表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/167

第八十話 ガチンスキー領攻略戦 ②

「まずは私が水堀を凍らせるわ! んー……」


 ナターリャは、バレスらが堀に飛びこむ前に大魔法を放つべく、チャージを開始する。

 敵もナターリャが魔法を撃つことは、バラキン領の戦いから情報を得ているので、彼女に向い矢を集中させた。

 しかし、レフとセルゲイが体を張り矢を食い止める。

 

「もういい、どきな! 『アイスブレス!』」


 ナターリャは、身を挺して矢を受け止めた二人に無慈悲な言葉を投げかけると、水堀に向けて凍てつく風を放出した。

 ガチンスキー軍には、彼女の魔法をレジストできるだけの魔法士は揃っていないので、水堀に氷が張られていく様子をただ見つめることしかできない。


「よし! これで足場はできた。転ばないように慎重に進めよ!」


 バレスら突撃隊は、氷が張られた水堀の上をつるつると滑り始める。

 バラキン城攻略戦のときに、転覆する者が何人か現れたので、事前に氷上を歩く練習をしたため、脱落者はいない。

 

 そして、最初にバレスが堀を渡り終えると、この場を橋頭堡とすべく、大盾をかざし敵の弓矢と魔法を受け止めようとする。

  

「ふううん!!」


 バレスは気合一発、筋肉を硬直させ、盾の隙間から体に突き刺さる弓矢の威力を殺す。

 

「いいわー、バレス! このまま頑張りなさーい!」


 後方から、ナターリャが声援を送りながら、櫓にいる弓兵に向けて氷の矢を放ち援護をする。

 すると、敵兵は彼女の魔法の恐ろしさを知っているため、櫓から飛び降りた。

 その結果、バレスに対する攻撃も薄くなり、容易に後続の兵が水堀を渡る時間を作ることができた。

 

「よし、この場は確保できたな。おーい、ナターリャ様ー!」


 バレスは周囲の安全を確認し、ナターリャを呼び込む。

 

 それを受けナターリャも、レフとセルゲイに周囲を守らせながら、水堀を渡る。

 バラキン城と同様に、大魔法で城門を破壊するために、大手門に近づく必要があったからだ。


「よくやったわ。じゃあまた少し溜めるから、一分くらい待ってね」 


 彼女は目を閉じて集中する。

 そして一分後、


「いくわよ! 『氷の矢(大)!』」 


 魔言を唱えると、特大の氷の矢が大手門へぶつかり、ドガシャン! という大音を響かせなから、門に風穴を空けた。


「ふぅ、あとはお願いね」


 彼女はあとはバレスに任せ、後方へと下がる。


「どうしたんですか? いつもなら先頭に立って、突撃するはずなのに」


 レフが不思議に思い、問いかけてみた。


「はぁー、今日は体調が悪いのよ……」

「そっ、そうですか」


 ナターリャの様子から女性の日だ、とレフはすぐに悟り、これ以上の詮索を止めた。

 以前バレスが同じ質問を無神経に言った結果、言うに耐えない惨劇が生じたためだ。


「ナータリャ様が体調わる――、ぐはぁ」


 横から、セルゲイが口を挟もうとしたところで、レフは彼の尻を蹴り飛ばし、


「お前はさっさと前線に行け!」


 と言い放ち、彼女の下から追い払った。

 

「後はバレスさんに任せて、こちらで休みましょう」

「悪いわね……」


 レフはナターリャを連れ、後方へ下がり彼女を落ち着かせることにした。


 それとは反対に、バレスは日頃の鬱憤を解き放つべく大暴れを開始する。

 彼は、ナターリャ空けた風穴に飛び込むと、単騎で突撃し、待ち構えていた敵兵を撫で斬りにした。

  

 ガチンスキー兵は、噂に違わぬバレスの豪傑ぶりを目の当たりにし、元から兵力で劣っていることもあり、戦意を喪失する。

 ある者は槍を捨て投降し、ある者はこれは敵わぬと見て、城の奥へと駆け込んで行った。

 それから松永軍は、勢いに乗り二の丸へと突入した。

 

「これで決まったな。あとはじわりといけば、勝利は間違え無いのだが、そうもいくまい。殿から可及的速やかに落とすようにと申しつかまったからな」


 バレスは、隣にレフがいないので、髭をいじりながら一人で次の手を考える。

 

「ふむ、まずは降伏勧告だの。それで駄目なら総攻撃だわい」


 バレスが一時間の猶予を与えて、降伏勧告の使者を送った。

 しかし一時間後、ガチンスキー側から回答は返ってはこなかった。

 

「むむむ、奴らは援軍を頼りにしているのだろうか。まあいい、ならば攻めるまでよ」


 バレスは、敵との交渉といった雑事が消えたことを喜び、全軍に突撃を命じた。

 もちろん彼自身も、先頭に立ち本丸へと攻め立てる。


 すでにガチンスキー兵は、抵抗する気力をなくしているため、松永軍は、本丸門ですら簡単に奪取することができた。

 バレスは、戦を早く終わらせるべく、道草を食わずに領主が住む館へと一直線に走る。

 すると、館の前には一人の若騎士が立ち塞がり、彼の行く手を阻んできた。


「ここは通さん。我はガチンスキー家が騎士ルカスと申す。貴殿は、高名なバレス殿とお見受けした。さあ勝負!」

「おおう、我は松永家筆頭騎士であるバレスだ。お主の心意気、わしが受け止めてやろう」

「ありがたい……いざ参る」


 ルカスは、思い切り地を蹴り上げ、バレスとの間を詰めると、渾身の一撃を振り下ろしてきた。

 

「ふんっ!」


 バレスも彼に男気を感じ、ルカスの斬撃を、籠手で正面から受け止める。

 

「さすがはバレスだ。俺の渾身の一撃を受けてもびくともしない」

「なかなかの重さだ……だが甘いな」


 バレスは斬撃を受け止めた右手を押し返すと、剣の柄で、ルカスのみぞおちに突きを打ち込む。


「ぐぅぅ……」


 ルカスは、あまりの痛みに声もにならない声を上げて蹲った。

 

「ここで降伏すれば命まではとらん」


 バレスは、忠義に厚いこの男を殺すのは忍びないと思い、情けをかけた。


「しゅ……主君の命を、保障するのならば……考えてもいい……」


 ルカスは、腹を押さえながら声を絞り出す。


「それはできぬ相談だ……。なあ、松永家に仕えてみぬか。主家を変えるのは忍びないだろうが、お主ほどの忠義の士を殺すのは気が引ける」


 バレスは頭を下げることで、最大限の譲歩と誠意を示した。


「…………主君はあきらめる。ただ若様と奥方様を、ピアジンスキーへ送れば考えてもいい。ただし陪臣だ。仕えるのはあなたがいい」

 

 バレスは一分程黙り込んでから、重い口を開いた。


「男は駄目だ。ただ女に関してならば、殿に話してやる。だが、どうなるかは保障はできん。結果はどうあれ、わしに仕官することは約束しろ。それ以上は譲歩できん」

  

 今度はルカスが沈黙に入り……、しばらくして語り始めた。


「承知した。どうせこのままでは、奥方様も処刑か奴隷落ちにされるだろう。ならば一縷の望みに託すとしよう」


 そう言い切ると、彼はバレスに剣を差し出してきた。


「うむ。よき判断だ。では館へと入ろう、お主と共に行けば面倒事も減るだろうしな」


 バレスは面倒な作法を不要と、剣をそのまま返す。

 そしてルカスを引きつれ、館の中へと足を踏み入れた。


「私が案内します」


 ルカスは、感情を押し殺し、バレスを主君の下へと導く。

  

「こちらになります」


 ルカスが扉を開けると、そこには剣を構えている当主に加え、その妻と息子に娘が二人の計五名がいた。


「ルカスゥ! どういうつもりだ! 裏切ったな!」


 当主がルカスに対し厳しい言葉を投げかける。 

 それに対して、彼は苦悶の表情を浮かべ言葉を返す。


「それが……御家のためになると思いました。申し訳ありません」

「戯言をぉぉ!」 

 

 そうしたら、当主が手に持っていた剣をルカスに振り下ろしてきた。

 しかし、その振り下ろされた一撃は、バレスがあいだに入りしっかりと剣で止める。


「お前のような戯けは、ここで死ねと言いたいとところだが、そうもいくまい。誰かこやつを縛りあげろ!」


 バレスが声を上げると、連れ添ってきた兵士が当主を拘束し、館の外へと引っ張って行った。


「あとは、この四人か……。えー、あなた達は、ルカスの身と引き換えに殿に預けることにした。処遇が決まるまでは丁重に扱うので安心してくだされ」


 バレスは、別の兵士に指示を出し、しばらく四人を軟禁することにした。

 と同時に、館から出た兵士が当主を晒しながら、勝ち鬨を上げたらしく、その歓声が彼にも聞こえてきた。


「よし、これで予定通りに城を落とせたな」


 バレスは、一息吐くと、四人をルカスに任せて館を出る。

 そして、待ち構えていた兵たちと共に、勝ち鬨の輪に加わったのだった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ