3.魅里亜
昼食の後、カグヤさんの指示で、僕への説明にエルザさんがついてくれることになった。ちなみに、主任だそうだが。
「さん付けででも呼んでね。主任はつけなくていいから」
……とのことだ。
「それで、エルザ主任――」
「んん?」
「……エルザ、さん」
何故か、凄まれてしまった。嬉しくないんだろうか、主任の役職……。
「それで?何かしら?」
「あ、ええと……。
仕事って、プログラミングですか?」
「ああ、今はプログラミングしているけれど、近々、他の部署に丸投げする予定の作業よ。
基本は、新製品を開発するための研究ね。他の部署から依頼されて研究する可能性もあるわ。
ただ、それでも『魅里亜』でのプログラミングは出来た方が有利ね。
……経験は?」
「は?魅里亜って、あの、概念処理の?」
魅里亜は、かなり新しいプログラミング言語だ。ただ、プログラミングは従来の言語より楽だと聞いたことがある。
「そう。だって……人工脳細胞に命令を下すには、概念処理の必要があるんですもの。
今現在、それ以外に、擬似的にサイコソフトを使う手段は無いわ」
サイコソフトの生みの親である、式城 紗斗里が使っていた概念処理型プログラミング言語『龍尉』、その基本理念を真似して作られた、『魅里亜』。だが――
「経験は、ありません」
「そりゃそうよねぇ、高卒だものねぇ。大学でも、専門的なトコじゃないと経験出来ないし。
それで、ソケットは幾つ?」
ソケット。恐らく、サイコプラグの差し込み口のことであろう。
「ありません。必要ですか?」
「出来ればね。
埋め込み手術に、心理的抵抗は?」
「いえ、別に」
「たまに、失敗して脳に障がいが生じるケースも、稀ではあるけれど、存在しているけれど?」
「……抵抗はありませんが、アンチサイ以外にほとんど適性が無いのに、意味があるんですか!?」
エルザさんが、ため息をついた。
「この第二研究室が、喉から手が出るほど欲しかった人材よ!!」
「エルザ、うるさい」
「声が大きい、状況を考えろ。気が散る」
大きな声を出して、皆に怒られるエルザさん。「ゴメンナサイ」と謝っていた。それから声量を抑えて言う。
「概念処理というのは、一応デジタルな技術だけど、限りなくアナログに近い技術だと言われているの。
だから……見て。全員、ソケットにパソコンから繋がるケーブルを差しているでしょう?
一応、デジタルな入力も必要だから、キーボードを使っているけれど、かなりの部分は、脳から直に命令を書き込んでいるの。
つまり、集中しないと、仕事に影響するから……今、怒られちゃったのよねぇ」
「……じゃあ、必要なんじゃないですか?」
「流石に、同意は取ります。
でも、同意してくれるなら、今から手続きをして、近いうちに手術します。
一応、その際には同意書にサインしていただきます。
決まったサインが無いなら、練習して決めましょう。
社内でサインが必要な際には、それを用いてください。
もし、何らかの理由で不本意なサインを強要された場合、明らかに違うサインをして下さい。その際は、サインをしていないものと、会社では見なします。
……大学に行ってないなら、習ってないでしょう?」
習ってはいないが、知識として知っている。昔は、印鑑とか使われていたらしいが、国際的な習慣に倣ったのと、偽造による悪質な犯罪が深刻化した際に、サインの方を重視するようになったと言われている。
「あ、はい。
練習して、すぐにでも同意書にサインしますが……。
ソケットは、1つで十分ですか?」
エルザさんは、顎に手を当てて考え込む。二十代前半らしき若くて綺麗な人なので、様になる。
「……アンチサイ全てに、AかS判定、よねぇ……。
数については後で確認を取った上で決めた後に同意書にサインしていただきますが――」
「3つよ、エルザ!」
室長が、最低限だけ言い放つ。
「……3つ、だそうです」
「了解です」
その後、サインの練習をしたり、色々連れまわされたりして手続きを進めていったりして、同意書にサインをしたら、勤務時間は終わった。
何故か、プログラミングの仕事をしていたのに、皆、一斉に帰り支度。
「この研究室では、残業する奴は『三流』と呼ばれるの」
一流は、『仕事は勿論、しっかりと進めていた上で、勤務時間終了の鐘が鳴り終わるまでには、パソコンをシャットダウンし終えていること』だそうだ。
……僕は、ここで仕事をしてついて行くことに、初日から不安を覚えることになった。