第九十五話 エロシン領・バロシュ領攻略戦⑨
「おっ、バレスらはもう出発か」
バレス、レフ、エゴールは、バシーリエとバロシュ軍の大将を引き取るや否や、騎馬隊を率いザンクトへ向けて早くも進軍を開始した。
ちなみに重装騎兵の装備は外させておいた。
先の会戦で騎馬も疲弊しただろうから、これ以上の負担を減らすためである。
さて、バレスらも出立したことだし、俺達歩兵も隊列が整い次第、前進するとしよう。
十分が経過した。
俺は、用意された椅子に座り、マルティナやサーラと一緒に蜂蜜を舐めているところだ。
「秀雄様、隊列が整いました」
そこにビアンカが、準備が整ったことを知らせてくれた。
「よし、では行こう……進軍開始!」
俺は立ち上がり、出発の号令を掛け、前進を始める。
さあ、まずは開城されているはずの、ザンクトへ向おう。
距離も十キロメートルほどなので、二時間少しで到着するだろう。
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そして二時間後。
松永軍は、無事ザンクトにたどりついた。
城の姿が遠目に入ってくる。
すでに大手門は開放されているようで、白旗も揚げられていた。
「バレスたちが上手くやってくれたようだな」
「そうですね。では私が手勢を引き連れ先行し、降伏の意思を確認してきましょう」
「ああ、任せる」
俺は、コンチンの提案を飲み、彼が戻ってくるまでしばし待つことにした。
もしかしたら、降伏と見せかけて、伏兵を配置している可能性もゼロではないので、念には念を入れることにする。
まあ、ウルフと三太夫がいるので、何かあれば報告が入るだろうが。
しばしその場で待つと、コンチンが戻ってきた。
「レフ殿が出迎えてます。早速向かいましょう」
「おう」
どうやら城の方も掌握できたようだな。
しばらく歩くと、レフがエロシン家の重臣を伴い、大手門の前に姿を現した。
エロシン家の者は、拘束されたバシーリエも含めて、頭を垂らして恭順の意思を示している。
「お疲れ様です。ご覧のとおりエロシン家は当家に降伏しました。ではご入城ください」
「おう、悪いな」
俺は居並ぶエロシン家の重臣を見下ろすために、慣れない乗馬をする。
そして、馬上から髪の薄いおっさんを見つけては、色々面で優越感に浸りながら城へと入る。
こうして玉座へと到着し、そこに腰を下ろす。
さて、これからエロシンへの沙汰をしよう。
長年の因縁にも、ようやく終止符を打てるわけだ。
「いきなりで悪いが、我々には時間が無い。早速そなたらの処遇を言い渡そう」
これから松永軍は、バロシュ領に攻め込まねばならないので、バシーリエらエロシン家の奴らの言い分を聞いている暇などない。
俺は、命ばかりはお助けを、とでも思っている雰囲気の面々に向けて口を開く。
「まず、エロシン家当主バシーリエ含め、一族の男は処断する。女はまだ決めかねている。それ以外の騎士や内政官については追って沙汰をしよう」
その言葉を聞き、彼らの反応は様々だった。
涙を流し助命を嘆願する者や、諦めて肩を落とす者、また生きながらえて嘆息する者など、多種多様だ。
バシーリエは、話が違うと叫んでいるが、誰も二人の会話など知るはずも無い。
全く問題ない。
よし、奴らの処理はこんなもんだな。
「これで話は終わりだ。あとはレフとセルゲイに、エロシン領全域の処理を任せるとしよう。兵二百を残すのでそれで対応してくれ」
「はっ」
「おう!」
これで背中は確保できるだろう。
さて俺も、そろそろザンクトから出るか。
兵は町の外で待機させているので、すぐに出撃できる。
「では残った面々は、予定通りバロシュ領へと進軍をする。急ぎ隊列に戻ってくれ」
そして、俺もすぐさま玉座から立ち上がり、城を後にする。
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俺が率いる松永軍は、ザンクト城を出発してから一時間半程度で、バロシュ領へと侵入した。
ザンクトからバロシュ領までは目と鼻の先なので、すぐに領境へと到着したのである。
さて、バレスたちは成功したのだろうか。
あと三十分もすれば、バロシュ家の本拠地である、バロシュの町へとたどり着く。
ここはバロシュ家の発祥の地ということなので、家名がそのままつけられている。
ただ、対エロシンのために、十年ほど前にカラフへと居城を移したらしい。
はっきり言って、そんなことはどうでもいい。
問題はバロシュ家が降伏をしてくれるかどうかだ。
カラフ城を攻めたときには、当主の逃げる時間を稼いだものの、バロシュ家は素直に降伏をした。
なので今回も、どうにか応じてくれるのではないか、と期待している。
ピアジンスキー家が退却したのだから、なおさらだ。
そんな楽観的な予測をしながら、街道を約三十分行軍する。
この辺りの道は、ピアジンスキー家の騎馬隊のためにしっかりと整備されているため、気持ちよく進軍ができる。
とは言っても、そこまで幅は広くないのだがな。
二千人規模の軍団ならば、困難なく行軍できる程度である。
「おおっ、町が見えてきたな。んん、誰かが城壁の上で白旗を振っているぞ。バレスかな……? リリ、悪いが見てきてくれ」
「おっけー!」
すると、リリは風のオーラをまといながら、ギューンと上空を、弾丸のようなスピードで飛んでいった。
そして、一分足らずで帰ってきた。
ウルフには悪いが、やはり彼女が飛行ユニットでは最高クラスだな。
今、ありえない速さで飛んでいたし。
だが彼女はあくまで戦闘要員として考えている。
Sランク魔獣を、偵察や連絡要因に使うのは勿体なさ過ぎる。
「ヒデオー、やっぱりバレスだったー! バロシュは降伏したってさー。やったねー!」
「おおー、そうかそうか。これで無駄な手間が省けたな。では城へ向うとしよう」
「うん!」
それから、俺はリリを肩に座らせると、数十人の精鋭と共に城へと入っていった。
「殿! バロシュ家は城を包囲し、捕らえた将を見せつけたら、すぐに降伏してきましたぞ。中で、バロシュ家当主を軟禁しておりますので、面会してくだされ」
「ああ」
バレスはそう言うと、バロシュ家当主がいる部屋へと案内してくれた。
ちなみにエゴールは、バロシュ領内の村落の掌握に向っているらしい。
なのでここにはいない。
「ここです」
「うん」
部屋の前に到着し、扉を開ける。
中に居たのは、五十過ぎのおっさんだった。
だが顔色が悪い。
病を患っているようだ。
だから、戦場にこなかったのか。
「失礼、俺は松永秀雄だ。あなたがバロシュ家当主でよろしいか?」
「ああ、わしがミラノ=バロシュだ」
ミラノは、質問に答えたきり黙る。
俺は椅子に座り、単刀直入に聞く。
「今回の件で希望はあるか。条件次第では聞いてやらんでもない」
俺としては、バロシュ家は二度とも素直に降伏したことと、エロシン家ほどの仇敵関係ではなかったことにより、そこまでの悪感情は抱いていない。
「……できることなら、私の命で全てを済ませて欲しいのだが……。それは虫のいい話じゃの」
うん、分かってるじゃないか。
「そりゃそうだ。死に際の男の命では、全く足りんな」
「そうだの。だが今後バロシュ家は、松永家に従うと誓ってもだめかの。勿論領土は差し出す。平民に落としてくれても構わん。だが命だけはなんとかして欲しい」
しつこいな。
今さら忠誠を誓うと言っても信用できん。
ん……待てよ、あれならば利用価値はあるかもな。
「ふむ、そこまで言うのなら、考えてやらんこともない。ただし条件がある」
「本当か! できることならば何でもしよう」
ミラノは病身にも関わらず、身を乗り出してきた。
「ああ、だがその条件は厳しいぞ。バロシュ一族には『埋伏の毒』としてピアジンスキー家に潜ってもらおう。もしそれが嫌ならば一族の男は処断。女は奴隷落ちだ。どうだ、受けるか?」
もし埋伏先で逆スパイになったならば、ピアジンスキーを滅ぼしてから、改めて虐殺すればいいだけのことだ。
俺の申し出を聞き、ミラノはしばし沈黙をする。
そして、一分ほど経過したところで、重い口を開いた。
「分かった……。これまでの戦で、松永殿の精強さは痛いほど感じている。ここは、あなたに乗らせて頂きたい」
彼にとっては苦渋の決断だったかもしれないな。
だが協力してくれるのならば、利用させてもらおう。
「よし、ならば一族の男はピアジンスキーへと送るとしよう。その際、バロシュ軍の精鋭を馬廻りに付けよう。いざというときに、役立ってもらわねばならないからな。また、あなたは処断したことにして、こちらで預かろう。そうでないと、ピアジンスキー家も怪しむからな」
これは人質の意味もあるし、ミラノの体を心配してやった面もある。
「すまん、感謝する」
「うむ。では詳しい話は戦後に行うとしよう。だが、埋伏先で裏切ろうなどとは思わせるなよ。もしそうしたら、一族の女含め、惨たらしく殺してやる。ゆめゆめ変な気は起こさぬようにな」
「勿論、息子含め皆に厳しく申し付けておく。そこは安心されよ」
彼は松永家が身内に甘く、敵に厳しいことを知っているのか、眼力を込めて強く言い返した。
「分かった。では俺はこれで失礼する。後はゆるりと休まれよ。あなたには、少しでも長生きしてくれんとな」
「ははは、わしは別に死病にかかっているわけではないぞ。ただの風邪じゃよ」
「……それなら早く言えよ」
俺はそういい残して部屋を出た。
最後に一本取られた気もするが、悪くない交渉だった。
あとは、余勢を駆ってピアジンスキー領を切り取るかどうかだな。
だかここからは、下手に攻め込めば反撃を食らうかもしれない。
敵の出方を窺いながら、追撃を加えるとしよう。
だが今日はもう遅い。
今夜はこの町で過ごすとしよう。
追撃は明日だな。
そして、俺は町の外に出て、兵達と共に野営をした。