第八十五話 ナターリャさん暴走
飛行ユニットが加入し、気分よく面接を再開したが、その後はこれと言った人材は出てこなかった。
俺が印をつけてた注目の人材もノブユキとウルフ以外は、書類では魅力的だったが、実際会ってみたらそうでもない感じの者が多かった。
高い金を払ってまで、雇うレベルではないのだ。
ただ、そんな中でも一人有能そうな人物がおり、俺は喜んで採用しようとした。
しかし、俺の肩に座っていたリリが、拒否反応を示したのだ。
それを見て俺は、こいつは『埋伏の毒』だなと思い採用を見送ったのだった。
「ふぁーあ、疲れたなー」
俺は椅子の背もたれに寄りかかりながら、背伸びをして一息入れる。
面接は十分ほど前に終了している。
ノブユキとウルフ以外には、内政官を任せられそうな者を二人登用することにした。
結果的には、ウルフの連れも入れると、十人の人材を採用したことになる。
面接の総括をすると、有能な内政官と、飛行ユニット六人をゲットできたのは大きい。
松永家の弱点を補える者だからである。
これで満足しなかったら罰が当たるだろうな。
「結局この数時間は無駄骨でしたなあ。あとは、みんなで一杯いきましょうや」
とはバレスの言葉だ。
彼は途中から完全にやる気をなくしていた。
その理由は、このあとみんなで飲み会を兼ねた夕食を取ることになっているため、気がそっちへと向いていたようだ。
戦以外のことで重臣が久しぶりに一同に会するので、俺が飲み会を開くことを提案したのだ。
「そうねー、私も早く飲みたいわー」
ナターリャさんの相手をする覚悟も一応できている。
今日は皆に日頃の感謝を表す場であるので、多少のおいたは許すとしよう。
「ナターリャさん、飲みすぎないで下さいよ」
「んもー、秀雄ちゃんたら心配性ねー」
一応、注意だけはしておくとしよう。
まあ全く持って意味の無いことだが、何も言わないよりかはいいだろう。
「では面接も終わったことだし、夕食に行くとしよう」
俺達はギルドを出ると、宴会場にと予約しておいた店へと向う。
そこには、すでにマルティナなどの面接に参加しなかった者が、待ち構えているはずだ。
時間も押しているので、少し急ぐとしよう。
クラリスやチカは腹を空かせて待っているだろうからな。
ギルド出て、小走りしで駆けること五分、予約している俺の直営店『マツナガ』へと到着した。
ここは、マツナガグラードで一番の高級店にするというコンセプトで、俺が手塩にかけて育てている店だ。
もちろんメニューは、俺の故郷の味をできる限り再現しようとしている。
さて、料理に関しての話はこの辺にしよう。
「こんちわ。もうみんな揃ってるだろ。部屋に案内してくれ」
ここの店員は、皆俺とは顔馴染みなので、フランクな感じで声を掛ける。
「これは領主様、ようこそお越しくださいました。もうみなさんがお待ちかねですよ。ささ、こちらへどうぞ」
中へ入ると、早速女将が出迎えてくれた。
そして、部屋まで案内してもらう。
俺は襖をガラリと開く。
この店は和の要素を取り入れているので、引き戸や畳などをできる範囲で再現させている。
すると部屋の中には、皆が首を長くして俺達の到着を待っていた。
「ごめんごめん、面接が長引いてしまったんだ。我慢させてしまって悪いな。女将、急いで酒を用意してくれ」
「かしこまりました」
俺は、もう待ちくたびれた、という表情のクラリスを膝に座らせてやり、机の上に並べられている料理を取ろうとする。
すると、
「妾が食べさせてあげるのじゃー、あーんなのじゃ」
「悪いな、じゃあ食べさせてもらおかな」
クラリスが気を利かせて、口に卵焼きを突っ込んでくれた。
「ごほっ、ごほっ、奥まで入れすぎだ」
「あー、ごめんなのじゃ。次はちゃんとやるから、安心するのじゃ」
といわれ、再度食べさせてもらう。
久しぶりのスキンシップなので、好きなだけ甘えさせてやることにした。
そして、いつものようにリリも参戦し、わいわいと楽しんでしたら、酒が到着したようだ。
しばし待ち、全員のグラスにワインやビールが注がれる。
「さて、では今後の松永家の繁栄を祈り、乾杯!」
『乾杯!!』
ごくっ、ごくっ、ごくっ……プハァー。
「くぅー」
ワインもいいが、ビールも旨いな。
「秀雄ちゃーん、このお酒おいしいわよー。ママが注いで上げるわねー」
俺が一杯のグラスを空けているあいだに、ナターリャさんは三杯のワインを飲み干したみたいだ。
早くも目がやばい。
「はいぃ、お手柔らかにお願いします」
すると、膝からクラリスが立ち上がり、リリも肩から飛び上がる。
「妾は、マルティナの所に行っておるのー」
「あたしも、そーしよーかなー」
頼みの綱の二人にも裏切られ、俺は覚悟を決めてナターリャさんの相手をすることにした。
結局、それから二時間ぶっ通しで、彼女と二人で酒を飲むことになったのだった。
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四時間後……。
すでに、リリとクラリスは夢の中なのだが、場が落ち着く気配は見られていない。
「秀雄君! 先日の件、覚えているよね……? サーラの耳をあんなにいじくり回して、どういうつもりなの?」
「あっ、あのー、そのー……」
いい感じに酔っ払ったマルティナが、サーラを側室に入れるかどうかを真剣な表情で迫ってきた。
「サーラもこっちにきなさい!」
「はいぃ!」
彼女は酒を飲めないので、隅の方でぱくぱくとデザートを食べていたところを、マルティナに呼びつけられて、条件反射のように飛び上がりこちらへ駆けつけた。
「それで、秀雄君はサーラをどうするつもりなの! 乙女の耳をもてあそんでおいて、責任を取らないなんてことは許さないわよ!」
マルティナは眼鏡をくいっと直して、眼光鋭く俺に視線を合わせてきた。
「それは……サーラさえよければ、責任は取るつもりでいるよ」
怖いけど言ってしまった。
俺は、恐る恐る面を上げる。
「わかった。もう一人くらい増えても変わらないわ。サーラはそれでいいの?」
マルティナは、俺のことはさておき、サーラへと視線を移す。
「わっ、わたしが秀雄様の側室になるなんて、おこがましいですぅ。でもぉ、ハーフエルフの私にもこんなに優しくしてくれる人、今までいなかったですぅ。だから……もし許してくれるんなら、ずっとお側にいられたらなぁ……って思ってますよぉ……」
彼女は俯き加減で顔を真っ赤にしながら、そう告げてきた。
「サーラ……お前……」
俺はつい、サーラへと近寄り、肩を抱いてやった。
これからは、可愛がってやるからな。
「ではこれで決まりだな」
マルティナは、一仕事終えてたことで安心したのか、ふうとため息を付いた。
すると、横からその様子を見ていたナターリャさんが乱入してきた。
あかん、この人を忘れていた。
「なんでサーラちゃんはよくて、なんで私は駄目なのよー!」
ナターリャさんは、俺の顔を掴むと胸の中に押し込んできた。
むぐぐっ、苦しいぃ、誰か助けてくれぇ……。
マルティナ……、お前なら母親の暴走を止められるはずだ。
俺は谷間から顔を出し、先程まで怒られていた正妻に助けを求めるが、彼女は目を合わせてくれない。
あかん、もうだめだー。
「んもう、なんとか言いなさいよ。お母さんだって寂しいんだからね! マルちゃんばっかり相手をして。たまには私の相手をしなさい! こうなったら、実力行使だわ。今夜は逃がさないわよ!」
なにぃ、一気に二人も増えたら俺の体力がもたん。
今でさえ、ローテーションで週休二日なのに、これ以上の連闘を重ねたら本当につらい。
「マルティナ、お前はこれでいいのか!」
俺は、知らん振りを決め込んでいる、正妻に声をかける。
すると、彼女はようやくこちらに目線を送りこう答えた。
「母様も、父様が亡くなってから寂しい思いをしているんだ。あとは任せる……」
なんと無責任な物言い。
これが夫に言う言葉だろうか。
「いいじゃないのー。今日だけよー。いつもは離れ離れなんだからー、たまにはいいじゃない!」
ナターリャは俺の首の腕を絡みつけると、そのまま俺を引っ張り、城へと向っていった
このあとの出来事は、あえて言わないようにする。
もし、何か形あるものができないかぎりは、明言は避けるのが望ましいだろう。