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第十一章 星の司

 でもタクミには星の司がどんなことをするのかがわからなかった。

(それはこれから教えます)

そういうと女の子、星の司は右手をのばして、五本の指をタクミの口の中にいれた。

「ふぁにほ、ふるんふぁ」

タクミはやめさせようとするが動けない、まともに話せない。そうすると胃がひっくりかえって何かが腹からこみあげてくる。たまらない、はき気。はきそう、そう思ったとき、

 タクミは何かをはきだした。女の子は右手に何か肉のようなものをつかんでいた。

「なんれすか、それは?」

(これは人の眼球です。悲しみと苦しみを見てきた、ある人間の眼球です)

タクミが女の子の右手を見ると確かにそこには眼球があった。

「それをどうしようっていうんですか?」

女の子はそれには答えずに眼球を星の谷の底めがけて投げ入れた。

(人間の数がいくら増えようとも、よろこびの数は増えません。しかし人間の数が増えるたびに悲しみや苦しみの数は増えます)

星の谷がゆれた。それは心臓の鼓動のようにどくどく、とふるえている。どこか心の声を感じる脳のふるえにも似ていた。

(だから星の司は人間の悲しみや苦しみをこの星の谷で「星」として固めます。そしてここから宇宙に悲しみや苦しみを送り出すのです)

谷の底から何やら青白い球が浮かび上がってきた。

(そうじゃないと、この地球が悲しみや苦しみで満ちてしまいますから)

その青白い球は、周囲の青白い岩石を少しずつ集めている。そうしてだんだんと大きくなっている。そして少しずつ上へとのぼっていった。

(星がなにやら自分を見つめている、あるいは星に目があるなんてタクミさんは考えたことはありませんか?)

青白い球が大きくなるにつれて、どくどくというふるえは大きくなった。それはその青白い球、新しい星の駆動音だった。

(一度くらいは考えたことがあるでしょう。それもそのはずです。夜空にふだん私たちが見ている星というのは、もともとは人間の目、なのですから。目は悲しみや苦しみをいっぱいにたくわえて星の源になるんです。)

青白い球はタクミと女の子の目線と同じくらいまであがってきた。

「じゃあ、人間っていったいなんなんですか?」

タクミがたずねる。

「よろこびの数は決っているのに、悲しみや苦しみを増やしてまで人間はどうして生きているんですか?」

すると女の子は悲しそうにタクミの方をふりむいて、答えた。

(人間とは、この宇宙に星をうかべるためだけに地球にうまれた種族なのです。蟲男たちには心が生まれなかった。だから悲しみも苦しみも生まれず、それゆえに星は育たない。しかも蟲男はそのことにさえ気づいていない。自分に心がない、ということさえも。)

タクミは蟲男の心の形を思い出した。それは心と呼べるものではなかった。女の子は、すっかり大きくなって高く浮かび上がった青白い星を見上げた。

(でも人間はちがう。心がある。それゆえに悲しみや苦しみが生まれ、それらを栄養にして星は育つ。だから、人間が出会う悲しいことや苦しいことにはちゃんと意味があるの。この宇宙に星を浮かべる、という大切な意味が。)

タクミも生まれたばかりの星を見上げた。

(だから、この世界のあらゆる悲しみや苦しみを見てきたタクミ、あなたに星の司になってもらいたい。心の声がとざされたために目によって人の心を読んできたあなたに。多くの目を見てきたあなたに。多くの生きる苦しみや悲しみにふれてきたあなたに。)

星はもう空と宇宙のきわにまで達していた。

(ここまであがれば、大丈夫。あの星はあとは宇宙のちりを集めて自然に大きくなります。そうなればじきに夜空にあの星がかがやくことでしょう。)

タクミは女の子を見た。女の子は静かに目をとじてたたずんでいた。とても美しい少女だった。

(ひきうけてくれますよね、この仕事を。人間に生きる意味を与える、この大切な仕事を)

タクミは静かにうなずいた。頬にそっと優しく何かがふれた。すると女の子の体は白くまばゆく光り、一瞬パチパチとはぜるように強い光を放った後でタクミの目の前から消えていった。

 タクミがふり返ると上がり星が出ていた。

(ありがとう、タクミ。)

どこからともなくそんな声が聞こえてきた。


タクミは見てきた。いろいろな国でいろいろな人を。その人たちの悲しみや苦しみを見てきた。心の声がとざされていたから、タクミはその人たちの心のありかたを、その人の目を見ることで理解しようとした。

たくさんの目を見てきた。美しい目もあった。悲しい目もあった。よどんだ目もあった。どれも人間の目だった。人間の心をきざみつけた目だった。人生をいっぱいにつめこんだ目だった。そしてタクミはこの星の谷にたどりついた。少女がいた。エグーロの母親を名乗る少女が。星を造る役目をおった少女はタクミにその名と役目を継がせた。

 こうしてこの地球に二代目の星の司が誕生した。今も彼は人間の眼球をはきだして星をつくっていく。今ではもう夜空を見上げれば、初代の作品にまざって、タクミの作品も暗闇を色鮮やかにかざっていることだろう。でもそれらは全て人間の心なんだ。人間に心があって、それぞれの人生があったから、あの星がかがやいているんだ。どんなことにでも意味があって、どんなつらいことにでもかがやきがあって、それが夜空をまたたく星のかがやきにいつかしか変わっていく。


 星の谷とフォルタ帝国の国境地帯。ノロロは空を見上げた。

「また上がり星ですね。とうとう最初の人間も死んでしまいました」

キンドの声も聞こえる。

「あの半人前の魔法使いだったタクミも今や星の司様か。ずいぶんと偉くなったものだ。短い間だったけど、あいつの使い魔だったことを誇りに思わないとな」

 上がり星はエグーロのときのように、地平線から上に向かって、天頂めざしてのぼっていった。そして天の一番高いところにたどりつくか、つかないかのところで、すうー、と消えていったのだった。消えたのは最初の上がり星とだいたい同じところだった。

 ノロロはふり向いて、誰かに言った。

「忘れてはなりません。人間は死ぬと、あのように星になって地球を見守っているんです。暗く冷たい宇宙の中で、永遠の悲しみをたたえながら、輝いているんです。いつかこの地球から人間がいなくなっても、かつて人間だった星たちがいつまでもまたたいて、この母なる地球を照らすことでしょう。この地球がここにあるかぎり」

「誰に言っているんだい?」

ノロロが言い終わるとキンドはあきれたように言った。ノロロはそれには答えなかった。

「では、行くとしましょうか、キンド。私たちの次の旅へ」

こうして魔術師と一匹の使い魔は星の谷から去っていった。


 星の谷からは、またひとつ、生まれたばかりの青白い星が空へとのぼっていった。

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