5.カエデ
歓迎会という名の飲み会を終えて。
僕は、地下鉄で帰路に着いた。
……終電になった。
高校に入る時から一人暮らしをしている僕は、最寄り駅に使っている駅が、通学の時間帯以外は利用者の少ない、学生の利用者の多い駅となる場所に住んでいた。
終電ということもあるのだろうが、この『Tukisamu』駅で、僕以外に降りた者は、ほとんどいなかった。
いつもの出口に向かう。……だが、その途中。
一人の少女が、壁にもたれかかって座っていた。小学校低学年ぐらいの年齢だろう。
流石に、物騒な時間帯だ。……気になるが、声をかけたら不審者だろう。
見回して、駅員を探す。……いない?利用者が少ないこともあり、無人駅だが、終電とあれば、やることがあるはずだ。駅員が一人もいないはずはない。
「待っていたよ」
少女が声を発した。
「人払いをしている」
……僕に向かって言っている?
彼女の身につけている赤のパーカーが、やけに怪しい色に思えた。
「この少女の身柄を預かって欲しい。……警察には届けないように。
一人暮らしだろう?問題は起こさないように言っておいた。
キミの妹、ということにしておいて欲しい。
……頼めないか?」
「……キミ、どうしたの?」
「話を聞いていなかったのか!?」
「いや……聞いていたけど……。
……家出かい?」
「家など無い。
この少女に、危険が迫っている。キミぐらいの力が無ければ護れない。
ちなみに、今は僕が意識を乗っ取っている。
……早く決断してくれ。もう、何年も逃亡生活を行っている。この少女の精神にも、限界が近い。
ほんのわずか、休息の時間を与えて欲しい。
礼はする」
「……いいけど、明日、ゆっくり話を聞くからね」
「感謝する」
口調が、小学生低学年程度の女の子のものにしては、違和感があったけれど、ひとまず、僕の家に連れて行くことにした。
全てを信じたわけではないけれど、切羽詰った雰囲気は感じ取った。今、聞いても仕方のない面も多いだろう。
時間も時間だ。休ませた方がいいのも確かだ。
「いた!」
地下鉄の出口の方から、声を上げて走り寄ってくる、赤髪の男。その視線は、女の子の方に向いている気がした。
「『ハヌマーン』を返せ!」
「……人払いが効かない相手か。厄介だな」
突然、右手に炎で出来た槍を作り出した。女の子が、僕の前に立つ。……半透明の、丸い壁が出来たかと思うと、投擲された炎の槍がその半透明の壁に当たって砕けた。
「クッ、『イージス』か!」
「ハヤト、逃げるよ!」
瞬間的に放たれる、サイコワイヤー。一瞬にして、僕と女の子は外にテレポートしていた。
「タクシーに!」
2人で急ぎ、タクシーに乗り込む。女の子が「すぐに出して」と言って、しばらく走ってから、僕が自宅への道を言った。
「……さっきのは、どういうこと?」
「……すまない。巻き込んだんだ。
見つかる前に逃亡したかったのだが。
探知はジャミングしている。そうそう見つからない。
……だけど、顔は覚えられたかも知れない」
……迷惑?
まさか!
そこまで守りに入る年齢じゃない。
何かが始まる気がして、ドキドキする!
僕の頭の中で、地球が回るアニメソングが流れていた。
舞台として、『Sorashima』は最高だろう!
僕がパズ○で彼女がシ○タか。
僕は若干歳を取りすぎているし、彼女は若干若すぎるが、大佐も出てきた。
足りないものが、1つあるが。彼女の胸に、光る石が無い。
「1つ、預けておきたいものがある」
彼女は、1つのサイコソフトを取り出した。
「適性があるはずだ。……彼らが狙っているものが、それだ」
……つまりは、コレが、ソレなのか?
「『ハヌマーン』。老化を予防することで、不老不死を可能とすると誤解されているサイコソフトだ」
……適性がある?……『ハヌマーン』?……『Hanuman』か!?
「彼らが、ある国の『Killer』チームから奪ったものだ。
そのキラーチームは、近々、全勢力を以って攻め込んでくるはずだ。
……彼らの力だけでは守りきれない。
だから、君に守ってもらおうと、僕が取ってきた」
『Killer』。
サイコソフトを悪用し、犯罪でも何でもする連中だ。
「……何で、そんな連中が――」
「稀少なサイコソフトの金額を知っているかい?
『Hanuman』は、億の単位の金額がつくよ」
確かに、稀少なサイコソフトの価値は高い。有名な例では、全ての病気を治すことが可能と言われている『Swan』で、1億円と言われている。但し、使い手がほとんどいない。本当に全ての病気を治すには、S適性が必要となる。
「……コレも渡しておくよ」
彼女は更に、もう1つのサイコソフトを渡して寄越した。
「『Nu-e』。複合型のアンチサイソフトだよ。
恐らく君にはS以上の適性がある。君になら、ありとあらゆるサイコソフトを封じることが可能なはずだ。
……『Hanuman』を護るために利用してくれ」
複合型。
複数のサイコソフトの性能を、1つに詰め込んだものだ。それには大きな意味がある。
たとえS適性を持っていても、複数のサイコソフトの同時発動は出来ない。だけど、複合型は合わせて1つのサイコソフトとして機能するので、事実上の複数の性能を持つ1つのサイコソフトの全ての機能を同時発動できるのだ。
「両方、使ってみてくれ。
恐らく、『Nu-e』があれば、『Cat』は必要無いはずだ」
タクシーが自宅に着き、マンションの7階までエレベーターで。
「……そういえば、君の名前は?」
女の子の名前を、そういえば聞いていないことを思い出す。
「カエデだ。この女の子は、そう名乗っている」
妙な言い方をするものだなとは思ったけれど、その疑問は、翌朝になるまで解消されることは無かった。