6.朝食
卵の焼ける匂い。
それで目が覚めた、気持ちの良い朝だった。
「う……何でソファーで……?」
……そうだ。
昨晩はあの女の子を拾ってきて、ベッドは譲り、僕はソファーで眠ったのだった。
「……朝食、出来たから」
……抑揚の無い声。
……?
おかしいな。こんな話し方をする子だったかな?
半熟の目玉焼きと納豆とご飯。
それだけの朝食を、黙って食べる。
……無言だった。
「……それで、君をどうすればいいのかな?」
「……サトリから聞いていないの?」
まただ。抑揚が無い。……乏しいと言った方が正確かも知れない。
「……『サトリ』?」
「そう。僕の中に住む擬似人格プログラム」
……ワケが分からない。
「……!
『式城紗斗里』!?」
「そこまでのスペックは無い。
全くの別の存在ではないけれど」
思い当たった名前に、自分で驚いた。
「僕のことは、『カエデ』と呼んで欲しい。『サトリ』という名は、絶対に出さないで」
「う……うん」
とりあえず、目玉焼きの余った黄身をもう一度焼いて、朝食を〆る。
「……妹というのは、色々無理があるから、せめて、従兄妹ということにしていい?」
「構わない。しばらくかくまってもらえるのなら」
後片付けをしている時だった。
携帯が鳴った。
「はい、ハヤトです」
『もしもし、ハヤト君?エルザです。
凄いニュースがあるの!
ちょっと、外で会えない?』
「え……どこで?」
『うーん……。そんなに急がないし、お昼、一緒に食べながら話しましょう♪
場所は、メールするから、よろしく~』
「あ、はい!」
用件だけ手早く伝えて、エルザさんは電話を切ってしまった。
「うーん……カエデちゃん。僕は出かけるんだけど……」
「僕もついていく」
「うーん……まぁ、いいか」
家を出る準備を整える頃には、メールは届いていた。ランチの美味しいコーヒー屋さんだ。
「サンドイッチと、エスプレッソ。ダブルで」
「……」
僕は注文を迷わなかったけれど、2人は……おや、そうか。カエデを紹介しないとダメか。
「エルザさん、この子は僕の従妹で、カエデといいます」
「よろしく、カエデちゃん。エルザよ」
「……カルボナーラ」
「……」
愛想の無い子だとは思っていたが……。エルザさんがイライラしている様子だ。
「……まぁ、いいわ。
えーと……サラダとレモンティー。
……それでね」
……ダイエット中だろうか?エルザさんは話を続ける。
「『Swan』の適合者が見つかったの!!」
「『Swan』……?」
「あらゆる病気を治すと言われているサイコソフトよ!
しかも、S適性!ホントに、ありとあらゆる病気を治せるかも知れないわ!」
「……そこまでは無理」
「「……」」
「……続けて」
カエデ。謎多き娘だ。
「それでね!
契約を結ぶことにしたの。
その担当を、私が任されることになりそうなんだけど……あなたにも手伝って欲しいの。
室長には相談して、あなたの了承を得られればいいという話になっているわ。
どう?手伝ってくれない?」
「……別に、仕事なら構いませんが」
「そう?ありがとう!
それでね、ここに、契約条件の草案があるんだけど――」
てっきり、この後、どこかに向かうものだと思っていたのだが。
この場で、話をして、それでオシマイになりそうな雰囲気だった。