第八十三話 論功行賞
あれから、夕暮れまでコンチンと話し、ようやく領地分配が決定した。
そして二日後、俺は皆をマツナガグラード城の大広間に集めて、これから論功行賞を執り行う。
「皆さん、これよりガチンスキー領及びバロシュ領攻略戦の、論功行賞を開始します。これから秀雄様より沙汰がありますので、ご静聴下さい」
いつものように、コンチンが開始の言葉をいい終えてから、俺は話を始める。
「まず戦功第一はバレスだ。ガチンスキー城の攻略見事であった。またロマノフ軍を助け、クリコフ軍を撃退した件についても流石である。今回は五百石の加増に金貨二千枚を与えることにする。そして、お前の要望に応え、ガチンスキー一族の男以外は、ピアジンスキー家に引き渡すとしよう」
バレスには、前もって話しておいた。
ルカスについては、俺が直接話したところ、信用のおけそうな者と判断し、バレスに預けると。
またガチンスキー一族の男は、例外なく処刑すると。
最後まで抵抗したのだから、情けをかけるわけにはいかない。
「格別の配慮感謝します。謹んでお受けします」
バレスは一礼して、席へと戻る。
「次は戦功第二だ。サーラ、こちらにきなさい」
「ふぇ、私ですかぁ?」
サーラは、腑に落ちないといった面持ちで、俺の下へとやってきた。
「ああそうだ。お前がいなければ、カラフを三日以内で落とすことは不可能だった。よって、褒美として三百石の知行地に加え、金貨二千枚をやろう」
すると、サーラはいきなり焦り出し、オロオロしながら喋り出した。
「そっ、そんなの無理ですぅ。私バカだから領地なんかいらないですぅ。止めて下さいぃー。でもお金は、貧しい人にあげてくださいぃ。おなか一杯ご飯を食べさせてあげたいんですぅ」
他の騎士からしてみたら、なんと馬鹿なことを、と思うだろうが、サーラはこういう娘なのだ。
でなければ、一人でスラムの住民を養うことなんかしないだろう。
「分かった。お前の言う通りにしよう」
「はい! ありがとうございますぅ」
そして、サーラは、にっこりとしながら俺の後ろへと戻って行った。
この娘は、俗物的な欲望は持ってないんだよな。
あるとすれば食い物くらいだろうか。
これからサーラ用に、蜂蜜をストックしておこう。
褒美に優先的に食わせてやろう。
「では次は戦功第三だ。ウラディミーラは前へ」
「はい! 秀雄様!」
「あなたは、見事バロシュ軍を叩きのめし、敵の援軍を排除した。それに報い金貨四千枚を与える。そのうちの千枚はチェルニー家への報酬だ。ぜひ、領地経営に生かしてくれ」
ウラディには領地は我慢してもらう。
と言うより、少し前に割譲したバラキン領の経営で手一杯なのだから、これ以上の加増はかえって負担になるだろう。
ならば金を与えたほうが良いと思ったのだ。
「ありがとうございます! お金はとっても助かりますわ」
ウラディはご機嫌な足取りだ。
金がなけりゃ、何にもできないからな。
チェルニー領も決して豊かな土地ではないので、現金は助かるだろう。
「次はアルバロだ。本来ならば戦功第三でもおかしくないが、身勝手な行動が過ぎる。よって今回は二百石の加増に、金貨五百枚に留めておく」
本来なら、ゼロ回答でもいいのだが、獣人部隊の代表として褒美をやらないと、他の獣人から不満がでるかもしれないからな。
「殿! わしは領地などいらんですわい。その代わりに、次の戦も先陣に配してくだされ!」
うん、知ってた。
「はぁ……お前なぁ。まあいい、実は、昨日チャレスから手紙がきてな。近日、アニータという方が当家に仕官してくれるらしい。彼女に領地経営は任せるから安心しろ」
アルバロは、アニータという単語を聞いた瞬間、顔色が変わった。
「そんなの聞いてませんぞー。なんで母ちゃんがっ!」
ふふふ、ありがとうチャレス。
彼は、アルバロの性格を知っていたので、奴の手綱を握れる人物を紹介してくれたのだ。
なんでも、奴が村長だったときは、妻のアニータさんが村の運営を取り仕切っていたらしい。
そのため、奴はアニータさんに頭が上がらないとのことだ。
「お前一人じゃ何をしでかすか分からんから、心配したんだろうよ」
「そんな……」
アルバロは、いたずらをして首根っこを掴まれた猫のように、大人しくなってしまった。
ふう、これでこいつの暴走を止められそうだな。
こいつを上手く扱えれば非常に有効なので、アニータさんには期待しよう。
「そういうことだ。まあ頑張れよ」
俺はアルバロに一瞥くれてやり、コンチンに目を向ける。
残りは彼に任せるとしよう。
「では、これからは私から、秀雄様のご沙汰をお伝えします。まずは――」
それからは、論功行賞が終わるまで、コンチンに俺の代わりを務めてもらった。
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論功行賞が終わってから三日後。
猫族の村から、アニータさんが到着した。
俺は、早速彼女に会うことにした。
もちろんアルバロも同行させてである。
「初めまして、私は松永秀雄といいます。あなたがアルバロの奥様である、アニータさんでよろしいですか」
俺は、彼女を待たせてある、応接室へと向い挨拶をした。
「はい。私がアルバロの妻のアニータです。松永様には夫が色々とご迷惑をお掛けしたと、トマスやアイナから聞きました。本当に申し訳ありません」
アニータは、アルバロにきつい視線を投げかけて、俺に謝ってきた。
一方、アルバロはと言うと、視線が泳ぎながら直立不動になっている。
くくく、これは面白いものが今後は拝めそうだな。
「いえいえ、彼には先の戦で活躍してもらいましたから。今後も力を貸してもらう予定ですので、謝罪には及びませよ」
「そうおっしゃってくださると助かります。これからは、夫のことは私がしっかり監視しますのでご安心ください」
アニータは再びアルバロを見遣る。
すると、アルバロは、ビクビクと身震いをした。
「ええ、ではお願いします。アニータさんにはアルバロに与えた土地に住んでもらいますので、よろしくお願いします」
「承知いたしました」
「では私はこれで失礼します」
そして、俺が部屋から出るやいなや、ガタガタと音が鳴り響いた。
早速アニータさんが、仕事をしてくれているようだ。
俺はアルバロが尻に敷かれる姿を想像し、けらけらと笑いながら自室へと戻って行った。
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さて、これからはピアジンスキー家との決戦に備え、国力を蓄えつつ外交に勤しまねばならないな。
内政に関しては、これまでの農業改革は続けるとして、早速サーラを使い道路整備をしよう。
これ以上領地が増えると、行軍速度の遅れは致命傷を招く恐れがあるからな。
そして、外交は、従来通りドン家との友好関係を深めるとしよう。
と、思っていた矢先、俺は嫌な報告を耳にすることになった。
アニータさんとの面会を済ませた直後、ドン家から三太夫を通して連絡が入った。
「いつもご苦労、今回は何か発展はあったのか」
俺は松永家が順調に勢力を拡大していることから、そろそろドン家も尻尾を振ってくる頃だろうと思っていた。
しかし、
「秀雄様……、ドン家はこれ以上、当家と付き合うつもりはないようです」
「なにぃ! それはどういうことだ!」
「申し上げにくいのですが、ドン家は先の戦で、当家が、停戦期間が明けてすぐの奇襲を行ったことが、気に食わなかったようです」
畜生、なんてことだ。
だが、言われてみれば仕方がないか……。
俺がドン家の当主の立場だったら、松永家のように騙し打ちをするような勢力とは、距離を置きたいと思うな。
ゲームでも、そのようなことをすれば、他国との友好度は下がる。
たとえ同盟を結んだとしても。いつ背中から刺されるか不安な相手には、遠慮願いたいと考えるのは必然だろう。
「そうか……。では今後はコラー家に接触を図る。あとで親書を渡すので、疲れているところ悪いがよろしく頼む」
やっちまった……。
ピアジンスキー軍との衝突を避けて、領土を拡張するためにかまけたあまり、他家の信頼を失うはめになるとはな。
俺もまだまだ青いってことか……。
「くそっ!」
俺は、やり場のない怒りを発散するために、ソファーを蹴り飛ばした。
これで、外交は一からやり直しだ。
コラー家やミュラー家、そしてシュトッカー家に接近するしかなくなった。
だが落ち着いて考えてみると、現実として一万石の領地が増えたのも確かだ。
そう悪い話でもないと、前向きに考えることにしよう。
そうだそうだ。どうせ将来的にはドン家も松永の傘下に治める予定なのだから、特に問題はない。
俺は、自分に都合の良い解釈をすることで、なんとか怒りを鎮めようと努力した。