第九章 星の谷の戦争
少年が配っていった臨時新聞によると、フォルタ帝国が星の谷の領域に持っている星石水の鉱山があるのだが、そこから採れる星石水の量が年とともに減ってきているのだという。そして今年採れる量は去年の半分になるのかもしれないのだ。もしそんなことになればフォルタ帝国の国民の生活はなりたたなくなる。冬に部屋をあたたかくできないし、機関車も走らない。電気もつかない。
そのためフォルタ帝国は星石水をたくさん採ることができるように星の谷と戦争をして鉱山をたくさん占領しようとたくらんでいるのだ。新聞にはデカデカと
「星の谷による星石水の独占は許さない!」
などと書かれていた。
タクミは長い間、星の谷を目指して旅をしてきた。もしフォルタ帝国が侵攻して星の谷が戦場になったら、目的地にたどりつけなくなるかもしれない。
しかし、フォルタ帝国の軍隊が通った後をついていけば星の谷に行くことができる。のるか、そるか。
タクミはここまで来たんだから、と軍隊の後をついていくことに決めた。かけである。もしそれに成功すれば道に迷わずに星の谷を目指すことができる。
夜、タクミは街の外れのゴミ箱の陰ではりこんでいた。軍隊が通ったら後をついていくためである。星がきゅるきゅるとかがやいている夜だった。出発した時は夏だったのにもう季節はすっかり秋で、夜の空気はひんやり冷たい。空はすみきって一つ一つの星がまるで目玉のように大地を見下ろしている。銀河の白いうずがゆるやかに暗闇をぬらしていた。夜の間は猫一匹、馬一頭とおらなかった。
日の出のころになると太鼓の音がトンタカトンタカと聞こえてきた。そして大地をゆすぶらんばかりの地鳴りがおこってタクミは目覚めた。星の谷へと向かう軍隊がやってきたのだ。先頭は鼓手ばかり集めてトンタカトンタカやっている部隊だった。そのあとに歩兵の部隊が続いていった。
街の外れを日の出ともに軍隊が出発していく。何本もの立派な旗とともに。タクミは軍隊が全て通過するのをじっと待つことにした。
トンタカ、トンタカ。
太鼓の音はなかなかやまない。軍隊が足ぶみをして大地をゆるがす音もなかなかやまない。タクミは日の出から震度三の地震を感じつづけながら軍隊が通り過ぎるのを待っている。昼になってもまだ通り過ぎない軍隊。
軍隊の行進はとうとう夕方まで続いた。タクミはつかれはて最後のチョコレートをかじりながら待っている。そして軍隊の行進はえんえんか永遠かと思うほど続き、とうとう夜になって終わった。タクミはゴミ箱から出てこっそり、間をとって軍隊のあとをつけていった。つかれはてたタクミはつぶやく。
「それにしても、いったい何人の兵士を連れて行ったのだろうか」
フォルタ帝国が星の谷に送った兵士は全部で百万人だった。最初の兵士から最後の兵士までの長さは百キロメートルにもなっていた。
将軍が命令を伝える時は馬を走らせてもいられないので伝言を使った。兵士が後ろや前の兵士に耳もとでしゃべって言葉を伝えていく、あれである。
だから「全員休め」という命令が
「全員ナスめ」にかわり
「ぜい肉なしめ」にかわり
途中で
「そんなことないね」にかわり、
しまいには
「おまえ太るな」
という命令にかわっていた。それほど長い列なのだ。そのため最後尾の兵士は太らないために昼ごはんをぬいたのだった。あとで「おまえ太るな」と間違って伝えた兵士は見つけ出されて逮捕された。兵士は泣いて謝ったけれどその場で軍法会議にかけられて処刑された。ほんのでき心だったのに。
一晩と一日歩いてまた夜になった。最後尾の兵士たちと後からついてきたタクミは道ばたで眠った。ここには敵なんてどこにもいない。
けれど、そのころフォルタ帝国の最前列は星の谷の軍隊と戦っていた。え、星の谷の軍隊ってどんな兵士がいるの、だって?まあまあ、それはタクミが星の谷についてからのお楽しみ。
タクミは軍隊についていって、兵士たちが食べたり休んだり寝たりするのに合わせて、食べたり休んだり寝たりしてついていった。そして三日間行進し続けた。こうしてようやくある日の昼にタクミは星の谷に到着したのである。エグーロに仕事を見つけに星の谷に行くように言われて実に二ヶ月もたっていた。
星の谷の地面は青白い岩石でできていた。草も生えない不毛の土地である。その青白い岩石はとくに光るでもなく、かがやくでもなく冷たくしきつめられていた。星の谷というけれど、まだ谷らしきものは見えず、そんな青白い岩石の平地が見渡す限り続いている。
そんな星の谷ではフォルタ帝国の兵士が星の谷の兵士と戦っていた。星の谷の兵士は奇妙なかっこうをしていた。
星の谷の兵士は全員丸坊主で髪はなく、上半身がはだかだった。そしてはだかの上半身はとてつもなく強じんでいかつい筋肉でおおわれていた。腕ははちきれんばかりで胸は筋肉で大きくもりあがっていた。両手には何も持っていなかった。しかしにぎりこぶしはかぼちゃのように大きかった。
そしてフォルタ帝国の兵士が銃でうっても、星の谷の兵士は銃弾を筋肉ではねかえした。タクミはどうしたらあんなにきたえられるのか知りたくなった。
槍を持った帝国の兵士たちが星の谷の兵士を槍でついても星の谷の兵士たちはそれをはねかえした。そして星の谷の兵士はつき出された槍をぐいっとつかむと帝国の兵士をたぐりよせて、かぼちゃのようなこぶしで頭をなぐった。帝国の兵士は簡単にのびてしまった。
帝国の騎兵が突撃して剣で星の谷の兵士を斬りつけても、筋肉ではねかえした。星の谷の兵士は馬をつまむと放り投げた。星の谷の兵士たちのうしろにはのびた帝国兵士と馬が山と積まれて、夕日に赤く照らされていた。
やがて百万人いたフォルタ帝国軍も残りは百人の将軍だけとなってしまった。兵士がいなければ戦争にならない。フォルタ帝国の将軍たちはすごすごと帰っていった。星の谷の兵士はのびた帝国兵士を起こしていく。帝国兵士はめまいを感じながらもおとなしく、頭をかかえてひとりひとり逃げるようにかえっていった。
タクミはその様子をずっと岩陰からながめていた。負けた帝国兵士たちが全員フォルタ帝国のほうへ帰っていくと、星の谷の兵士たちは百人ぐらいの部隊に分かれてうろうろし始めた。そうやって星の谷のまわりを巡回してみはっているのだろう。見渡す限りの青白い岩石の平地にはそんな筋肉男たちの部隊がいくつも規則正しく移動しているのが見えた。
「これじゃあ、これ以上進めないじゃないか」
星の谷の兵士たちをたおすことなんて今のタクミにはとうていできない。しかもなんとかなると思っていたフォルタ帝国軍はやられてしまった。もうすぐ日は落ちようとしている。進むためにはどうしたら良いかタクミにはわからなかった。
「どうしました?おこまりのようですね、タクミさん」
突然に後ろから声をかけられた。タクミがびっくりしてふりむくとそこに立っていたのは、指名手配中のノロロだった。あの宿で別れて以来のことだ。つづいて
「まったく、これだから半人前は」
という小さな声も聞こえてきた。ノロロさんの右の耳から出てきた蟻はまちがいなくキンドだった。
「キンド、それにノロロさん」
タクミはびっくりした。なんでノロロさんがこんなところにいるのだろうか。そして、なんでキンドはノロロの耳の中にいるのだろうか。そんなタクミのふしぎそうな顔に答えるようにノロロは頭をかきながら状況を説明した。
「フォルタ帝国が星の谷に戦争をしかけたという話を聞いて、使い魔のキンドが『タクミのことだから軍隊と一緒に星の谷に行って、それ以上進めなくて困っているだろう』と言ったんだ。私も君のことが心配だったからこうしてやってきたんだ」
「そうなんですか。ということは、今のキンドはノロロさんの使い魔なんですね」
するとそれにはキンドが答えた。
「そうだ。タクミ君にはもうおいらは必要なくなったからね。この魔術師さんの使い魔になったんだ。ちょうど使い魔を欲しそうにしていたからね」
「はあ。そうなんだ。」
まったく、自分から使い魔の契約をやぶった使い魔なんてはじめて聞いたよ。ノロロはタクミを真剣な顔で見て言った。
「タクミさん。星の谷の兵士たちに気づかれずに、星の谷の中枢にしのびこむ方法が一つあります」
それを聞いてタクミの顔がぱあっと明るくなった。
「本当ですか?それはいったいどうすればいいんですか?」
するとノロロはタクミのバックパックを指差した。
「君が持っているコートを羽織ればいい」
「コート、ですか?」
タクミはバックパックをおろして、奥底から黒いコートを取り出した。これは蟲男が誕生日プレゼントだ、と言って渡してくれたコートだ。平等検査官は汚いからといって没収しなかったコートである。
「タクミさん、それを羽織ってごらんなさい」
タクミはそのコートを羽織った。少し大きすぎてすそが地面についている。もう季節は秋だ。コートの中はぽかぽかと暖かい。
「これでどうなるんですか?」
ノロロは満足そうに笑いながら言った。
「それで自分の腕を見てごらん」
タクミが自分の腕を見たらそこには腕がなかった。足を見てもそこには足はなかった。タクミは透明人間になっていた。
「これは、いったいなんなんですか?」
「それはいないいないばあコートだよ。不視鳥の羽を集めてつくったものさ。それを羽織れば姿が見えなくなる。だから星の谷へはそれを羽織って進めばいい。そうすれば兵士に見つからずに星の谷にたどりつくことができる」
タクミはノロロに頭をさげた。
「教えていただいてありがとうございます。ノロロさん。それにわざわざ来てくれて、助けてくれて」
するとノロロはてれくさそうに返した。
「お礼を言うのは私ではなくてキンドだよ」
もちろんタクミはキンドにも、ありがとう、と言った。五本足のキンドは
「当然さ」
などと言っていた。キンドはあいかわらずのようだった。
そうしてタクミは一人と一匹に別れを告げて星の谷を目指して歩き出した。




