第八十六話 決戦への準備
さて、朝だ。
ナターリャさんは、夜のうちにスッキリした顔で帰って行った。
一方、俺は一人賢者タイムの真っ只中……。
「あーあー、やっちまったな。というより、やられちまった感じだな」
ベッドの上であぐらを掻き、あごに手を当て、それらしい表情を作る。
そして目を瞑り、しばらく固まり続けること数分間。
「まあなるようにさるさ。マルティナも公認してたのだからな」
俺は、倫理的な観点を排除することを決断した。
終わったことをうじうじ悩んでも仕方が無い。
「ふう、今後は、体調管理を徹底しないと体が持たんな」
サーラの件もある。
しばらく別の女に鼻の下を伸ばすことは、止めにしなければならん。
次の戦まで、搾り取られる生活が続くことになるし、変なフラグが立ってもまずいからな。
「あと一ヵ月頑張るとしよう」
そう、俺は一ヶ月後に、エロシン家を滅ぼすべく、総力を挙げての攻撃を検討している。
外交での失敗がほぼ確定した今、ピアジンスキー家がドン家と手を組む前に一戦交えるのが望ましい、と判断したからだ。
今日はこのことを皆に伝え、作戦を練るつもりでいる。
ナターリャさんと昨日の今日で顔を合わせるのは気まずいが、仕方がないだろう。
さて会議は昼過ぎからだ。
時計の針は午前七時を指している。
「寝るか……」
まだ昨日の疲労感から完全には解放されていなかった俺は、昼前まで二度寝をすることにした。
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「んー、よく寝たー」
俺は目が覚めるやいなや、ベッドがら上半身を起こしてストレッチをする。
長時間睡眠で固まった筋肉が伸ばされて気持ちいい。
頭のほうも十分な睡眠により、幾分スッキリした感じだ。
それなりに覚醒したところで時刻を確認すると、すでに午前十一時を回ったところだ。
「まだ、時間はあるな……」
俺はゆっくりと支度を済ませると、ビアンカを呼び朝食兼昼食を持ってきてもらう。
長い時間眠っていたため、腹が空いており、結構な量を所望した。
それから食事を終えると、会議室へと足を運ぶ。
すると、
「あら秀雄ちゃん。昨日はありがとねー」
と、ナターリャさんがウインクをしながら話しかけてきた。
大人の余裕というやつなのか。
特に気にした素振りも見せてはいない。
「おっ、お早うございます」
ついどもり気味になってしまった。
ナターリャさんは、俺の反応を見るとニコニコと笑ってきた。
マルティナは横で、なんともいえない表情をしている。
俺は母子の様子を見て、いたたまれなくなってきた。
ええい、話を変えよう。
「さっ、さて会議を始めよう。今日の議題は次の戦についてだ。皆も知ってのとおり、当家はドン家との関係が絶たれた。そのことからも、今後ピアジンスキー家とドン家が結ばれることは、十分考えられる。俺はそうなる前に、ピアジンスキーと一戦交えようと思う。狙うはエロシン家とバロシュ家。この二家を滅ぼし、ウラールを統一するつもりだ」
バレスらは、にやけながら俺とナターリャの関係を茶化していたが、俺がウラールを統一する、というフレーズを放つと表情が一変した。
「おおう、遂にきましたな」
バレスは高ぶる気持ちを抑えきれない様子で、がばっと椅子から立ち上がる。
「とうとうエロシンを殺るのね?」
ナターリャさんも、先程のにこやかは表情からはかけ離れている。
さらに、この二人以外のメンバーも、やる気十分といった雰囲気である。
「ええ、ドン家が横槍を入れてきたら厄介ですからね。早いうちに決着を付けるべきでしょう。だが、敵も警戒している。恐らく激戦になりますね」
皆も、前回のような奇襲は通じないことは分かっているので、一様に頷く。
「作戦については、まだ決まってはいない。これから思案することになるだろう。二週間後に臨時評定を開
くので、詳細はそこで説明するとしよう。俺からは以上だ。何か意見があれば言ってくれ」
すると、マルティナが質問をしてきた。
「シュトッカー家を筆頭とする三家との交渉はどのような感じなのだ。使者送った、と聞いてから進展はあったのか?」
「今のところ、これといった進展は無い。ただここはドン家と対立しているので、同じスタンスの当家に喧嘩をふっかけはしないさ。敵の敵は味方という格言もあるくらいだからな」
「……なるほど、言われてみればそうだな」
マルティナにはそう言ったが、実は内心手ごたえを感じている。
ピアジンスキー家がドン家に接近していることは、三国同盟も気付いているはずだ。
もしその話がまとまれば、これまでドン家がピアジンスキー家側に割いていた兵力が、三国同盟へと向けられる可能性が高い。
その情報が入っているのか、今のところあちらの反応は悪くは無い。
あとは粘り強く交渉しつつも、戦で勝利し、名声を高めることしか松永家ができることはないがな。
「その他に何かあるか?」
俺は全員を見回してみたが、だれも反応を示さなかったので、会議を終了した。
すると、マルティナとナターリャさんが二人して俺の近くへと寄ってきた。
そして、最初にマルティナが口を開く。
「あのー、昨日のことなのだが……。私は大丈夫だから……、気にしないで」
と、ばつが悪そうに話しかけてきた。
「あっ……ああ、そう言ってくれると助かる」
そう、あれは不可抗力だったのだ。
決して、欲望に負けたわけではない。
「もーう、マルちゃんは冷たいわねー。秀雄ちゃんは、あなただけのものじゃないんだからねー」
と言うと、ナターリャさんは、シラフにも関わらず腕を絡ませてきた。
「ちょ、ちょっと待ってください。マルティナの目の前で……」
するとマルティナも負けじと、反対側の腕に抱きついてきた。
「そんなのわかってます!」
「ならいいわー。私としてはマルちゃんが一番でいいけどー、何ヶ月かに一回はいいわよねー? どうせ私は領地に帰るんだから」
ナターリャさんは、可愛い娘のために一歩引くようだ。
「それなら……いいでしょう。でも、母様もちゃんとシフト表に組入れますからね!」
「ええ、当然よねー」
なんだか勝手に話をつけている。
俺は物じゃなんだぞ! と言いたくなるが、『触らぬ神にたたり無し』である。
「では、そうしましょう。今からみんなで話し合いましょう。あと、サーラも来なさい。もうあなたは秀雄様の側室なのだから」
「はい!」
マルティナは、俺の後ろに控えているサーラも呼び寄せ、色々と画策するらしい。
「サーラ、行ってきなさい。俺はコンチンと話があるから」
「わかりましたぁ」
すると、サーラはマルティナの下へ、パタパタと駆け寄っていった。
そして、女たちは会議室から一団となって出て行った。
あとは勝手にしてくれ。
俺は、結果を甘んじて受け入れるだけだ。
さて、部屋に残ったのは、バレスとコンチンだけである。
「これから、次の戦の作戦を考えよう。コンチンは当たり前として、バレスも参加するか?」
はっきり言って邪魔なのだが、容赦なく追い出すのも悪いので、ここに残るか聞いてみることにした。
「もちろんですとも!」
知力はともかくとして、やる気はあるんだよなこのおっさん。
……まあ折角いるのだから、参加させてやるか。
「ならば話を聞いててくれ。……それでは早速はじめよう。次の戦の標的はエロシン家にバロシュ家だ。大目標は、二家を滅ぼしウラールを統一すること。最低限負けさえしなければいい」
そして俺は、紙に両軍の戦力をさらさらと書き記していった。
具体的な数は、松永家千人、ロマノフ家三百人、アキモフ家百人、チェルニー家百五十人、チュルノフ家百五十人の総計千七百人である。
一方、敵の兵力は、ピアジンスキー家六百人、エロシン家二百人、バロシュ家二百人、ヴィージンガー家二百人、クリコフ家五十人の総計千二百人である。
アラバ家とヴィージンガー家の一部はホフマン家の押さえとして、ピアジンスキー家の一部は三国同盟の押さえとして差し引いてある。
クリコフ家は距離的に離れているため、騎兵のみを入れることにした。
これらの数字を合わせると、千二百五十人となる。
敵の数はあくまで俺の予想であるが、数の上では松永軍が優位に立っていると言っていいだろう。
これも、コツコツと小勢力を吸収してきた結果だ。
ウラール地域は、辺境ではあるが、その分面積はあるので八割以上を支配下に置いた今、動員兵力もかなりの数まで膨れ上がった。
さて、あとはこの数字に、兵の質を加味して、より詳しい戦力分析を行うとしよう。