10.2人のリョウ
新人に、いきなり会社の主力商品の急ぎのプログラミングは任せてもらえなかった。
その代わり。
エルザさんと共に、リョウ君を呼んでの2回目の治療という話になった。
依頼があったらしい。
金持ちの娘。暴行を受け、AIDSに感染したらしい。
名前は……リョウ!?
「奇遇ね。非常に紛らわしいわ」
「『リョウ君』と『リョウちゃん』で呼び分けましょうか」
「それは大きな問題ではないわ。
……顔写真、見る?」
……中々。いや、かなり可愛い子だった。
「リョウ君が、変に意識しなければいいけれど……」
「……難しいでしょうね」
とりあえず、リョウ君に会い、状況を伝える。
「ふぅん……」
何とも言い難い反応をする。彼がどう思ったのかは、次の彼の発言で分かった。
「ハヤトさん。不幸な女の子って、こう……萌えません?」
「……分かる気がする。可愛いよな」
「そう。こう……自分が彼女を幸せにしてあげたい!って感じに思えて」
「……君とは気が合う気がするよ」
すぐにでも治療できるということだったので、エルザさんと一緒にリョウ君をリョウちゃんの入院する病院に案内することになった。
治療も急ぎで、と言われたので、契約や支払いもすぐに行われるだろう。「急ぐのなら、小切手で用意しておいて下さい」と伝えてあるらしい。
……病室が近付くにつれ、急ぎという理由も分かってきた。泣き叫んでいるのだ。大声で。
看護婦たちも、既に諦めている様子。イチイチ注意もしていないようだ。
部屋の扉をノックする。……返答は無いが、エルザさんは扉を開けて病室に入っていった。
「スミマセン。『Musashi』の者ですが」
「イヤァァァァァァ!!」
扉を開いて、その絶叫のボリュームに驚く。見ると、母親らしき女性が、ベッドで座っている女の子を抱きしめてなだめようとしていた。
「ああ……何とかして下さい……!!」
「分かってます。
リョウ君」
見ると、リョウ君は硬直していた。……目をハートマークにして。
「……リョウ君……?」
「……あ、はい。はい、今すぐ!」
リョウ君がリョウちゃんに駆け寄り、その手を取った。
リョウちゃんはその手を振りほどこうとしたが、一瞬、リョウ君の方を見たかと思うと、しばし、硬直した。……おや?
「大丈夫。病気は、僕が治すから」
「……え?」
「心配しないで。きっと、治せるはずだから」
「……はい」
静かになったリョウちゃん。……ここは、リョウ君に任せるか。
僕らは、母親の方と交渉を始める。
「こちらが契約書です。
小切手のご準備は?」
「え……ええ。この通り」
「では、ここにサインを。……額面、確かに」
不渡りを防ぐために作られた、電子式の小切手だ。これを解約しない限り、小切手に示された金額は、口座の中にありながら、そのやり取りを封じられている。あとは、端末で手続きして受け取れば良い。……額面が口座に無い限り、使えないというデメリットもあるが。一部では、『小切手の意味が無い』と不評だが、それでも、信用性というメリットから、金持ちは愛用する傾向がある。
「リョウ君、契約は成立だ。治療を施しても構わない。
ジャミングも、反応は無い。ここなら、安全に治療を施せそうだ」
ジャミングシステムの探知機の表示を見ながら言う。Dark Catを含め、この病室内は、超能力の阻害をする装置の存在は確認されない。事前にそのように頼んでおいたからなのだが。一応、人間の使うアンチサイ関係の能力の反応も表示されるが、それも無い。僕も使っていない。
「……リョウ?」
女の子が呟く。
「君も、リョウというらしいね。
奇遇だね。僕もリョウという名前を名乗っているよ」
「……治せるの?」
「きっと、ね」
2人は両手を繋ぐ。治療に何の意味があるのかは分からないが、恐らく、不安を取り除く効果は期待できるに違いない。
「……治すよ」
「お願い……こんな病気で、死にたくない!!」
「最善を尽くす。――約束する!」
僕の目には、リョウ君の体が輝いたように見えた。だけど、すぐに分かった。物理的に光を放ったわけではない。サイコワイヤーと同じ性質の何らかの粒子のようなものが、僕のサイコソフトの影響で視覚的に捉えられただけだ。……恐らく、フルパワーでSwanを使用した影響だ。
……30秒。それは続いた。そして、唐突に終わった。
「……終わったよ」
リョウ君は微笑んだ。だけど、それは強がりだったのだろう、すぐにフラついてリョウちゃんの手を離してバランスを崩す。……ブドウ糖は十分に取っていたのだろうが、フルパワーを出すから、足りなかったのだろう。
「大丈夫!?」
「平気、ヘイキ。
……検査で、すぐに調べてもらって。もしも治らなかったら、治るまで、何度でも治療を施すから」
「……ありがとう。
――そうだ!」
リョウちゃんが自分の手荷物を探り……一枚の、名刺を取り出した。
「……私の、連絡先です」
「……分かった。大丈夫。君の人生は、こんなことでは終わらない!」
「……うん」
頷くリョウちゃんの目は、涙を湛えていた。リョウ君が拭い、益々その涙は溢れかえる。
「……今度、お見舞いに来てもいい?」
「はい!是非!」
「ありがとう。
……ごめんね。一応、お仕事だから、今は帰るよ。またね。
……さて。
お待たせしました!お仕事終わりました!」
「報告ご苦労。
……アフターケアの交渉、しておきましょうか?」
「お金はこれ以上、いただけません!」
「……まぁね。大金を払ってもらったから、サービスとして提案してあげるわよ。
口実があったら、来やすいでしょう?」
「……ありがとうございます!」
とりあえずは、検査の結果が出て、病気が治っていれば、一件落着である。
2人のリョウの恋物語は、本人同士に任せて、僕らは干渉すべきではないだろうと、そう思った。




