12.ディナーウォーズ
今、僕の家の厨房では、戦争が繰り広げられている。
……いや。ただ、女の子が2人、料理しているだけなのだが。
……何だろう。身の危険を感じる。
とりあえず、「美味い」と言っておけば、危険は回避できるだろうか?
ゲテモノ料理が出てきたら、どうしよう……。
僕も趣味で料理をするから、秘かに持っていた圧力鍋が、今、時々唸ってるけど。
……圧力鍋まで使って、何を作っているんだ!?
……若干、カレーのようなスパイスの香りがするけれど、何となく、匂いに酸味も帯びているように感じる。それに……強烈な匂いのする何かが入っているようだ。
……激烈に嫌な予感がする。
小一時間ほどかかっただろうか。
出てきたメニューは、カレースープだった。
「……ごめんなさい。
スープカレーのつもりで作ったのに、お米を炊くのをすっかり忘れてたの」
「ああ、全然いいですよ。
晩ご飯にはライスを食べない程度の糖質制限をしていたから」
「そう?
良かった~」
スープカレーか……。トマト缶でも入れたから、酸味が出たのだろうか。
スープ状とはいえ、カレーである。鉄板とも言えるメニューだ。多少の安心感は覚えた。
だけど、恐る恐る一口をスプーンですくって口に運ぶ。
「……美味しい」
「でしょ!?」
胸を張るエルザさん。
エビの風味がする。ダシは、恐らく干しエビと……煮干。海鮮風味にしたのか。それを、ダシを取るためだけに使い……。舞茸の香りも凄い。思い返してみると、この舞茸の香りだ。煮込んでいた時に、強烈に香っていた匂いは。きくらげも美味い!
「……ああ、ゴメン。ミンナで『いただきます』してから食べた方が良かったよね?」
「気にしない、気にしない♪」
あまりに不安だったので、とりあえず一口、食べてしまった。
改めて、「いただきます」と言って食べる。
……本当に美味しい。
「圧力鍋があって、良かったわぁ~♪」
「いや……この料理なら大差ないでしょ」
「気分の問題よ、気分の」
揚げたエビも入っているし、非常に豪華な夕食と、僕は感じた。自炊の料理と比べると、――何と言うか、エルザさんの本気を感じる。
「……はぁー……」
「どうしたの?ため息なんてついて」
「いえ!何でもないです!」
……つうか、こんな露骨な動き方をするのかよ、という気はする。
金目当て。それが無いとは言わせない。
別に、それは構わない。
ただ、一人の人間としての僕を好きなのかどうかが分からない。
「ところでさ――」
……来ました!
「……何でしょう?」
警戒心剥き出しで聞き返す。
「ボーナス、幾ら貰えたの?」
「……言えません」
「へぇー……言えない額なんだぁー」
――クソッ!
勘の鋭さでは、女には敵わない。
「桁は聞かないからさ。
一番上の位の数字、教えてよ。
それ以上は、この話題に触れないから」
「……嘘だったら怒りますよ」
「ホント、ホント!
ね?お願い♪」
右手の指五本を突き出す。
「そんなに!?
……せいぜい、1か2だと思ってた」
「もう、触れないで下さいよ!!」
「分かってる、分かってる♪
……ところで、ハヤト君は彼女なんて――いたら、私なんて家に上げないわよねぇ」
……何でしょう。胃がキリキリと痛んできました。
何!?金目当ての女って、こんなに露骨なの!?
「ご馳走様でした。大変おいしゅうございました。
ところで、そろそろ帰っていただけませんかね?」
今まで、モテた経験の一切無い男に、この状況は、若干キャパシティーオーバーでございます。
「私が食べ終わってない」
「……食べ終わったら、帰って下さいよ」
「送ってね♪駅まででいいから」
「分かりましたよ!」
とりあえず。
カエデちゃんがいたおかげで、この場で、僕が『イタダキマス』されてしまうことは回避できた。
多分、金額の桁を知られたら、もう一回り本気になられることは間違いない。
……コェェよ、女――
でもまぁ……
女性経験の無い僕は、むしろ彼女を『イタダキマス』してしまいたかったことは秘密だ!




