第八十四話 入社面接
先の戦から一ヶ月が経過した。
その間、外交では新たな事実が発覚した。
ピアジンスキー家がドン家に接近しているらしい。
先日のドン家の対応も、裏でピアジンスキー家の働きかけがあったと考えれば、納得いく。
どうせ、松永家は停戦期間も守れないような卑怯者だ、と吹き込みでもしたのだろう。
であるから、すでに気持ちは切り替えて、俺はシュトッカー家を中心とする、コラー家、ミュラー家のコトブス三国同盟に対して接触を図っている。
三家はドン家と対立しているにもかかわらず、他勢力と特に同盟は結んでいない。
背後に森があるため、敵対勢力に囲まれておらず、他家と結ぶ必要性を感じていないのだろうか。
だが、松永家の伸張により、ウラール地域、ナヴァール地域、ドン地域、コトブス地域が含まれるラスパーナ地方の勢力図は急激に変化している。
そのため、三家も何かしらの変化を模索している可能性が考えられる。
それに加え、すでに松永家は三家の国力を上回っている。
これらの要素を総合すると、こちらから譲歩すれば、一定の成果は上げられるのではないか、と期待はしている。
そうは言っても、ドン家のようにそっぽを向かれることも十分ありうるので、基本は現状戦力で戦うことを念頭において行動するとしよう。
さて、外交で頭を悩ませるのはもうやめだ。
今日はこれから用事あるので、そちらに意識を切り替えなくてはならない。
俺は城を出ると、ギルドへと足を運ぶ。
その理由は、これから松永家に仕官を求める者達の、採用面接をしなければならないからである。
三ヶ月前、ギルドを通して、各地に松永家が人材を求めていると通達してもらった。
その甲斐あってギルドには、昨日付けで五十名ほどの申し込みがあったらしい。
流石は冒険者ギルドというべきだろう。
この短期間でこれだけの人数を集められるとは恐れ入った。
松永家の勢いもさることながら、ギルドのネットワークには、目を見張るものがある。
城下町をしばらく歩き、ギルドへと到着しすると、会議室へと向う。
中に入ると、そこにはバレス、ナターリャ、コンチンといった松永家の主要メンバーが、早くも面接官として到着していた。
「遅くなってすまんな。ではマスター、出席者名簿を見せてくれ」
「はい、こちらが本日の参加者になります」
俺は最後の確認のために、マルターから名簿を受け取り、パラパラとめくる。
もちろん、事前にある程度は、面接参加者の情報は頭に入れている。
今回の参加者は、亜人の比率も四割程と多い。
募集要項に『亜人も大歓迎』と記載したことに加え、俺が獣人やエルフを嫁にしていることが、その要因なのかもしれない。
「ふむふむ、欠席者はいないようだな。では始めるとしよう。印をつけた奴から通してくれ」
「かしこまりました」
まず一番初めに入ってきたのは、狸族の男性だ。
「失礼します。私は狸族のノブユキと申します。年は二十五です。本日はどうぞ、よろしくお願いします」
ノブユキか……、なんか東方系の名だな。
気になるんで、聞いてみよう。
「ああ、俺は松永秀雄だ。いきなりで悪いが、あなたの名は東方系だな。生まれはアキモフ領の隣なのに、何か訳でもあるのかな」
「そっ、祖父から聞いた話ですと、狸族の祖先は、東方の旭国から流れ着き、今の地で家を興したそうです。そのため、東方系の名をつける習慣が残っているのです」
なるほど、やはりそういうことか
この世界のことはわからんが、狸は元来東方の固有種だからな。
この辺りは、西洋系の顔立ちの者が多いことを鑑みれば、移り住んできたという話は、信憑性があるな。
「ほほう、それは興味深い。東方に行けば、こちらでは見られないような珍しい種族が、いるかもしれないな」
「はは、そうですね」
ノブユキは、面接官が当主であると分かったためか、緊張した面持ちのまま愛想笑いを浮かべている。
「いや、関係ない話をしてすまなかった。では本題に入ろう。まずは、あなたの能力を簡潔に教えてくれ」
俺は、世間話は終わりにして、面接を始める。
すると、投げかけられる視線が変わったことを察知したのか、彼も、より真剣な顔つきとなった。
「私は、腕力には自信はありません。しかし、事務仕事に関しましては、他人より長けていると自負しております」
おおう、いきなりの内政官候補が登場だ。
特技欄には、『計算』と記載されているな。
では、少し試してみよう。
「ほほう、では今からテストをしよう。九掛け六は幾つになる?」
「五十四です」
ノブユキは、間をおかずに答えを返してきた。
ふむ、基礎はできているようだな。
「では、十七掛ける二十三は?」
「……三百九十一です」
これは掘り出しものだぞ。
ノブユキは、僅か三秒ほど考えただけで、正解を返してきた。
それからも、数題の計算を問いかけたが、どれも間違えることなく暗算で答えを導いた。
「素晴らしい。一発合格だ。当家には内政官は少ない。ノブユキの働きには期待しているぞ。まずは、毎月金貨十枚で雇うとしよう。成果を残せば、報酬はまだまだ上げるつもりだ。頑張れよ」
年収で換算すると、金貨百二十枚で雇うことになる。
これは一般家庭の年収の約三倍だ。
事務方の初任給としては破格であろう。
今後、内政面や外交面で結果を出せば、土地持ちになることも夢ではない。
「あっ、ありがとうございます。微力ですが、松永家の発展に少しでも貢献できるように、一生懸命頑張ります」
「うむ。お前には、しばらく俺の右隣に座っているコンチンの下で、内政のノウハウを叩き込ませることとする。詳しくは、後日連絡を入れる。では退出するがいい」
「はっ。失礼します」
ノブユキは、合格したことに加え、想定外の雇用条件だったことに、口元をほころばせながら部屋から出て行った。
「一人目から、中々使えそうな奴がきたな」
「ええ、彼ならば私の負担を減らしてくれるでしょうね」
税金の計算や、戦費の計算、それに道路整備の費用の計算など、数字を扱える者の需要は今後ますます高まるだろう。
俺とコンチンは、そのことをいたく感じているので、自然と笑みがこぼれた。
「さあ次に行こう。マスター、頼む」
「かしこまりました」
時間は限られているので、次の者を通す。
「どうぞ」
コンコンとノックをしてから入ってきたのは、翼を生やした男性だ。
「失礼します。俺は、大鷹族の戦士ウルフといいます。ぜひ俺を雇って下さい」
大鷹なのにウルフとは、これまた面白いお名前ですね。
それはいいとして、念願の飛行ユニットだ。
よほど人格に問題がない限り、即採用だな。
「大鷹族とは珍しいな。飛行系亜人が住む所まで、ギルドの話はいってないだろう。なぜわざわざ松永家にきたのだ」
有翼種は大山脈の各地に里を構えている。
彼らは地理的に、人族が簡単に入り込める場所には住んでいないので、むこうから出てこない限りは滅多に会うことのない、レアな種族だ。
だが彼のような猛禽系の種族には、好戦的な者が、傭兵や冒険者として活動するケースが結構見られるらしい。
「実は、チャレス殿やハビエル殿が、傭兵になるならば松永家へ仕官しないか、という勧誘を、各種族に通達しているのです。俺は松永家が、亜人にも平等に出世の機会を与える、との話を聞き、村で己の力を示したいと思う者たちを引き連れてこちらへきました。すると、丁度採用面接があるとの話を受け、こうして参加したのです」
ん、村の者とあるが、こいつだけではないのか。
もしそうならば、全員まとめて絶対採用だ。
「面接にはお前しかきてないようだが、他に同族の者がいるのか」
「はい、恥ずかしながら、面接に参加するには、手数料として小金貨一枚がかかります。我らはそれほど手持ちの現金がないので、俺が代表して受けることにしました」
小金貨一枚ならば、面接の運営費としてはぎりぎり許容できるな。
ここでマスターを責めるわけにはいかないだろう。
「ほう。マスター! 今から、その者達も連れてきてくれないか」
「はい! かしこまりましたぁ!」
俺はギルドマスターに一言くれてやり、連れてこさせろと命令する。
マスターは、面接料金を徴収したことに負い目を感じたのか、急ぎ裏の訓練所へと向い、すぐにウルフに同行している若者を連れてきた。
「おおう、これは……」
部屋に入ってきたのは、鷹や鷲といった猛禽系の有翼人が五人。
性別は男三人の女二人だ。
これにウルフを入れると六人か。
「これで全員になります。どうでしょう……皆、腕力には自信があります」
これで不合格にしたら、笑いものだわ。
「もちろん全員合格だ! 雇用条件は、一人当たり毎月金貨十五枚出そう。さらに戦場で手柄を立てれば、土地持ちになれる可能性も十分あるぞ」
本当はもっと出したいのだが、予算には限りがあるので、こんなものにしておいた。
「本当ですか! ぜひ、ぜひお願いします。我ら六名、松永家に忠誠を誓うことをお約束します」
ウルフら六人は驚愕の表情で、俺に深々と頭を下げてきた。
彼等にとっては破格の条件だったようだ。
「そうか、では配属は追って伝える。面接は以上だ」
「はっ、失礼します」
六人は再度礼をして退出した。
ふふふ、これで飛行ユニットで分隊が組める。
偵察もさることながら、戦術の幅も広がるな。
ドン家にお断りされてからは下がりっぱなしだった俺のテンションが、ようやく上がってきた。
さあ張り切って、面接を続けるとしよう。