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第九十二話 エロシン領・バロシュ領攻略戦⑥

 場面は、秀雄が二百の兵を率いて、敵右翼の側面を突きに向かったところまで遡る。

 レフが率いる松永歩兵三百は、相対するピアジンスキー歩兵に対し攻撃を加えようとしていた。 


「ではこれから、前方のピアジンスキー歩兵に対し攻撃を仕掛けます。リリさんは援護をお願いしますね」

「うん!」

「では行きますよ。全軍前進し、前方の敵歩兵を撃破せよ!」


 レフが号令を放ち、松永歩兵三百が進撃を開始する。 

 対するピアジンスキー歩兵も、先程、秀雄とリリが放った魔法により被害を被ったため、再び大魔法を打たせないために、溜め時間を与えぬよう渋々と前進を始めていた。


 時を同じくして、ピアジンスキー軍総大将であるダミアン=ピアジンスキーは、後詰兵を指揮しながら前方の戦況を眺めていた。


「むむむ、先程の大魔法で当家が歩兵の士気が落ちている。ここはわしが出るしかないか……」


 ダミアン=ピアジンスキーは、ピアジンスキー家当主である。

 齢は三十五。

 風貌は、馬面といっても差し支えないほど縦長の顔立ちに、身長百八十センチの身長、そして引き締まった体つきだ。 

 彼はその恵まれた体躯により武勇に秀で、当主でありながらピアジンスキー四将の一人に数えられる。

 

 彼は、不利な前線を見かねて自ら援護することを決意した。

 このままでは中軍が崩壊し、右翼の騎馬隊が突破し敵側面を突く前に勝負が決まってしまうからだ。

 

「お父様! 私もいきます!」

「ブヒヒヒン!!」


 と言ったのは、フローラである。

 彼女は、前回バラキン城の戦いで虜囚になったにもかかわらず、その雪辱を晴らすべく、今回の戦いに志願した。

 もちろん父であるダミアンは反対した。

 しかし、フローラの意思は固く、半ば強引に戦へ参戦したのだった。

 武勇はともかく彼女の精神力――面の皮の厚さ――は、ピアジンスキー四将にも勝るとも劣らない。 


「だめだ。ベルンハルトも反対しているだろう。大人しくここで待機だ」

「いいえ、嫌でも付いて行きます。ベルンハルトちゃんも、いうこと聞かないと、おやつの人参あげないからね!」


 フローラは言い出したら、我が道を行くわががま姫だ。

 ダミアンが甘く育てたためか、このような性格になってしまった。


「はぁ、仕方ないな。私の後ろで控えているんだぞ」

「ブヒン……」


 ダミアンは娘可愛さに、ベルンハルトちゃんは人参のために、仕方なく彼女の要望を認めた。

 そして彼は、後詰兵百五十を引きつれ、前線で松永歩兵の相手をしている友軍の援護へと向った。


 一方、レフが率いる松永歩兵三百は、リリの魔法と歩兵の質の高さに因り、敵歩兵を圧倒していた。

 リリの魔法が放たれるごとに、敵の士気は下がる一方だ。

 すでに、彼女の魔法の威力を抑えることができる魔法士の魔力が、空になっていることも士気の低下に拍車をかけている。


「このままいけば、後詰がきてもなんとかなりそうですね」


 いつもは冷静なレフも、最高Sランクの魔獣であるリリの援護を受け、心境は幾分楽観的だ。


「そうだねー。でもなんかきたー!」


 リリは、敵軍後方からやってきた、バイコーンに跨る男に並々ならぬオーラを感じた。

 とはいうものの、魔獣としての本能的な危機感は感じていないので、そこまで焦ってはいない。


「あっ、あれは当主のダミアンです! 彼を倒せば敵は崩壊します!」


 レフが珍しく興奮気味にまくし立てた。

 するとリリも、彼が言った言葉の意味を瞬時に理解し、ギュンと魔力を高める。


「おおー、ならあたしに任せてー! 多分大丈夫だからー」


 リリは自信ありげに胸を張り、ダミアンの相手をすることを申し出た。

 

「私ではダミアンには敵いません。ここはもちろんリリさんに託しますよ」

「うん! ここはあたしの見せ場よねー!」 

「ええ。ダミアンが突出してきたら、一騎打ちを申し出てください」

「りょーかーい」

「それでは、しばらく待ちましょう」


 両軍がしばし戦闘を続けていると、ダミアンが槍を振り回しながら最前線へと躍り出てきた。

 すると、彼は、いきなり松永兵を槍で一突きし、一瞬で絶命させた。

 だがこれで満足するはずもなく、彼は手近な松永兵に次々と槍撃を放ち、その命を刈り取る。


「リリさん! 奴を自由にしてはいけません! お願いします」

「うん!」


 するとリリは、ギュイーンと上空を猛スピードで飛んでいった。

 そして、時間にして数秒後、あっという間に彼女はダミアンの側へと到達した。

   

「むむむ、何者だ!」


 ダミアンが、いち早くリリの接近を感知し警戒をする。


「リリだよー! ヒデオのために死んでちょーだい!」


 リリはびしっとダミアンに指を突き刺しながら、可愛らしく非情な宣言した。


「いきなりだな。むむ、お主はもしや例の妖精か……。おそらくただの妖精ではあるまい。何者だ?」


 ダミアンはリリの纏う魔力に気おされながらも、なんとか平静を装いながら問いかけた。


「あたしは花妖精っていうんだよー」

 

 リリが種族名を告げると、ダミアンの顔が真っ青になり、冷や汗がブァっと噴出し滴り落ちる。


「もっ、もう一度聞く! 花妖精で間違いないんだな!?」


 彼は大事なことなので、もう一度聞くことにしたのである。


「うん、そーだよー。もう話はおしまーい。いくよー!」


 リリは、いちいち詮索してくるダミアンを鬱陶しく感じ、挨拶代わりにウインドカッターを射出した。


「ふぬっ!」

  

 ダミアンはなんとか馬上で体をそらし、ウインドカッター避けた。

 リリは続けて花魔法を使い、トゲを十本ほど周囲にまとわせる。


「いけー、『トゲトゲサテライト!』」


 これは秀雄の『ファイアーサテライト』を真似て作った魔法である。

 十本の長さ五十センチメートルほどのトゲが、ダミアン目指し二本づつ、間髪入れずに撃ち出される。


「なぬっ!」


 ダミアンは初めて見る魔法に戸惑う。

 だが、何もしなければ死が訪れることになるので、必死で避ける。

 そして、なんとか九発のトゲを回避することができた。

 

 これだけでも、彼は相当の実力者であることが分かる。

 並みの者ならば、かなりの確率で一撃目で落命するからだ。

 

 しかし最後の一発は、リリが特に魔力を注いだものだった。

 九発のトゲを捌き疲弊したところに格別の一撃、ダミアンは避けきることができず、右肩を抉り取られてしまう。


「ぬぁぁ!」


 彼は抉り取られた右肩を治すために、自由が利く左手で、教皇から下賜された秘薬を腰袋から取り出し、ゴクリと飲み込む。

 

「ふー、ふー」


 秘薬の効果により、右肩の傷は癒えたものの彼の顔色は冴えない。

 すでに、どのようにこの場を脱するかの算段を立てているほど、リリとの実力差を感じているからだ。

 

 しかし、ここで空気を読まない女ことフローラが乱入してきた。


「お父様ー! こいつは危険です。私も助太刀します!」


 彼女はダミアンの気持ちなどお構いなしに、リリへと攻撃を加えようとしたが、 


「ブブブブヒンッ!!」


 ベルンハルトちゃんは、しっかりと空気を読み、その場に座り込んだ。

 

「ぷぷぷー、前と一緒だねー」


 リリは先の戦いと同様の光景を目の当たりにし、思わず噴出してしまった。


「こらー、ベルンハルトちゃん! 動きなさーい!」


 フローラは、サボタージュを決め込むベルンハルトちゃんの脇腹にドンドンと蹴りを入れるが、このユニコーンは全く動く気配を見せない。

 

「あははー、ユニコーンに振られちゃったー」

「黙れ黙れ黙れー!」

 

 リリが腹を抱えて笑いながら、フローラをからかうと、彼女は憤怒の表情で下馬しリリに切りかかってきた。


「よせフローラ!」


 ダミアンは、先程とは別の腰袋に手を入れ秘薬を飲みこむと、全力でフローラを援護するためにリリを攻撃する。

 するとリリは、上空へブーンと飛び上がり二人の攻撃範囲から逃げ出すと、そこからウインドカッターを放つ。


「いかん!」


 ダミアンが体を張りウインドカッターを受け、フローラを庇った。

 秘薬の効果により一時的に魔防が上昇しているため、重傷は負ってはいない。


「フローラ、今のうちに逃げるぞ。一度後方へ引き、策を練らなければ話にならん!」

「そんな私はまだ戦えます!」

「だまれ!」


 パチン!


 ダミアンはだだをこねるフローラの頬を叩き、魔防が高まっているこのときに、退却することを決意した。

 バイコーンの腹を蹴り一目散に逃げようとする。

 フローラも、渋々とベルンハルトちゃんに跨り、ダミアンのあとを追いかける。  


「待てー!」


 もちろんリリは二人を逃がさぬよう、高速で上空を飛びながら追撃をする。

 彼女はバイコーンよりも早く移動することができるので、簡単に彼らに追いつき攻撃を加えようとする。

 

 しかしそのとき、側面からリリ目掛けて数十本の矢が襲い掛かった。


「んー!」


 リリも不意を突かれたため、攻撃を中断し自身の周りに風球を作り、打ち込まれた矢の勢いを殺す。


「ダミアン様! 今のうちにお逃げ下さい!」


 声を上げたのはエミーリアだった。

 彼女は秀雄が中軍へ戻るのを確認すると、戦線に影響が出ない程度の三十騎を引き連れて、急遽ダミアンの助太刀へと向ったのだ。

 味方右翼の指揮は、秘薬を飲み、なんとか采配が振るえる程度までは回復した、ドラホに一任した。

 彼女は軽騎兵の機動力を生かし、秀雄よりも先に中軍に到着した。

 すると、想定外にも、ダミアンが窮地に陥っていることを確認し、急遽彼の退路を確保する行動に出たのだ。


「おおっ、エミーリアか、助かった。だが、お主がここにいるということは……右翼は失敗したようだな……」

「はい……、申し訳ありません」


 ダミアンは一度後方に引き、なんとか右翼が突破するまで持ちこたえる腹積もりだったが、彼女の謝罪によりその希望もついえた。

 この会戦における、ピアジンスキー連合軍の敗戦が確定した瞬間だった。


「ならば引くしかあるまい。全軍退却だ! 悪いがそなたに殿を任せる……」

「ははっ、おまかせを!」


 エミーリアは、嫌な顔一つせずに殿を受け入れた。


 それを受けてダミアンは、苦虫を噛み締めながら、バイコーンを駆り全速力で戦場から離れる。 

 この戦を受けて、彼は松永家に対する認識を改めた。

 ピアジンスキー家単独で敵う相手ではないと……。

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