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第七章 弱い人のための国

 ある日、エグーロはタクミに、大事なものだ、と言ってだいだい色の楕円形の宝石を渡した。

「これは何ですか?」

するとエグーロは答えた。

(私にとって命の次に大切なものだ。それをおまえに渡しておく。わたしの愛すべき息子よ。どこに行く時でも必ずそれを持っていてくれ)

それはタクミにとって何かの証のようにも思えた。


出発の用意ができるとタクミは宿を出て、昨晩ノロロさんに教えられたとおりにボノ国を目指した。

 ボノ国の国境に入る時には、エガーラ共和国のことがあったので十分に注意して、国境線の石をまたいだ。しかしジープでやってくる人もいないのでタクミは安心して街を目指した。一週間、何もない草原を歩いていくとやっとボノ国の街についた。ボノ国の街は円形の水堀とやけに高い城壁に囲まれていた。その城壁にはいくつもの砲台が置かれており、その大砲は街をおとずれる道に向けられていた。

 ボノ国の街に入るとイーノやエガーラみたいな特に目立って変わったことは無かった。独特のにおいやボノ国ならではの建物のつくりはあったけれど、どうやらボノは普通の国のようだった。

 タクミはのどが渇いたので通り沿いにあるジューススタンドでオレンジジュースを注文した。オレンジよりももっとオレンジ色の髪の毛をした店員がオレンジ絞り器で三個のオレンジを絞ってジュースを作ってくれた。

「四ステーロです」

と値段を言われたので、タクミは財布から五ステーロ白銅貨を取り出すと店員さんに渡した。その時タクミは店員さんの左目を見て驚いた。店員さんが一ステーロ黄銅貨を返してくれた時も、タクミはずっと左目を見ていた。それに店員さんも気づいたようだった。

「ああ、左目ですか?私の左目にはガラス球が入っているんです」

そう店員さんが説明するのを聞いてタクミは

「じろじろ見てすみません」

とあやまった。すると店員さんは

「いや、いいんですよ。この国の多くの人はこんなのを入れていますから。」

と答えた。なんだか、この国にも変なことがありそうだ。

「それはなぜなんですか?」

「そうすると国から片目補助金が出るんです。一ヶ月につき千ステーロです。それで生活している人もいます」

タクミにはその片目補助金というしくみが理解できなかった。

「あなたはもとから左目が無いんですか?」

「いいえ、産まれた時に両親が左目を潰してくれたんですよ」

タクミは驚いた。自分の左目もちくちく痛くなったような気がした。

「そんな、子どもの左目を潰すなんて!ひどい!」

すると店員は不思議そうに返した。

「そうですか?外国の方はそう考えるみたいですね。しかし、左目が潰れていることでいろいろ便利なことがあるんです。補助金はもらえますし、有名な学校にも片目枠で入れました。私はこういう仕事が好きなのでジューススタンドで働いていますけれど、大きな会社にだって入ろうと思えば今すぐ入れるんですよ。私は両親に感謝しています。左目を潰してくれてありがとう、ってね」

タクミにはわけがわからなかった。ジューススタンドをはなれて、オレンジジュースを飲みながら通りを歩いて街の人々の目を観察した。

両目がある人もいたけれど、右目にガラス玉を入れている人、左目にガラス玉を入れている人が大勢いた。それだけじゃなかった。左腕が肩のところから無い人、ひじのところから無い人も大勢いた。

 タクミが見たところでは片目が無い人や腕が無い人は男性だけだった。女性でそのような人はいなかった。

 また両腕がある人、両目がある人はたいてい貧しそうな、よれよれの服と汚れた靴をはいていた。けれど片目か片腕の無い人はノリのきいた立派な服や清潔そうな服をびしっと着ていた。

 タクミは恐ろしい光景を想像した。それはこの国の両親が、お金のために産まれてきたばかりの我が子の腕を切り落としたり眼球をとりのぞいたりする光景だった。しかしすぐにそれを打ち消した。そんなことをする親がいるはずはない。たぶんこの国は大きな戦争があったのだろう。だから片目が無い人や腕が無い人が多いのだろう。そう思うことにした。しかしジューススタンドの店員が話したこともなかなか頭から離れなかった。オレンジ色の髪をした人が言うことだって全部が全部おかしいわけじゃない。

 しばらく歩いていくと病院があった。中から女性が泣きさけぶ声が聞こえてくる。

「私にはそんなことはできません」

扉が開いていたのでタクミは何があったのだろうと病院に入ってみた。そこには真ん中に小さなベッドが置いてあってその中で生まれたばかりの赤ちゃんが白い布に包まれてすやすやと眠っていた。

その脇で白衣を着た白熊のような体格の医者が右手にのこぎりを、左手に錐を持って立っていた。父親と思わしき男性が母親と思わしき女性を説得していた。男性の左目にはガラス玉が入っていた。

「この子のためなんだ。私は左目をとりのぞくのがいいと思う」

「いや、やめて。そんなことできない。この可愛い子の目を傷つけるなんてできない。やめて」

タクミはそのやりとりを聞いて興味を持ち、椅子にかくれて一部始終を聞くことにした。母親はベッドの脇で泣きくずれた。それを見て父親が提案する。

「なら左腕にしようか」

母親は泣きながら首を横にふった。

「いやいや、この子の血なんてみたくない。そんなのいや」

脇に立っている、がりがりにやせていてほほの骨がえらのようにつきでている看護師が言う。

「片目なら一ヶ月につき千ステーロ、左腕がひじからなら千二百ステーロ、肩からなら千五百ステーロの補助金が出ます」

しかし母親は否定する。

「そんなお金なんて欲しくはないわ」

父親が説得をつづける。

「よく考えてみろ。この国では普通に働いても一ヶ月につき千ステーロももらえないんだ。今のうちにやっておけば、将来この子に感謝されるぞ。それにお金も手に入る」

そう言われて母親はただただ泣いているだけだった。

 看護師も説得を続ける。

「これらは障害者のための補助金です。その他、公共施設や博物館の入場料が無料になります。有名な学校へも無試験で入学できますし、大きな会社に就職することもできます。毎日三時には国からおやつも支給されます。お子さんの生活のためになることでしょう」

 のこぎりと錐を持っていた医者も言う。

「今の医療技術なら手術後の死亡率はほとんどゼロです」

しかし母親はただただ泣いているばかりである。

 それを見て父親は医者に言った。

「左目でお願いします」

「では左目ですね」

看護師が両手で赤ちゃんの左のまぶたを開いて金具で固定した。白熊のような医者がのこぎりをわきに置いて、錐のとがっている方を下にして、赤ちゃんの目の上で構えた。

「やめてー!」

母親の泣きさけぶ声が聞こえる。

 タクミは見てられなくなって、病院を後にした。そして通りに出て、すみっこに腰かけて泣いた。人間ってどうしてこんなにも悲しい生き物なのだろうか、そう思ったからだ。自分の子どもの目を潰してしまうなんて。でも左目を潰すように頼んだお父さんの目に悪意は感じられなかった。それがタクミにはわからなかった。

 しばらくしてタクミは気をとりなおして街を歩いていった。もう日はとっぷりとくれて夜になっていた。街には人気はなくなり、しんと静まりかえっている。ある通りに古ぼけた建物があった。それは恐竜が住んでいる時代からそこに建っているような建物だった。窓ガラスがところどころ割れていた。木の扉をあけてみると鍵はかかっていなかった。中は薄暗い。タクミはここに泊めさせてもうらおうと思った。

「だれかいますか?」

だれかいたらすぐに逃げようと思って言ってみた。でも返事はなかった。タクミは建物の奥に進み、ほこりだらけの階段を、くもの巣をはらいながら昇っていった。誰かが来たときのために、一階よりも上の階のほうが良いと考えたからだ。外から見るかぎりではこの建物は四階立てだった。

タクミは星あかりと街灯のあかりに導かれるようにして階段を昇っていく。そして四階にたどりついた。そして寝床を探そうと手探りで歩いていると

「誰だ?」

という声が暗闇から聞こえてきた。タクミの心臓はキュっと音をたててしぼられた。逃げようと思ってふりかえった。そうしたら足をすべらせて転んでしまった。

「うわっ」

体中ほこりだらけになってしまった。

「大丈夫か?」

後ろからおじいさんの声がした。しかしとても賢そうな声だった。

「あの、すみません。まさか人が住んでいるとは思わなくて」

しどろもどろになってタクミは言った。

「いや、わしはここに住んでおらんよ。わしも君と同じ侵入者だ」

そう言うとおじいさんは手をかしてくれた。その手に助けられてタクミは起きあがることができた。そのおじいさんはまるっきりはげていて、両目にガラス玉がいれられていた。でも他の人と違ってそのガラス玉は上下左右にぷるぷると動いていた。

「あ、あの。ありがとうございます。タクミと言います」

「どうも。わしはアストリド・シュテンプケ。天文学博士じゃ。わしは毎晩ここで天体観測をしておる。君のような人がここに来たのははじめてだよ。なにしろここはずっと昔に反政府テロ事件があった建物で人がよりつかないからね。」

窓際にはいろいろと器具のとりつけられた望遠鏡があった。アストリド博士はその器具の一つに目を近づけた。そして望遠鏡についたネジをキコキコと急がしそうに回し、ボタンをいくつもせわしなく押していた。そして一言つぶやいた。

「やっぱり、そうじゃ」

タクミはたずねた。

「何が、やっぱりなんですか?」

アストリド博士は望遠鏡を見たまま答えた。

「星の数が少なくなっておるのじゃ」

「そうなんですか?」

博士は望遠鏡から目をはなしてタクミを見た。ガラス玉の中で赤い瞳がついたり消えたりしている。

「そうなんじゃ。星の数がこの数日でだんだんと少なくなっておるんじゃ。これは宇宙で何か異変が起こる予兆かもしれない。あるいはすでに何かが起こっているか、じゃ」

「どんな異変なんですか?」

「わからない。わからないから困っているんじゃ。こんなことは星の歴史書に書かれたことはなかったんじゃが」

それからずっとアストリド博士は望遠鏡をのぞいて器具をいじっていてぶつぶつとつぶやいていた。

「おかしい。おかしい」

そのわきで退屈したタクミは、疲れていたので眠ってしまった。

 翌朝、朝日にほてった顔をしてタクミが起きると、アストリド博士はタクミのわきでアルコールランプの火で何かを温めていた。いいにおいがした。

「おはよう、タクミ君。これを飲むといい」

そういうとアストリド博士は温めていたものをタクミにさしだした。タクミが飲んでいるとそれは動物のような乳のような濃い味がした。

「体があたたまるじゃろう」

「はい」

それを聞くとアストリド博士は胸のポケットから紙片とペンとをとりだすと紙片に何やら図と文字を書き始めた。そして博士はその紙片をタクミにわたした。それには地図と記号が書いてあった。

「タクミ君。その記号の小学校でわしの教え子が先生をしている。そこにいってくれないか。わしはその教え子に外国人を紹介しているんじゃよ」

そういうと朝食を食べているタクミをおいて、博士は望遠鏡をパチンパチンと手品のように折って箱の形にしてしまうとそれをかついで階段を降りて去っていった。博士は帰りぎわにこれだけ言った。

「じゃ、さようなら。器はそこにおいておけばいい」

 朝食を食べ終わると、タクミは言われたとおりに器をそこにおいて、建物を出た。そして地図に書いてあった小学校に向かった。博士にもらった朝食分は働こうと思ったからだ。小学校では黒くて長い髪をぎゅっと後ろで一つにしぼった女性が校門のところで立っていた。おでこがものすごく広い女性だった。その女性が手をふってタクミに言った。

「おはようございます。あなたがタクミさんですね」

「はい、そうです。タクミと申します。おはようございます。アストリド博士の紹介できました」

とタクミはおじぎをした。

「タクミさん。私は学校の先生をしているカルリーノと言います。アストリド博士から電話があったのでいきさつはうかがっています。ぜひタクミさんには私の教室に来て授業に出てほしいのです。あなたを生徒に紹介したいんです」

タクミはちょっと考えていたけれどカルリーノは良い人のようだったので

「わかりました。僕でよければ」

と言って了解した。こうしてタクミは学校の先生だというカルリーノについていって学校に入り廊下を歩いていった。カルリーノさんの目はずっと遠くを見ている力強い目だった。

 職員室で椅子に座らされて授業がはじまるのを待っていると他の先生たちがジロジロとタクミを見てきた。中にはかみかけのガムをタクミの髪につけてどこかに行ってしまう先生もいた。タクミはガムを必死でとった。全部とるのに三十分はかかった。タクミはその先生をにらみつけてやった。

 それから授業の予鈴がなって、タクミはカルリーノさんが受け持つ五年ア組に案内された。カルリーノはタクミを児童たちに紹介した。

「この人は遠い国から来たタクミさんと言います」

タクミは頭をさげて自己紹介した。

「タクミと申します。僕は学校には通えなかったので、学校が懐かしいです」

カルリーノがア組の児童たちに言う。

「じゃあ、みなさん。このタクミさんにどんなことでもいいので質問してみましょう」

ある賢そうな女の子が手をあげた。

「なんでタクミさんは学校に通っていなかったんですか?」

タクミは答える。

「えーと、ちょっとした病気です」

すると女の子たちから

「じゃあ、体の弱い人なんですね。かっこいい!」

と言う声があがった。男の子たちも「体が弱いなんてうらやましいな。」などと言っていた。そんなことを言う教室にいる男の子たちはほとんど、片目がガラス玉の子か左腕の無い子だった。タクミは昨日の病院でのできごとを思い出して胸がおしつぶされそうだった。

 しかし、ある左腕の無い男の子が手もあげずにタクミのことを指さして言った。

「でもタクミさんは、両目も両手もあるよ!」

すると片目がガラス玉の子が

「そうだ。今のタクミさんは病気が治って旅行しているんだ!強い人だ。だめな人だ!」

とタクミをののしった。タクミはなんて答えたらいいか、わからなかった。

するとカルリーノは少し怒った顔をして

「みなさん静かに、それからお客様に失礼なことを言わないように」

と注意した。

そしてカルリーノは話をつづけた。

「今日タクミさんに来てもらったのは、みなさんにいろいろな国があって、そこには私たちとちがう風習があることを知ってもらいたかったからです。お客様をバカにしたりほめたりするためではありません」

そしてカルリーノさんはタクミの方を見た。

「あなたの国ではお年寄りに補助金は出ますか?」

タクミは昔エグーロが(この国は老人に金なんて払いたくないんじゃ。大魔法使いにこれっぽっちしかよこさないなんて)とぐちっていたのを思い出した。

「出ます。しかしほんの少しだけです。お年寄りは生きていくのにぎりぎりのお金だけしかもらえません」

そうタクミが言うと、教室がひとさわぎになった。

「うそだ」

「そんなはずはない」

「お年寄りがかわいそうだ」

と口々に子どもたちは言った。

カルリーノはタクミの方を見て言った。

「この国では一番収入が多いのはお年寄りなんです。普通の人はどんなにがんばって働いても千ステーロももらえませんけれど、お年寄りは何もしなくて二千ステーロも補助金としてもらえるんです」

タクミはこの国のいいところを見つけることができた。それは弱い人にやさしいところだ。でもお年寄りってみんながみんな、弱いのかな?

「では、タクミさん。まだ質問です」

とカルリーノは続けようとする。しかし続けられなかった。教室の扉がガタッと開いて警察官たちが入りこんできたからだ。子ども達は警察官を見るとびくびくしだした。顔をふせている子もいた。太っちょの警察官がカルリーノに言った。

「カルリーノ先生。校長先生から連絡がありました。あなたを、反体制教育をおこなっている容疑と反政府テロ事件を応援した容疑で逮捕します」

そう言うと他の警察官たちはカルリーノを逮捕して連行した。カルリーノは教室から出される時に生徒に向かってさけんだ。

「みなさん、知ることをやめてはいけませんよ」

そうすると警察官たちがカルリーノの頬をはたいた。児童たちは自分がはたかれたようにしゅんとなった。太っちょの警察官は、呆然と立ちつくしているタクミに近づいて言った。

「カルリーノ先生ばかりじゃない。この件ではアストリド博士も逮捕した。二人は反政府テロ事件を裏で応援していたのだ。それにカルリーノ先生はこんな授業をしていた。おまえは二人にかかわっていたけれど、外国人だからかんべんしてやる。しかし、これだけは言っておく」

太っちょの警察官の左目はやはりガラス玉だった。

「この国は立派な福祉国家だ。しかしカルリーノ先生はおまえらのような、福祉が充実していない野蛮な国を授業で紹介してきた。だから逮捕した。なぜそれがいけないことか、おまえにわかるか?」

タクミは首を横にふった。そんなことわかるもんか。

「お金持ちや強い人間を大切にする国がこの世界にあるなんてことを子どもたちが知ったら、どうなる?その話から悪い影響を受けて、弱い人の立場や気持ちを考えるひまがなくなって、自分のことだけを考えるようになってしまうだろう。自分だけが強くなれるように、自分だけがお金持ちになれるように。そうしたらこのボノ国が世界にほこる福祉の心はおしまいになってしまう。だからカルリーノ先生を逮捕したのだ。弱い人を大事にするこの国の心ときまりを守るために」

そこまで言うと太っちょ警察官はタクミとバックパックを持ち上げて学校の外に放り出して言った。

「おまえはとっととこの国から出た方がいい。おまえの身のためだ。」

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