第九十一話 エロシン領・バロシュ領攻略戦⑤
「よし、いくぞ! 付いてこい!」
俺は、百五十の歩兵を引きつれ、仕上げとばかりに浮き足立つ敵軍へと突っ込む。
獅子の次は、高レベル魔法ときて、さすがの重装騎兵もてんやわんやだ。
「食らえ!!」
俺は、ここぞとばかりに魔法を撃ちまくる。
炎の矢を連発だ!
「ぐぁ!」
「ぎゃー!」
敵重装騎兵も二~三発はなんとか馬上で持ちこたえる。
しかし、その二~三発で鎧が破壊されてしまうため、それ以上の魔法を受け止めることはできないようだ。
所詮鉄の鎧では、俺の魔法ほ防げんよ。
なんとかしたけりゃ、ミスリル鎧でも着込んでこい。
「ちぃぃ! 退却だ!」
すると、程なくして、後方に控えていたドラホと思われる手負いの将が、退却の命令を下したようだ。
バレス、アルバロ、俺に一気に半包囲されたら、無理もないな。
一旦引き、部隊を立て直すのだろうか。
よし、ここはどうにかなった。
あとは軽騎兵だ。
挟み撃ちにしてやろう。
と思ったら、敵軽騎兵は重装騎兵が逃げ出したのを見て、すぐに反転し退却を開始した。
馬の質が違うので、ナターリャさんやコンチンも追撃がままならない。
むむむ、エミーリアとかいう女将軍もなかなかの指揮を取るようだ。
ならばここは切り替えて、目の前の重装騎兵をできる限り叩いておくとしよう。
幸いこいつらの速度は、軽騎兵に比べて数段劣る。
その分、追撃もやりやすいだろう。
「ここは重装騎兵を追撃するぞ! バレスは落馬した敵の処理をしろ! アルバロら獣人部隊は俺に続け!」
「承知!」
「御意!」
俺は喉が痛くなるくらいの大声で叫び、二人に指示を出す。
両軍合わせて二百人程度の局地戦なので、普通ならば声は伝わるのだが、今回は馬蹄音がうるさいので、声を絞り出さなければ命令が伝えらなかったからだ。
俺はアルバロを引き連れて、敵重装騎兵の尻尾へと襲い掛かる。
手始めに、最後尾の五騎に獣人達が一斉に攻撃を加える。
そして、俺とアルバロとアニータさんは、それ以外の騎兵を攻め立てる。
「アニータさんは獣化をして、先に行ってくれ」
「はい!」
彼女も、アルバロを尻に敷くだけあって、獣化もできる女戦士だ。
俺が指示を出すと、彼女はすぐに光を放ちチーターへと変身し、そのまま時速八十キロメートルはあるかといった高速で重装騎兵に追いつき、猫パンチをかまし落馬をさせた。
俺も走りながら炎の矢を連発し、重装騎兵を落馬させる。
そして、アルバロが落馬した敵兵を仕留めていく。
これを約二分間、彼女の獣化が切れるまで繰り返した。
「……ふう、こんなもんだろ。さて何騎倒せたかな」
辺りを見回し、倒した敵を数えてみると、その数は十騎を超えていた。
俺が到着するまでの分も加えると、合計三十騎程度は倒したことになるはずだ。
それに加え、重軽傷を負った敵重装騎兵も、ドラホも含め多数いると思われる。
「これで重装騎兵は半壊させたな」
俺はそう呟くと、エミーリアを抑えている、コンチンの下へと走り出す。
軽騎兵の被害状況が気になったのだ。
一分ほど全力で駆け、彼の下へとたどり着いた。
「コンチン! 両軍の被害状況を教えてくれ?」
すると、彼は俺の声と姿に反応し、冷静な顔で報告を始めた。
「お疲れ様です。正確にはわかりませんが、味方軽騎兵の死傷者はおよそ三十騎、敵も同じ程度です。私の率いる歩兵は、足止めに専念しましたのでさほど被害は出ておりません。そちらはどうでしたか?」
被害の数からみると、騎馬の質と数の両方で劣る松永軽騎兵が、ピアジンスキー軽騎兵と互角に戦えていたようだ。
これも、ナターリャ達の魔法と、コンチンの頑張りに因るところが大きいだろう。
「松永軍の重装騎兵の死傷者は二十程度だ。危なくなったら逃げるように伝えてあるので、死者は三割程度だと思う。逆に敵に与えた被害は、四十騎以上に及ぶとみている。ドラホとかいう敵将にも、バレスが手傷を負わせたようだ」
「それは素晴らしい。これで敵騎兵の戦力は、かなり低下しましたね。あとはこちらから圧力をかけて、奴らの動きを封じましょう」
「ああ。これで味方が中央突破を成功させれば、勝利は確定だな」
「ですね。では秀雄様はこれから中軍に行かれるのですか?」
「そうだな……、とりあえず戦況を確認しよう。ここからでは中軍と右翼の状況は、完璧には把握できないからな」
俺は手近なところで飛び回っている、ウルフに向け、小さな炎の矢で合図を送る。
すると、それに気付いた彼がこちらへ向い高速で飛んできた。
「お呼びでしょうか秀雄様」
「ああ、現在の戦況を教えてくれ」
「では報告します。現在中軍は、松永軍が優勢です。特に、中軍左の松永軍と、中軍中央のチェルニー・チュルノフ軍が、敵軍を押し込んでます。すでに敵は後詰を投入してるようです。そして、中軍右と右翼ですが、こちらは敵騎兵が連携不足なところを突き、エゴール殿が攻めては引きの駆け引きを繰り返し、膠着状態を作り出しております。また右翼には、すでに松永軍の歩兵百が、後詰として投入されております」
なるほど、レフにウラディミーラは上手くやっているようだ。
またエゴールも頑張っているな。
敵左翼の騎兵は四家の寄せ集めだ。
なので側面から歩兵を当ててうまく撹乱をすれば、自ら攻めようとしなければ時間稼ぎは可能だろう。
それに敵軍は、右翼からの攻撃に重きを置いているので、左翼から積極的には攻めてこないはずだ。
ロマノフ軍の錬度でエゴールの指揮ならば、上手くいなすことは無理な注文ではない、と思っていたが、期待通りのことをここまではやってくれているようだ。
「ふむ、これは悪くないな。あとは俺が何人か引き連れて、中央突破を図るとしよう。コンチン、対面の残兵を抑えるには、どれくらいの戦力が必要とみる?」
ここは、実際エミーリア率いる軽騎兵と矛を交えた、コンチンの意見を聞き入れるべきだろう。
「そうですね……、敵の残りが二百騎強と考えますと、まだ油断はできません。特にエミーリアという女は、腕力はそこそこですが、用兵に関しては目を見張るものがありました。先程もほとんど追撃をさせてもらえませんでしたからね……。なので彼女の存在を考慮に入れますと、秀雄様に安心してお預けできるのは歩兵百程度です。すいませんが、獣人部隊もこちらに編入させて下さい」
エミーリアとは、コンチンにそこまで言わせる程の人物か……。
いつになるかは分からないが、できたら殺さずに、配下として登用したいな。
ただ、今からそんなことは言うのはナンセンスだろう。
まずは勝利を得ることを第一に考えなければ、足元をすくわれかねん。
「そうか……、お前が言うならば間違いないだろう。俺はこれから百を連れて、敵中軍を突くとしよう。兵数については問題ない。俺がとどめを刺してやるさ」
「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「気にするな。さて、早速俺は行くとしよう。後は任せたぞ」
「はい、承知しました」
そして、俺はコンチンとの話を終えると、歩兵百を引き連れて、中央で奮戦しているリリとレフの下へと向う。
「結構距離が離れちまったな……」
左翼は押し込まれ、逆に中軍は押し込んでいたため、一キロメートル程の距離が開いてしまった。
俺一人ならば、全力で走るところだが、歩兵を連れているのでそうはいかない。
小走りで行軍しても七~八分はかかるだろう。
時速十キロメートル以上に速度を上げて走れば、五分程度にまで短縮することができるが、兵の疲労と、戦況が有利であることの二点を考慮に入れれば、ここは抑えるべきだ。
急がば回れと言うからな。焦らず行こう。
それから小走りで四分進むと、少しずつ中軍の姿形が明確になってきた。
さて様子はどうだろう。
俺は、目を凝らして戦況を窺う。
「むむむ、またリリと誰かが戦っているぞ」
そして、その近くにはベルンハルトちゃんらしきユニコーンもいる。
あの馬は図体はでかいので、ここからでも確認することができた。
しかし、それ以外の状況はいまいち掴めない。
「ちっ、ここからでは、どうなっているかわからん。だがリリのことだし問題ないだろうな」
俺はリリのことは全く心配はしていなかった。
いざとなったら、空に逃げればよいのだから。
であるので、俺達は速度を変えることなくリリの下へと近づいていった。