第五章 平等な国
タクミはでんぐり返しをしながら昔のことを思い出していた。
まだ小学生のころ。タクミはエグーロが大事にしていたガラス細工の象の像を落として壊したことがあった。エグーロはタクミを怒らずに黙ってその破片を拾っていた。破片を拾っているときのエグーロの心の声は何もふるえていなかった。タクミはそれが不満だった。
(何で怒ってくれないの。お父さんみたいに怒ってよ)
タクミはそう思っていたけれど、結局エグーロは怒ってくれなかった。しかしそのかわりにエグーロはかさかさの手でタクミのほっぺたをやさしく包んでくれたのだった。
でんぐり返しをして旅を続けること、実に一週間でタクミはエガーラ共和国についたようだった。本当は二日でつくはずだったけれど、予定をおおはばに遅れてしまった。途中で野宿をするはめにもなった。キンドもでんぐり返し酔いをするわ、野宿なので機嫌を損ねるわ、で大変だった。そうしてようやくついたエガーラ共和国の国境の石をタクミがそのままでんぐり返しでこえると
「おい、そこのでんぐり返し、止まれ」
という怒鳴り声がスピーカーから聞こえてきた。タクミがでんぐり返しをやめてあたりを見るとタクミは三人の兵士と一台のジープにとり囲まれていた。
タクミはでんぐり返しをし過ぎたので頭がくらくらとふらついていた。しかしもう慣れたものですぐに正気に戻った。
そしてジープに乗った背広の男が二人、ジープを降りてタクミの方に近づいてきた。立派なひげをたくわえた方の男がタクミに話しかけた。
「旅行者のようだな。私はエガーラ共和国の平等検査官だ。身分証明書はあるか?」
タクミは身分証明書を平等検査官と名乗るそのヒゲの男に差し出した。ヒゲの男はそれを受け取ると隣にいる眼鏡をかけた男に渡した。眼鏡をかけた男は身分証明書をチェックするとヒゲの男に返した。
「よし、異常なしだ。そこでエガーラ共和国に入国するにあたり、持ち物検査をする。おまえの荷物はその薄汚いバックパックだけだな」
エグーロからのプレゼントを「薄汚い」だって?いけすかない人だ。
「はい、これだけです」
それを聞くとヒゲの男は兵士に指図をした。
「よし、やれ!」
すると兵士はタクミからバックパックをとりあげると逆さまにして全ての物を出してしまったのだ。
「うわっ、やめろ!」
けれど止めようとしたタクミを兵士が蹴りたおした。腹を蹴られてタクミはふっとんだ。
「今はおとなしくしていた方がいいですぜ」
と右耳穴でキンドは言う。
そのようだった。こいつら普通じゃない。
兵士が紙袋に包まれたお札を見つけて数えた。
「三万九千ステーロあります」
するとヒゲの男が眼鏡の男に聞いた。
「補佐官。わが国民の貯金額の平均はいくらだ?」
すると見るからにまじめそうで眼鏡をかけた、補佐官と呼ばれた男は答えた。
「はい、約二万ステーロです」
するとヒゲの男はにやりと笑って一万九千ステーロをつかむと自分のポケットにいれた。
「これは没収する」
タクミはさけんだ。
「どろぼう!」
しかしタクミは頬を兵士に蹴られた。口の中が切れて血の味がする。ヒゲの男は二万ステーロを紙袋にもどしてバックパックに投げ入れた。
兵士が五本の輪ゴムを取り出した。
「輪ゴムが五本です」
するとヒゲの男が眼鏡の男に聞いた。
「わが国民が持っている輪ゴムは平均で何本だ?」
眼鏡の男が答えた。
「三本です」
ヒゲの男はにやりと笑って、輪ゴムを二本ポケットにいれた。
「じゃあ二本没収だ」
今度は兵士が七枚のパンツを取り出した。
「パンツが七枚です」
するとヒゲの男が眼鏡の男に聞いた。
「わが国民が持っているパンツは平均で何枚だ?」
「六枚です」
ヒゲの男はにやりと笑って
「じゃあ一枚没収だ」
と言うとパンツを一枚とって自分の頭にかぶった。
「変態だ」
タクミは思わず言ってしまった。
そうしたら兵士に思いっきりなぐられた。
こうしてタクミは大事な旅費一万九千ステーロに輪ゴムを二本、パンツを一枚に、ズボンを一着、シャツを二着。そしてチョコレートを一枚とられた。
「検査は終わりだ」
と言ってポケットをいっぱいにしたヒゲの男、すなわち平等検査官は身分証明書をタクミに投げつけて返した。証明書はぺしっとタクミのおでこにあたって地面に落ちた。
「このエガーラ共和国では憲法第一条『この国にいる人々はみな平等でなければならない。』にもとづいて平等検査官があちこちに目を光らせておる。もし不平等行為を行えば旅行者といえどもただちに逮捕する。じゃ旅行の安全をいのる」
そう言うとヒゲの男と眼鏡の男に三人の兵士はジープに乗ってどっかに行ってしまった。ヒゲの男はパンツをかぶったままだった。タクミのパンツが風になびいてひらひらしている。検査の時にタクミが見たヒゲの男の目はひどくよどんでいたけれど、とても自信に満ちていた。
「なにが『旅行の安全』だよ。もう安全じゃないじゃないか」
とタクミはつぶやいた。
「それに『不平等行為』ってなんだろうね?」
と五本足のキンドは言った。
一人と一匹はこの国をはやく通過してしまうことにした。これじゃあ、身が持たない。
街に到着するまでにいろいろなでっかい看板が道の脇にあった。そこには赤文字ででかでかと標語が書かれていた。
「テストはみんな六十点!
エガーラ共和国教育省」
「徒競走はみんな一等賞!
エガーラ共和国教育省」
「社長もヒラ社員も収入は同じ!
エガーラ共和国労働省」
「身長も体重もみんな同じ!
エガーラ共和国保健省」
「平等!平等!平等!
エガーラ共和国大統領」
街に入った。通りに面した家はみんな同じ高さで同じ色のペンキで塗られて、同じはばで同じ所に窓があって、同じ所に扉があった。街のどの家もまるで同じサイコロが並んでいるように同じ形をしていた。あまりにすべてが同じなのでタクミには人の顔もみんな同じに見えた。街のどこに行っても同じ風景なのでタクミは今どこらへんにいるのか全くわからなくなって迷ってしまった。
そして道行く人々はおかしかった。ある人は腕に手がなかったし、ある人は頭のてっぺんがまるで水平に切られたように平らになっていた。あるおじいさんはくるぶしの上のところで足が切れていた。靴がはけないので棒のような足で一歩一歩踏みしめるように歩いている。エグーロはいつもタクミに言っていた、「困っているお年寄りがいたら、助けてあげなさい」と。タクミはそのおじいさんに近づいて肩を貸してあげた。キンドは右の耳穴で「やめたほうがいいよ。やめたほうがいいよ」と叫んでいたけれどタクミはそれを無視しておじいさんに話しかけた。
「どうしたんですか、その足は?お手伝いしましょうか?」
「ありがとう。若いの」
そう言うとおじいさんはタクミが貸してくれた肩に腕をのせて、しわくちゃな顔をもってしわくちゃにして笑った。親切にされて気をよくしたのか、おじいさんは昔のことを話しだした。
「昔、わしはもっと背が高かったんじゃが、ある日平等検査官がやってきてな、こう言うんじゃ。『おまえは背が高い。だからこの国の憲法違反だ。というわけで頭を切られるのと足を切られるの、どっちがいい?』ってな。頭を切られると死んでしまうから、足、と答えたらその場で足を切られたんじゃ。だから今でも雨の日には傷跡がうずくんじゃ」
そう語る老人の目の色は井戸の水に奥深く、いろいろな色が混ざり合っていた。
「お気の毒です」
とタクミはなぐさめた。その優しさに泣きそうになっておじいさんはタクミに忠告した。
「おまえさんは旅の者じゃろう。おまえさんみたいにやさしい人ははやくこんな国から出た方がいい。ひどい目にあうだろうから」
そうこうしていると、また通りの向こうからジープがやってきた。乗っていたのは前の人とは違う平等検査官たちだった。けれど前の平等検査官と同じように一番偉そうな人は背広を着てヒゲをはやしていた。
「そこの若い奴。おまえは外国人だな。持ち物検査をするから中身を全部見せろ。私は平等検査官だ。」
と検査官は言った。
「言うとおりしたほうがええ」
とおじいさんも言っていたのでタクミは自分でバックパックをひっくり返して中のものを出した。
兵士はまず紙袋に手つけて中を見た。タクミは、それは一回すでに検査されているから大丈夫だろう、と思って安心した。兵士はお札の枚数を数えて報告する。
「二万ステーロ入っています」
すると検査官は隣にいた、これまた眼鏡をかけてまじめそうな男にたずねた。しかし今度の検査官は前とちがって真っ黒い肌をした黒人の男だった。
「補佐官。わが国民の貯金額の平均はいくらだ?」
眼鏡をかけた黒い肌の補佐官は答えた。
「はい、約一万ステーロです」
それを聞いてタクミは叫んだ。
「二万ステーロじゃないの?」
すると兵士が平手でタクミの頬をはたいた。
検査官はにやにやしながら一万ステーロを抜き取ると自分のポケットにいれた。
「少年よ。勘違いするな。わが国民の貯金額は、五万ステーロの時もあれば一万ステーロの時もあるんだよ。その気になれば一銭も無いなんてこともある。全ては平等を愛するエガーラ共和国大統領閣下!」
「閣下!」まで言うと検査官と補佐官、そして三人の兵士は額に右手をあてて敬礼した。
「のご気分しだいである。わかったかな、少年?」
「はい」
タクミは逆らう気力を無くした。
今回の検査でとられたのは幸いにも一万ステーロだけだった。これでも幸いとよべるのなら、だけど。そして検査が済むとヒゲの男は眼鏡をかけた黒い肌の補佐官に聞いた。
「補佐官、わが国民が生涯で出会う外国人は平均何人か?」
補佐官は答えた。
「一人にもなりません。小数点以下です」
ヒゲの男の声が少しだけ高くなった。
「そうか、ならこの老人は平均よりも多くの外国人と出会っていることになるな。この老人をひっとらえろ」
二人の兵士がおじいさんをはがいじめにした。
タクミはヒゲの男に言った。
「やめろ!」
あまった一人の兵士がタクミをなぐった。それを見ておじいさんがタクミに言った。
「若いの、やめるんだ。無駄なことだ。わしはもうそうは長くはない。死ぬ覚悟はできておる」
そう言うと兵士はジープにおじいさんを乗せた。平等検査官であるヒゲの男と黒い肌の男もジープに乗って、去り際にタクミに言った。
「ちなみに外国人のこの国の平均滞在時間は二十四時間だ。おまえはもうこの国に十時間いる。平均滞在時間を過ぎればいくら外国人といっても許しはしないからな」
タクミは道に落ちた物を拾ってバックパックにつめていった。なぐられたあとがひりひりして痛い。キンドはあきれたように言う。
「ほら、言ったとおりだろ。老人をたすけるなんてことしなければ、こんなことにはならなかったかもしれないんだぜ」
しかしタクミはそんなことは聞いていなかった。そして怒っていた。
「この国はなんとかしないと、かわいそうだ。この国に住んでいる人がかわいそうだ」
それを聞いてキンドはタクミに聞いた。
「で、どうするつもりなの?タクミ君は」
「この国を変えなくちゃいけない」
キンドはまた聞いた。
「どうやって」
「大統領とかに会う」
「会ってどうするの」
「話す。話せばわかってくれるはずだ」
ふー、とため息をついてキンドは言った。
「タクミ君、頭を冷やせよ。この国の大統領がそんなに簡単に見ず知らずのしかもただの外国人の少年に会ってくれるわけないだろ。逮捕されるのがオチだ。それにおまえはこの国の国民なのか?」
「違う。でも同じ人間だ」
キンドはしつこく問いつめる。
「なるほどおまえは人間だ。おいらは蟻だ。じゃ人間のおまえはイーノで性転換手術を無理やりやらされそうな女の子をなぜ助けなかった?」
タクミは少し考えて答えた。
「あの時は何もできなかった。それにそれがあの国の風習だったんだ」
「女の子も助けられなかった少年が、この国の国民みたいなでっかいものを救えるのか?それにエガーラ共和国のこういった制度もこの国の風習なんじゃないのか?」
「うっ」
タクミは答えにつまった。キンドはさらにたたみかける。
「おまえの正義感は認める。でも現実的じゃない。イーノ女王国だって、このエガーラ共和国だって、どんなに悪かろうとひどかろうと、それぞれの国民が選んだ国のかたちなのだ。単なる外国人の旅行者が好きにあれこれ言うのは勝手さ。でもそれ以上はたんなるお節介だ」
タクミはそこまで言われて泣き出してしまった。おーいおい、とまるで小学生の子どものように。
「じゃあ、僕はどうすればいいんだよ」
するとキンドはやさしく、さとした。
「タクミ君、おまえはその優しさをずっと持っていろ。そして君が世界を変える力を持ったときにその優しさで世界をつつむんだ。おまえは大魔法使いエグーロの弟子じゃなかったのか?」
タクミはずっと泣きじゃくっていた。エグーロの名前が出てきてますます泣き声はひどくなった。キンドは言った。
「もう泣くなよ。歩けよ。早く次の国へ行こうぜ。早くしないとまた検査を受ける破目になるぞ」
タクミは荷物をつめおえて歩き出した。一歩ずつ一歩ずつ。その一歩が明日へとつながっていく。そして、いつかは星の谷へとたどりつく。




