4.Cat
後頭部に触れる。
……ソケットの穴が、三つ出来ている。
頭部への手術のため、頭は丸刈りになったが、たまには坊主頭にする習慣があったので、特にそれに対して抵抗はなかった。
そして、エルザ主任が、1つのサイコソフトを持ってきた。一応、責任者として、手術の付き添いをし、無事の成功を会社に報告済みらしい。
「サイコソフト『Cat』です。
買い取るか、無料レンタルという形になりますが、どうしますか?」
「……買い取るとしたら、幾らですか?」
「約10万円です。ローンも組めますよ」
「……ローンでお願いします」
たとえ、ただ超能力を阻害する超能力であっても、サイコソフトは1つ持っておきたいと思っていた。いずれ買うなら、今、買ってしまおうとの判断だ。
ローンは、給料から天引き。その条件で、Catを受け取った。
早速、装着してみる。
頭の中に、使用方法のチュートリアルが流れた。
……もう、自由自在に使えそうな感覚を覚える。
簡単に言えば、『サイコワイヤー』という、サイコソフトを使わなければ不可視の糸状のもので、同じくサイコワイヤーで機能するサイコソフトを、サイコワイヤー同士で絡め取ることで封じるサイコソフトだった。
サイコワイヤーを見る機能もあるので、会社に帰る道中、けっこうな数のサイコワイヤーを見ることが出来た。
「どのくらいの能力を持っているか、楽しみねー」
「そうですね……。
試していいですか?」
「みんなの前でにしましょうよ」
とりあえず、能力を発揮することに関しては、会社に着くのを待ってからということになった。
「無事に済んで良かったわね」
「ええ。
早速、試してみたいんですが……」
「Catね。
サイコワイヤーを何本出せるか、全力でやってみて」
カグヤ室長に言われて、可能な限りのサイコワイヤーを展開して……ビックリした。
何だ、これ……。100本ぐらいあるぞ!?
「……凄い数ね」
カグヤ室長がそう言った他は、全員、絶句していた。
「いや、凄いなんて、そんな半端なものじゃないでしょう!
S適性でも、20本出せたらいい方ですよ!」
もう一人の主任、セージさんがそう言った。
「全部、自由自在に動かせる?」
「難しそうですが……慣れれば、もしかしたら」
パソコンに繋がるケーブルを差し出された。……何だろう?
「『フェアリートリック』を使えるか、試そう!
直結で、データを取り込んでくれ!」
「……ふぇありーとりっく?」
「コンピューターで解析した結果、このパターンに従ってサイコワイヤーを運用することが、『Dark Cat』を使用する上においては、究極のアルゴリズムだと思われているパターンのことだ。
人が使った場合、どの程度の有効性があるのかのデータを取りたい!」
「……ソケットに差し込めばよろしいですか?」
「ああ」
空いているソケットに、ケーブルを差し込んでみる。
……。
『……見つけた』
……?
「え?」
声が聞こえた。……否、声ではない。『それを意味する言葉のイメージ』が、声が聞こえたような印象を持って僕の脳裏に叩き込まれた。
『助けて……』
……魅里亜からの、意識なのか?
そう思った直後だった。
脳裏に、情報の奔流が押し寄せた。
意識が押し流されてしまいそうなほどだ。
その中に、確かに『フェアリートリック』のデータもあった。
だが、それはコンピューターによる高速処理だから可能な技術で、人間がサイコワイヤー全てを制御して為し得る操作量ではなかった。
まずはそのことを、皆に伝える。
「そりゃそうよねぇ……100本近いサイコワイヤーを自由自在に操って、それをフェアリートリックの複雑なアルゴリズムで全部完全に制御するなんて、人間業じゃないわよねぇ」
……そういえば、今日はみんな、のんきに話などしているが、確か、締め切りがどうとかで忙しいんじゃなかったか――と思ったのは僕だけで、あの作業はひと段落ついて、作っていたものについては、今、テストに回されているらしい。
「今日は、ハヤトの歓迎会を開けるわね」
「明日、休みですしねぇー」
「埋め込み手術も無事に終わって、来週からは仕事に加わってもらえるからなぁ」
つまりは、ようやく、正式にここで働けることが決まったということだろう。埋め込み手術が失敗に終わっていた場合、怪しくなっていたかも知れない。
「その前に、1つ、同意を取っておきたいことがあります。
ハヤト、あなたの髪の毛を回収しました。
それを元に、擬似脳細胞を培養して、使用したいと考えています。
あなたが特にするべきことはありませんが、同意を得たいと思います。
……同意していただけるわね?」
「え?別に……一向に構いませんが」
それが、どれだけの意味を持つことなのか、僕は理解していなかった。
だけど、それからしばらく、それによる新製品の開発に対する期待感を皆が話し始めたので、恐らくは、この職場では、重要な意味を持つことなのだろうなとの予測をすることは出来た。