「まあ、何回勝とうが何回負けようが、どうでもいいじゃないですか。戦争はすることに意味があるんです」
「それにしても最近は戦争のしすぎで星石水が足りなくなっているそうじゃないか。冬を越せるかな?」
「まあだいじょうぶだろう」
そういうと頭の上半分のない老人がなにやら大きな器械を建物の窓からとりだした。それは弦やチューブにボタン、それに金属やら木片がごちゃごちゃとついた器械で、その老人は口をチューブの先につけ、両手と両足を忙しそうに総動員してその器械をあやつりはじめた。そしてその器械は音を鳴らし出し、次に音楽をかなではじめた。やがてそれは曲になった。いさましい行進曲だった。老人たちはその曲にあわせて歌いだした。軍歌か、なにかだろう。自由な老人たちだ。
いきなり声をかけられて、あっという間にのけ者にされてしまったタクミは、変な人たちもいるものだ、と思って軍歌を背中で聞きながら立ち去った。しかし目がある老人たちの目はどれも生き生きとして、光っていたことが少し気がかりだった。
通りに出るとやはりたくさんの部隊が通過していった。どの部隊の兵士の目もさっきの老人と同じように生き生きと光っている。中にはすべてを見すかしたような強い眼光を持つ兵士もいた。そしてどの兵士も強い意志を放つ目を持っている。ここはそういう国なのだ。
商店街のはしっこで貧しい身なりの女性が息子だと思われる赤ちゃんを抱いてリンゴを売っていた。赤ちゃんを包む布もきたなく汚れていた。ちょうどタクミは何か食べたい、と思っていたので一ステーロ黄銅貨を二枚渡してリンゴを一個だけ買った。女性は弱々しい声で
「ありがとうございます」
と言った。女性の目にともった光は今にも消えてなくなりそうだった。
それを食べて商店街を見て歩こうとしたら、また部隊がやってきた。今回の部隊は大規模な部隊だった。
あまりに部隊が通りに広がりすぎていたので、リンゴ売りの女性は売り物をよけさせることができなかった。
部隊の兵士たちはなんのためらいもなく女性が売っていたリンゴをふんづけていった。兵士たちは何度も何度も親のかたきのようにリンゴをふんづけていった。兵士たちが通ったあとにはリンゴジュースがこぼれたようになっていた。
タクミはひどいことをするなあ、と思ってその様子を見ていた。すると女性は部隊に向かって叫んだ。
「あなたたち、人のものをふんでおいてなんのおわびもしないっていうの!」
部隊の兵士たちはみなふり返った。部隊の行進がとまった。商店街の人たちも女性を見た。やがて部隊の隊長が二人の兵士をつれてリンゴ売りの女性のところにやってきた。隊長はライオンみたいひげと髪形をしていた。ライオン隊長は言った。
「すみません。あなたはいくら損をしたのですか?」
「りんご十個。二十ステーロです」
そう言うとライオン隊長は百ステーロ銀貨を一枚女性の足もとに投げたのだった。女性は銀貨を拾わずに、投げられた銀貨を見ることもせずに怒って言った。
「人のものを台無しにしておいて、こんな失礼なことをするんですか!」
すると隊長は女性の言葉をうるさそうに聞いて、まゆをしかめた。そして女性がだいている赤ん坊を見ると
「あなたには夫がいないのですか?」
と隊長は聞いた。それに女性は冷たく答えた。
「夫はあなたたちに戦争に連れていかされて戦死しました」
それを聞くとライオン隊長は右手をひたいにかざして女性に敬礼した。
「これは失礼。英雄の奥方でしたか。では生活は大変でしょう。戦死保険金は戦死者増加にともない、ここ十年間も止まっていますからね」
そう言うと隊長は部下の二人に命令した。
「おまえたちこの英雄のお子さんをこの女性からあずかりなさい。軍の保育所に入れて父親のような立派な少年兵に育ててさしあげよう」
そう言うと二人の兵士は女性から赤ん坊をあずかろうとした。しかし女性は赤ん坊をかばうように抱いて叫んだ。
「やめてください。私から夫をうばっておいて、その上、子どもまでとろうっていうの?」
どうしたら良いものか困った兵士の一人が隊長に聞いた。
「どうしますか?」
隊長は命令した。
「このご婦人のためだ。力づくであずかりなさい」
そう言われた兵士は力づくで女性から赤ん坊をもぎとると、もう一人の兵士が赤ん坊をうばい返そうとする女性をけりたおした。女性はまるで木の葉のように吹き飛んだ。
赤ん坊は兵士の腕の中でびーんと泣き出した。ライオン隊長は
「これであなたの息子さんもあなたの夫のような立派な軍人となって、フォルタ帝国のためにつくすことができるでしょう」
と言って部隊の中に入っていった。
それから部隊は行進を再開した。後に残された女性はけられた痛さで動けなかったけれど力のかぎり叫んでいた。
「私のカルロを返して。私のカルロを返して」
タクミはそれをじっと見ていた。もちろんどうすることもできなかった。フォルタ帝国はそういうとこなのだし、この国の国民がそういう国を選んだのだ。
旅行者であり外国人でもあるタクミにはどうしようもできないのはあたりまえだ。しょせんこの国では、タクミは部外者にすぎないのだ。
それはここだけの話ではない。イーノ女王国でも、エガーラ共和国でも、ボノ国でも同じことだ。どの国でもタクミは他人だった。見ていることしかできない、ただの通りすがりだった。そして何もできない子どもだ。
そんなことを考えながら、商店街を離れて、通り過ぎる部隊をよけながらタクミは街を歩いていた。星の谷の手がかりを探すために。
するとたくさんの紙の束を持った子どもが通りの向こう側から走ってきた。
「臨時新聞!臨時新聞!星の谷に侵攻だっ!星の谷と戦争だっ!」
大変なことになった。これから向かうはずの星の谷が戦争になるらしい。




