7.Swan
一回3000万。
それで、『どんな病気でも治します!』としたいらしい。
僕は、次の出勤日の朝イチから、その『Swan』の適合者に会いに行くことになった。
相手は、18歳の高校生だった。
大人しそうな、眼鏡の少年。名前はリョウ。
……僕と、年齢は大差ないのだが。
「とりあえず、ソケットの埋め込み手術をしていただきます。
代金については、我が社で負担します。
まずは、その手術が成功してからの話になりますが、条件は聞いておきたいでしょうか?」
「そうですね。
具体的な数字の話は、まだ一切聞いていないので」
「では。
とりあえず、年間10回の治療をしていただきたいです。
我々としては、年間10回の治療に関しては、積極的に募集していきます。
場合によっては、それ以上の治療を行う可能性もありますが、年間10件をこなしていただければ、あとは断って下さっても構いません。
報酬ですが、一回の治療につき、500万。
加えて、契約が続く限り、毎月30万の報酬を支払います。
『Swan』に関しては、貸し与えます。将来的に買い取っていただいても構いませんが、1億円になります。契約期間によっては、割引等も配慮します。
何かご質問は?」
……金額が大きい。リョウも驚いているようだ。
「……本当に、そんな金額が支払われるんですか?」
「本当に、年間10件の治療を行えれば、採算が取れます。
会社側も、必死で探す予定です。
……ご心配なく。
手の施しようの無い末期の癌患者など、年間10人では利かないはずです」
「……それでも治せるんですか?」
「理論上は」
そう言うエルザさんが、理論を理解しているかどうかは謎である。
「……分かりました。
とりあえず、手術を受ければいいんですね?」
「はい。こちらで、信用の置ける病院を手配します。
こちらの同意書にサインしていただければ」
エルザさんがすっと同意書を差し出す。
リョウ君は、ざっと目を通す。
「……サインすればいいんですね?」
「はい。……こちらのペンをどうぞ」
『Ryo』とのサイン。あとは、僕の時と同じように病院に連れて行けば、数時間で手術は終わる。
「では、参りましょうか」
「……今からですか?」
「何か、問題でも?」
「いえ……そんなにすぐ出来るものなのかな、と」
「今日であれば可能なことを確認が取れていますので」
そして、すぐに病院に向かうことになった。
……手術は、無事に成功。
何の問題もない。
あとは、『Swan』の効果の確認ぐらいだが……。
「一応、客になりそうな人物の宛ては、この病院にもいます。
どうします?すぐにでも、『Swan』を試してみますか?」
「はい……構いませんけれど……」
「では、こちらを」
サイコソフトを渡す。1cm四方ぐらいのサイズの円柱形のものだ。それを、坊主頭になったリョウ君は後頭部のソケットに差し込む。
「念のため、ですけれど。
こちら、ブドウ糖です。食べておいた方が良いと思いますけれど?」
「あ、はい。……どのくらい?」
「食べられるだけ、ですね」
「そ……そうですか……」
「『Swan』は特に、大食いのサイコソフトだと聞いていますので」
その病院で、院長室に向かい、エルザさん一人で話をつけ、患者の元へ向かった。
個室の1つ。そこで、金持ちの末期癌患者と対面した。
「成功報酬で構いませんけれど、あなたの癌を治したら、3000万、支払えますか?」
「……治せるのなら、払おう」
「リョウ君、お願いします」
「……いきなり、なんですね。
まぁ……やってみます」
リョウ君は目を瞑って患者に手を翳す。……約、30秒の後のことだった。患者が、驚きに目を見開いた。
「……全身の痛みが――消えた!」
「……はい。恐らく、治療は済みました」
「本当か!?全身に転移し、手の施しようが無いと……」
「では、検査でほぼ完全に治っていることの確認が取れましたら、代金の請求を致しますので。
もうしばらく、ここで休養なさっていてください」
「待て!私には分かる。完全かどうかは分からぬが、3000万払っていいだけの治療は施された。
……持って行け!」
その場で小切手が切られる。額面は3000万。
「最悪、治ってなくとも構わないよ。全身に走る苦痛から解放された……。
こんなに心地良い気分は久し振りだ……」
「そうですか。では、失礼致します」
立ち去ろうとして気付いたのだが。
……リョウ君が、尋常でない量の汗をかいている。呼吸も荒い。
「……大丈夫かい?」
「え、ええ……。
少し、疲れました」
先ほど、エルザさんが渡してあったブドウ糖の残りを、次々にリョウ君は口の中に放り込む。しばらくすると、呼吸も落ち着いてきた。
「……尋常じゃなくエネルギーを使いますね。
これは……ブドウ糖は大量に用意しておかないと、持たないなぁ」
「そのくらいでしたら、用意しますよ?」
「余るぐらいの量をお願い致します。
多分、苦痛になるぐらいの量を摂取しないと、足りない」
一応、あとは報酬を支払うための銀行口座の確認だったのだが、まだ持っていないということで、エルザさんの運転する車で銀行に向かい、口座をすぐに作った。後は、エルザさんが手続きし、後日、振込みの確認が終われば終了だ。
『Swan』に関しては、今はレンタルなので、エルザさんが預かる。「今はゆっくり休養して」と体調を気遣い、この日の仕事は終わった。