8.Dark Cat
新作の試作品。
そういって第二研究室に運ばれてきたのは、『Dark Cat』の型番『D-001p』だった。僕の髪の毛から、擬似脳細胞を培養し、それに擬似的に『Cat』を使わせるためのジャミングシステム。僕が4人目の提供者で、1番目のプロトタイプ――つまり、試作品だから、そんな型番が与えられている。
「さて。何本出るのか、見ものね」
セージ主任が簡易的にフェアリートリックを組み込む。商品化に際しては、1カ月がかりで組み込むそうだ。
「……いけますよ」
「よし!
ここは、ハヤト君に起動させてもらいましょうか!」
起動と言っても、スイッチを1つ入れるだけだ。たった3cm四方の立方体の箱が、この世界のセキュリティを支えているのだ。
「……良いですか?」
「いつでも!」
スイッチを……押す!
ぶわっと、広がるように展開された、約50本のサイコワイヤー。それが、規則的に動いて美しい幾何学模様を描いている。
「……凄まじいな」
「今までの記録が……Cで8本だったよな?」
「世界を変えるほどの数だ……」
カグヤ室長が僕の肩を叩く。
「ボーナスは弾むよ」
「えっ!?何で!?」
正直、僕は何もしていない。たとえ、僕の細胞が役に立ったとしても、それでボーナス!?
……でも、ちょっとオイシイと思う自分もいる。
「ただ……これだけの性能になると、『製品化を急げ!』って話になるかも知れないわ。
ミンナ。覚悟は出来ているわよね?恐らく、ウチに仕事が回ってくるわ。
ついでだから、ミンナで一緒にボーナス貰いましょう!」
「「おおーっ!!」」
それにしても。
美しい模様だ。何らかの規則はあるのだろうが、どんな規則に従って動いているのか、僕には予測がつかない。
……確か、『フェアリートリック』と言っていたな。
聞くは一時の、聞かぬは一生の――
僕は、聞いてみることにした。
「このパターン、確か――」
「……『フェアリートリック』のことかい?
この範囲内では、サイコワイヤーが実質上、機能しない。
それを、『妖精の悪戯で超能力が使えない』という意味を込めて、『フェアリートリック』と名づけられたらしい。
誰が発明したかは知らんが、大したアルゴリズムだよ」
「……式城紗斗里ではないのですか?」
「違うだろうね。だとしたら、知られているはずだ」
恐らく、三次元の空間認識能力が高い人が思いついたのだろう。幾何学とか得意だったのではないだろうか?ルービックキューブとか、すぐに出来てしまう人のように思える。
「昔のここの社員が発明したのよ。この第二研究室を、エリート部隊として認識させた立役者。
調べれば、名前ぐらいは分かるかも知れないわ」
「いや……。別にそこまで興味は無いですけれど……」
「ちなみに、アンチサイコワイヤーコーティングも、ここの研究室の作品よ」
アンチサイコワイヤーコーティング。
現在、少なくとも全ての服には施されている処理だ。
サイコワイヤーによる捕捉が出来なくなる処理、と言えばいいだろうか。これが無いと、服を透視したり、いきなり人をテレポートとかテレキネシスとかが出来てしまい、大変危険なのである。テレポートとテレキネシスは、実は露出した肌を狙われたら完全には防げないが、例えば銀行の金庫とかにも、この処理が施されている。金庫の中のお金とかが、いきなりテレポートで取り出されてしまったら、大変だから、当然、『Dark Cat』の備えもあるが、アンチサイコワイヤーコーティングも施されている。
「……ここまで高性能になると、金額、かなり吹っかけられますよね」
「それでも売れる、という算段かしら?
確かに、ある程度の値上げはするでしょうけれど、それよりも、犯罪に対する抑止力という効果を期待するために、それなりに売れる金額に設定されると思うわ」
「そっかぁ……。じゃあ、大したボーナスは期待できないなぁ」
「沢山売れれば、それでボーナスの査定に響くわ」
「……この性能があれば、沢山買う必要は無いと思いますけど」
「国家が、興味を持つはずよ」
それは……沢山売れそうだ。
じゃあ、ボーナスも期待していいのかな?
ポンッと、エルザさんが僕の肩を叩いた。
「ボーナス出たら、一杯奢ってね♪」
「ええっ!?エルザさんにもボーナス出るんでしょう!?」
「あなたの予想を上回る額だから」
そうは言われても……。
新人の僕に、そんな凄いボーナスなんて払う会社があるか!?
幾ら何でも……ねぇ……。
「まぁ……凄いボーナスが出たら、奢りますよ」
「やった♪」
僕は舐めていた。
せいぜい、凄くても100万。1000万なんて出したら、僕がその金だけ持って辞めたら困るから、そんな金額出すわけないだろうと思っていた。
ただ……楽しみにしていたのは確かだ。
そして――
仕事を少しずつ覚えながらも、大した仕事を任されないまま、最初の給料日が来た。