第九十話 エロシン領・バロシュ領攻略戦④
「何だこれは! 卑怯な真似をしくさって!」
バレスは飛来する矢を防ぎながら、それがきた方向へと視線を送る。
そうしたところ、彼の目には五十騎ばかりの軽騎兵が映った。
その先頭には、ピアジンスキー四将が一人、エミーリアの姿があった。
その隙に、敵兵がドラホの腰袋から丸薬を取り出し、それを彼の口に入れてから騎馬へと乗せて後方へと運んでいく。
「父上! 敵軽騎兵二百が、迂回し側面を突いてきた模様です。ナターリャ様が百五十騎ほどをなんとか足止めしていますが、残り五十騎は突破を許してしまったようです」
と、ニコライが叫ぶ。
バレスが一騎打ちをしているあいだに、エミーリア率いる軽騎兵二百は、素早く回り込み、彼の側面をつかんとしたのだ。
もちろんナターリャも、簡単に見過ごすはずもなく、マルティナ、サーラと共に敵軽騎兵の迎撃にあたる。
しかし、松永軍の軽騎兵に宛がっている騎馬の質は、ピアジンスキー軍のそれと比べ質が劣る。
そのため、サーラがなんとかして土壁を作ったり、岩石を落としたりして、敵の足を止めようと試みたのだが、力及ばず五十騎ほどに振り切られてしまった。
そして、一度振り切られたら馬の速さが違うので、ナターリャが率いる軽騎兵は追いつくことはできない。
仕方無しに、彼女は百五十騎の相手をすることに専念する。
「これはまずい。まんまと挟撃を受けてしまった。だがここで我々が突破されれば……戦線は崩壊する。助けがくるまで踏ん張るぞ! んん……おおっ! コンチン!」
バレスが肉壁になる決意をしたそのとき、後方からコンチン率いる後詰歩兵二百が、絶妙なタイミングで援軍に駆けつけた。
その理由は、大鷹族を使い、上空から常に敵の動きを確認していためだ。
大鷹族は時速百キロメートル以上で飛ぶことができる。
これはピアジンスキー軽騎兵の倍以上の速さである。
そのため、コンチンは、エミーリアの動きをいち早く察知し、迅速な行動を取ることができたのである。
そして、コンチン率いる歩兵二百は、すぐにエミーリアの軽騎馬五十へと足止めに向った。
いくら四倍の兵力があっても、平地では騎兵に打ち勝つことは難しいことを、彼は重々承知している。
そのため方円陣を組み、騎兵の機動力を生かした攻撃に備えながら進む。
「これで前に集中できるな。おいニコライ、戦況はどうだ?」
バレスは、一騎打ちにかまけていたため、どちらが有利なのか分からなかった。
「先程から、こちらの一騎に対し敵が二騎で対応してきています。その結果、こちらが劣勢となっております」
序盤は、バレスらの活躍や、ナターリャたちの魔法の援護のお陰で有利に進めていたが、ドラホが対応を変えてからは、完全に松永重装騎兵は押し込まれていた。
「ふむ、ではしばらくわしが食い止めよう。ドラホは下がったので、その分楽になるだろう。殿がくるまで、あと少しの辛抱だ」
すると、バレスは再び槍を振り回しながら、窮地に陥っている味方の助太刀へと向った。
三分が経過した。
その間も、バレス達は奮戦を続けている……。
「まだ、殿はこんのか……」
バレスは一人で、敵重装騎兵五騎を相手にしながら、呟く。
そろそろ戦線の維持も、限界に近くなっている。
バレス、セルゲイらはまだまだ余裕があるのだが、周りの兵が徐々にその数を減らし、初めの五十騎から今は三十騎になってしまった。
すると、そのとき、
「父上、来ました! アルバロ殿です!」
ニコライが、アルバロたち獣人部隊を指し示す。
「おお、アルバロ殿ならば、奴らに太刀打ちできるな」
「ええ」
バレスは、アルバロとは何度か手合わせをしているので、その実力は分かっている。
それを鑑みて、彼ならば、歩兵だが騎兵を圧倒できると思ったのである。
一方、そのアルバロは、バレスから見て、敵重装騎兵の右側面に突撃を開始した。
彼は秀雄に言われた通り、敵の真っ只中に突っ込む。
「ここなら大丈夫だの」
彼はそう呟くと、周りに敵がいないのを確認してから獣化をした。
「ぐぉぉぉん!!」
挨拶代わりに、いきなり獣の咆哮である。
そして、間髪入れずに、周囲の騎兵へと手当たり次第に襲い掛かる。
「ブヒヒーン!」
「ヒヒヒーン!」
いきなりの獅子の登場に、騎馬は驚き嘶き、我を忘れて暴れまわる。
アルバロはバランスを崩した、敵重装騎兵に猫パンチを加え、落馬させる。
またアルバロに続いて、五十人の獣人部隊が攻撃を加える。
彼らは五人一組となり、一騎にあたる。
特に犬狼族は連携プレーが得意なので、敵が獅子に気を取られている隙を突き、次から次へと重装騎兵を騎馬から引きずり落とす。
一方バレス達は、獣人部隊の活躍を見て、活気を取り戻した。
「よし、敵は混乱しているぞ! 我らも、もう一踏ん張りだ!」
獣人部隊のお陰で、バレス達への攻撃が緩くなったため、なんとか戦線を維持できるようになった。
そして、アルバロの獣化が解けるころには、見事戦線を押し返すことに成功した。
だがこれで終わりではなかった。
敵重装騎兵に対し、炎の矢が次々と打ち込まれたのだ。
ようやく秀雄の登場である。
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俺は、歩兵を二つに分けて、ピアジンスキー重装騎兵の側面を突くべく進軍していた。
さて、戦況はどうなっているだろうか。
遠めから見ると、バレスやナターリャさんといった強者たちの頑張りのお陰で、なんとか持ちこたえているようだが、次第に押し込まれている感は否めない。
やはり、いくら将の質が良くても、平地でピアジンスキー騎兵を、数と質で劣る松永騎兵で互角に戦うのは難しかったか……。
ただ、ピアジンスキー相手にこれだけの戦いができているのだから、大したものだろう。
それに、敵も大分疲弊しているようなので、ここは攻め時だ。
「殿、早く行きましょうや」
アルバロが急かしてくる。
これ以上速度を上げたら、普通の兵達がついてこれないんだよ。
「あんた! 無茶言うんじゃないよ!」
すると、間髪入れずに、アニータがアルバロの尻を蹴っ飛ばす。
「はっ、はい……」
だが、奴のいうこともやぶさかではない。
今獣人部隊を突っ込ませたら、敵も大慌てだろう。
「だが、アルバロの言うことも理に敵ってはいる。味方は押され、敵は疲弊しつつある。ここは迅速な支援が必要だ。ここは獣人部隊に先陣をお願いしよう」
「本当ですか!」
「ああ、だが獣化は味方の前では決して使うな。騎馬が驚き混乱の原因になるならな」
「ならば、敵の真っ只中でならいいわけですな?」
「まあそうだが、計画的に運用しろよ。アニータさん、そこら辺はお願いしますよ」
俺はアルバロの鬣を掴んでいる、アニータさんに目線を送る。
「任せてくださいな。父ちゃんの尻尾は、しっかり握っておきますからね!」
「はは、それは頼もしい」
そして、再びアルバロのほうに向き直り、
「これから獣人部隊五十は、本隊に先行し敵重装騎兵へ向け攻撃を開始せよ」
と命じた。
「御意!」
アルバロは、了承の意を示すと、獣人部隊の面々に向い大声で叫ぶ。
「者共! わしはこれから、あそこにいる騎兵に突撃をする、付いてこい!」
そして、そのまま一人駆け出したが、アニータさんがしっかりと尻尾を掴んだ。
いきなり有限実行である。
「いてて……」
「では秀雄様、行って参りますね」
アロバロの単独行動を防げた獣人部隊は、実質アニータさんの指揮の下、敵重装騎兵へと向っていった。
さて、俺はアルバロたちの様子を見ながら、焦らず行くとしよう。
そして三分後。
俺は、ようやく魔法が届く距離まで到達した。
さて、戦況はどのような感じだろうか。
おお、アルバロたちのお陰で、随分と持ち直しているな。
ここで俺が一撃加えれば、敵はたまったもんじゃないだろう。
ここで俺は、炎の矢を敵重装騎兵めがけて連発した。
無論奴らは、突然猛スピードで側面から迫ってくる魔法を、避けられずはずもない。
一騎、二騎、三騎と次々に、炎の矢が敵重装騎兵の鎧を貫く。
突然の不意打ちを受けて、当然の如く敵に動揺が広がる。
あとは突撃して決着をつけるだけだ。