13.Gungnir
駅の改札まで送る。
ただそれだけの簡単なお仕事だったはずだ。
駅で、肌にピッチリした真紅の革の服を着た女が待っていなければ。
「……あなたね」
時間は、終電に近い時刻になってしまった。他に人はいない。真っ直ぐに、僕に近寄って来てそう言ってきた。
「キョウジが迷惑をかけたわね。それはまず謝罪するわ」
彼女が、右手で僕の頬に触れる。……振り払いたかったが、それをし難い不思議な迫力が、彼女にはあった。髪も真っ赤に染めて、短く刈り上げている。見た目だけでも、相当な迫力だ。
「でも、『Hanuman』は返しなさい。さもなくば――」
そこまで言った時、彼女は飛び退き、そこに光の――そう、槍が突き出されていた。
「『Gungnir』!!こんな小娘が!?」
「残念ですわねぇ。確かに、この槍は『Gungnir』から派生したものですが――」
革服の女が、似たような光の槍をエルザさんへ向かって投擲する。
だが。
それは、光の盾で弾かれた。
「『Aegis』!同時展開!?……まさか、『Athene』!?」
「正解ですわ♪」
「しかも――『Gunginir』を受けて、対消滅しないだなんて!!」
「A適性の貴女の『Gungnir』如きで、S超過適性のアタシの盾を、対消滅?ハ!笑わせないで下さる?」
何と言うか……。
今まで見てきたエルザさんと、印象が違いすぎる。
「退却して下さらない?」
エルザさんがあの女に槍を突きつける。
「アタシは、『Zephyr』の相手をするために用意されましたの。貴女の相手をする暇なんてありませんのよ?」
「……あなたが、『Hanuman』を護ってくれるとでも言うの?」
「『Zephyr』の狙いが『Hanuman』ならば」
女はしばし考え込む。
「……いいわ」
やがて、そう言った。
「私は、クルセイダーのジュンナ!覚えておきなさい!
今は引きましょう。でも、『Hanuman』を奴らの手に渡すようならば――
私は、あなたたちの命を保証しない!!」
ジュンナは、それだけを言い終えると、テレポートで退却した。
とりあえず。
僕は、エルザさんに聞かなければならないことがある。
「……エルザさん」
「説明が必要なようね。
そうよ。アタシは『Athene』。戦女神のサイコソフトよ。
S超過適性のあるサイコソフトは、その擬似人格によって、意識の乗っ取りを行うことで、通常の使用方法を遥かに上回る性能を発揮できるの。
貴方にも宿っているのでしょう?『Hanuman』、それに……『Nu-e』。
宿主にぐらい、教えておきなさい。貴方たちが宿っていることを」
『我らは、意識の乗っ取りを由としない』
僕の口から、僕の意志を無視した発言が発せられた。
「……今のは?」
「さて。どちらかしらね。
はっきりと言っておくわ。
私たちは、本来、サイコソフトに宿っているわけじゃないの。使い手本人の精神に封印されているのよ。
否定するのは勝手だけれども、アタシも、本来のエルザの意識の深奥に封じられているだけで、エルザの精神の一部なの。身の危険が迫っているのならば、アタシは意識の乗っ取りは躊躇わないわ。
あなたに宿る2人もそう。
どれだけ否定しようとも、貴方の精神の一部なのよ。
まぁ、だからこそ、意識の乗っ取りを由としなかったのでしょうけれども。
……エルザに意識を返すわ。聞いてみなさい。
彼女は、意識を手渡してでも、今、迫った貴方やアタシたちの身の危険を払う力を欲したのよ。
だから、アタシは力を貸しただけ。
主の意志を無視したと思われるのでしたら、心外ですわ」
一瞬、彼女の瞳から生気が失われる。そして、いつもの彼女の瞳に戻った。
「……面白い!!」
彼女の第一声が、それだ。
「面白い!?」
「ええ!
私に、こんな力があるだなんて!!
ああ……私の女神様!ありがとう!」
「……気味が悪くはないんですか?」
「……どうして?」
どうして……って言われても……。
「意識を乗っ取られたんですよ!」
「ええ。私が、誰か助けてと念じたからでしょうね」
「……『助けて』?」
「そしたら、『任せなさい』と言って……あの圧倒的な力!!
ああ……素敵♪我ながら、憧れてしまうわ!」
……能天気、なのだろうか?
「……つまり、僕は意識を乗っ取られるのが嫌だと思っているから――」
だから、最低限の発言をしただけだった……?
……とりあえず。
これは、会社に報告の必要のあるレベルの問題と思われた。
これの起こる条件が分かるのならば――
……また、ボーナスを期待できるのならいいな。
まぁ……今は、そんなに心配するほどの事態ではないと思われた。




