第九十四話 エロシン領・バロシュ領攻略戦⑧
そして、一時間が経過した。
現在ビアンカが各隊から報告を受けて、集計を行っている最中だ。
そろそろ終わる頃だと思うのだが……、おっ、ビアンカがこちらに向かってきたな。
集計も済んだようだ。
あまり被害が出ていなければよいのだが……どうだろうか。
「秀雄様、現時点での集計が終わりましたので、ご報告したいと思います。松永連合軍の被害は、死者五十七人、重傷者百二十人です。兵種ごとの内訳に関しましては、詳しくはこちらに記載されています」
ビアンカは全軍の被害だけ述べてから、被害の詳細が書かれているであろう紙を渡してきた。
早速目を通してみると……、松永軍重装騎兵の死者は五名、重傷者は十五名だった。
彼らは、ピアジンスキー重装騎兵の攻撃を一手に引き受けたので、損傷率が四割にも及んだのだ。
ただ、重装騎兵五十騎のうち三十騎を占めるバレス隊の面々は、一人の死者も出さなかった。
一騎の松永兵が、敵重装騎兵二騎を相手にした上での結果なので、流石バレス隊というべきだろう。
また、それ以外の軽騎兵と歩兵に関しての被害は、口にする程のものでもないので、今回は割愛しておく。
「むむむ、全体の損傷率は一割強か……。死者が少ないのが救いだが、結構な被害を出したな」
「はい……、残念ながら……」
俺が顔をしかめたら、ビアンカも申し訳なさそうな表情になってしまった。
「いや、お前が悪いわけじゃないのだから、そんな顔はしないでおくれ」
「秀雄様……」
俺は立ち上がり、彼女の頭と耳を撫でてやった。
「こんなところで……、恥ずかしいですぅ」
彼女は顔を赤らめながら、もじもじしてきた。
おっと……、ついいつもの癖が出てしまったようだ。
今はイチャイチャしている場合ではない。
「ああ、ごめんごめん。……被害は確認した。では戦果も教えてくれ」
俺は彼女の頭から手を離し、報告の続きを促す。
「はっはい、ではご報告します。戦果はですね……速報値ですが、死者が約百五十名、重傷者が約二百名となっております。また我々に投降した兵数は九十八名です」
なるほど、敵の損傷率は三割弱か。
投降兵も加えると三十五パーセントほどに上がるな。
これは上出来だろう。
もし包囲殲滅したならば、五割以上の成果を見込めるかもしれないが、中央突破をしてのこの数字ならば満足せねばなるまい。
それに敵重装騎兵にも大きな痛手を与えたことだしな。
これならば、ピアジンスキー連合も、しばらく建て直しの期間が必要になるだろう。
「ふむ、こちらは悪くないな。これならば、これからのエロシン領とバロシュ領への進軍も容易になるだろう」
「はい、秀雄様ならば楽勝ですよ!」
「ははは、だといいがな。では皆を集めてくれ。追撃戦の指示を出すのでな」
「かしこまりました」
ビアンカは俺の命令を聞くと、すぐに各将の下へ駆け寄り、話を伝えてくれた。
程なくして、松永家の将が一堂に会した。
「先の会戦での働きご苦労だった。だが、皆も知るように、まだこの戦は終わりではない。ピアジンスキー軍が退却しているこの隙を突いて、エロシン領、そしてバロシュ領を奪取し、ウラール統一を成し遂げなければ帰還することは許されない。戦闘後で疲れているところだが、ただ今から追撃戦を開始する」
俺がそう言い終えると、松永家の将らは、念願のウラール統一が現実味を帯びたことに対しての興奮を抱いたようで、一斉に立ち上がった。
「今こそ好機! 憎きエロシンを滅ぼし、バロシュも取ってしまおうぞ!」
と言ったのはバレスだ。
松永家の将において、一番の影響力をもつ男の言葉は、たちまち多くの将に伝播し、彼以外の者も次々と戦意を見せる。
だが、とりあえず落ち着け。
ここは折角の捕虜を利用しようじゃないか。
「皆の心意気、俺も嬉しく思う。では早速先鋒を伝える。まずはバレス、レフ、エゴール殿、三人は各々が騎馬隊を率い、エロシン領都ザンクトへと向い降伏勧告をしろ。もちろん、バシーリエを連れていくんだ。これから奴とは話を付けるので、上手く行けばエロシンは簡単に降伏に応じるだろう」
俺はこれからバシーリエと交渉を行い、早期の開城を要求するつもりだ。
「そこまでは分かり申した。ですが、そのあとはどうすればよいのですかな?」
質問してきたのはバレスだ。
レフとエゴールは黙って俺の指示を聞いている。
「降伏してきた場合は、レフに適当な兵数とバシーリエを預けて、城を掌握させろ。そのあとは、敵が降伏しようがしまいが、ザンクトを通過しバロシュ領へと進軍してくれ。そちらでも、バロシュ軍の大将を見せつけながら降伏勧告を行え。もし従わなければ、周囲の村落を落とすように」
騎馬隊は城や砦の攻略には向かないので、彼らには、攻めやすい村々を攻撃させることにした。
また、先の会戦にはバロシュ軍の当主が参戦していなかったため、バシーリエのように交渉をすることができない。
せっかく大将を捕縛したのに、当主でなかったのは残念だった。
「なるほど、騎兵の機動力を生かすわけですな。流石は殿、見事な作戦です」
「いやそうでもないさ。だが、あまり急ぎ過ぎて馬を潰さないでくれよ」
「ハハハ、もちろんですとも!」
バレスは俺の忠告を軽く笑い飛ばしてきた。
なんか不安だが、レフとエゴールもいることだし問題ないだろう。
「では、三人共頼んだぞ」
「おう!」
「はっ」
「承知した」
あとは、俺が歩兵を率いて彼らの後ろから攻め入るとしよう。
「それ以外の者は、このままザンクトを目指すことになる。では各々は隊へと戻り、行軍の用意をしてくれ。では解散する」
これで即席の作戦会議は終了とした。
俺は、皆の準備が整うまで、バシーリエと交渉することにした。
そして、彼が監禁されているサーラ特性の牢へと足を運び、対面する。
「おう、調子はどうだ」
牢の中で意気消沈している少年に声を掛ける。
すると、バシーリエは俺の存在に気がつくと、必死の形相で言葉を飛ばしてきた。
「お前は松永か! 早く僕を解放しろ! でないと末代まで呪ってやる!」
五月蝿いガキだ。
甘やかされて育ってきたのか、まだ自分の立場が分かってないらしいな。
「全く礼儀のなってないことだ。この愚かさは父親譲りだな。まあいい、これから処刑するのだから、好きなだけ叫ぶがいい」
すると、バシーリエはこれまでの態度からガラリと変わり、俺に泣きついてきた。
「そんなこと聞いてないぞ……。僕は大事な人質のはずだ……。お願いだ! なんでも聞くから殺さないでくれぇー」
女の涙にはぐっとくるものがあるが、男の涙には何も感じないな。
「全く騒がしいこった。今、何でも聞くと言ったな?」
「ああ、なんでも聞くから殺さないで……」
「ならば、エロシン家は全てを放棄し当家に献上しろ。そうすれば命だけは助けてやる」
こいつの利用価値などそれしか無いからな。
これさえ飲めばピアジンスキーに送ってやるよ。
嘘だけど。
用が済んだらさようならだ。
「そんなこと僕にはできない……。ロジオン大叔父に申し訳ない。でも他のことならなんでもする。金ならある、女なら調達する。なんならピアジンスキー家に話を通してやる」
ほほう。こいつも罪悪感を感じるだけの理性はあるようだ。
しかし、こいつの言う条件はふざけてるな、全く魅力を感じない。
特に最後の、ピアジンスキーに話を通すなどという言い草は、呆れてものも言えない。
「ならばここでさようならだ」
俺はファイアーボールを作ることで、バシーリエに最後通告をした。
「やややめてくれー! わかった、全部差し出す! だから、くぉるさぬぁいで……」
世間知らずな少年は、最後は号泣しながら松永家の軍門に下ることを承諾した。
ふう、これでエロシン領はゲットだな。
「よしよし。では今から出してやろう」
俺は、先ほど出したファイアーボールで牢を破壊した。
「ひぃぃー」
「壊したのは牢だ。お前じゃない。お前はこれからバレスとともにザンクトへ向い、開城させるんだ。分かったな。途中で態度を変えたら、その場で斬首するように言いつけておくので、ゆめゆめ変な気は起こすなよ」
どっちにしろ、処刑するけどな。
「わっ、わかった……」
「よし。ではビアンカ、こいつをバレスの所へ持っていってくれ」
「かしこまりました」
すると、バシーリエはビアンカに足を掴まれると、そのままズルズルと引きずられながら、バレスの下へと送り届けられた。
さて、これで追撃戦の前にやるべきことはやったかな。
あとは出撃まで少し休むとしよう。
先の戦闘で動き回ったので、俺も流石に疲れた。
蜂蜜でも舐めながら、体力を回復させよう。