第八十話 ガチンスキー領攻略戦 ②
「まずは私が水堀を凍らせるわ! んー……」
ナターリャは、バレスらが堀に飛びこむ前に大魔法を放つべく、チャージを開始する。
敵もナターリャが魔法を撃つことは、バラキン領の戦いから情報を得ているので、彼女に向い矢を集中させた。
しかし、レフとセルゲイが体を張り矢を食い止める。
「もういい、どきな! 『アイスブレス!』」
ナターリャは、身を挺して矢を受け止めた二人に無慈悲な言葉を投げかけると、水堀に向けて凍てつく風を放出した。
ガチンスキー軍には、彼女の魔法をレジストできるだけの魔法士は揃っていないので、水堀に氷が張られていく様子をただ見つめることしかできない。
「よし! これで足場はできた。転ばないように慎重に進めよ!」
バレスら突撃隊は、氷が張られた水堀の上をつるつると滑り始める。
バラキン城攻略戦のときに、転覆する者が何人か現れたので、事前に氷上を歩く練習をしたため、脱落者はいない。
そして、最初にバレスが堀を渡り終えると、この場を橋頭堡とすべく、大盾をかざし敵の弓矢と魔法を受け止めようとする。
「ふううん!!」
バレスは気合一発、筋肉を硬直させ、盾の隙間から体に突き刺さる弓矢の威力を殺す。
「いいわー、バレス! このまま頑張りなさーい!」
後方から、ナターリャが声援を送りながら、櫓にいる弓兵に向けて氷の矢を放ち援護をする。
すると、敵兵は彼女の魔法の恐ろしさを知っているため、櫓から飛び降りた。
その結果、バレスに対する攻撃も薄くなり、容易に後続の兵が水堀を渡る時間を作ることができた。
「よし、この場は確保できたな。おーい、ナターリャ様ー!」
バレスは周囲の安全を確認し、ナターリャを呼び込む。
それを受けナターリャも、レフとセルゲイに周囲を守らせながら、水堀を渡る。
バラキン城と同様に、大魔法で城門を破壊するために、大手門に近づく必要があったからだ。
「よくやったわ。じゃあまた少し溜めるから、一分くらい待ってね」
彼女は目を閉じて集中する。
そして一分後、
「いくわよ! 『氷の矢(大)!』」
魔言を唱えると、特大の氷の矢が大手門へぶつかり、ドガシャン! という大音を響かせなから、門に風穴を空けた。
「ふぅ、あとはお願いね」
彼女はあとはバレスに任せ、後方へと下がる。
「どうしたんですか? いつもなら先頭に立って、突撃するはずなのに」
レフが不思議に思い、問いかけてみた。
「はぁー、今日は体調が悪いのよ……」
「そっ、そうですか」
ナターリャの様子から女性の日だ、とレフはすぐに悟り、これ以上の詮索を止めた。
以前バレスが同じ質問を無神経に言った結果、言うに耐えない惨劇が生じたためだ。
「ナータリャ様が体調わる――、ぐはぁ」
横から、セルゲイが口を挟もうとしたところで、レフは彼の尻を蹴り飛ばし、
「お前はさっさと前線に行け!」
と言い放ち、彼女の下から追い払った。
「後はバレスさんに任せて、こちらで休みましょう」
「悪いわね……」
レフはナターリャを連れ、後方へ下がり彼女を落ち着かせることにした。
それとは反対に、バレスは日頃の鬱憤を解き放つべく大暴れを開始する。
彼は、ナターリャ空けた風穴に飛び込むと、単騎で突撃し、待ち構えていた敵兵を撫で斬りにした。
ガチンスキー兵は、噂に違わぬバレスの豪傑ぶりを目の当たりにし、元から兵力で劣っていることもあり、戦意を喪失する。
ある者は槍を捨て投降し、ある者はこれは敵わぬと見て、城の奥へと駆け込んで行った。
それから松永軍は、勢いに乗り二の丸へと突入した。
「これで決まったな。あとはじわりといけば、勝利は間違え無いのだが、そうもいくまい。殿から可及的速やかに落とすようにと申しつかまったからな」
バレスは、隣にレフがいないので、髭をいじりながら一人で次の手を考える。
「ふむ、まずは降伏勧告だの。それで駄目なら総攻撃だわい」
バレスが一時間の猶予を与えて、降伏勧告の使者を送った。
しかし一時間後、ガチンスキー側から回答は返ってはこなかった。
「むむむ、奴らは援軍を頼りにしているのだろうか。まあいい、ならば攻めるまでよ」
バレスは、敵との交渉といった雑事が消えたことを喜び、全軍に突撃を命じた。
もちろん彼自身も、先頭に立ち本丸へと攻め立てる。
すでにガチンスキー兵は、抵抗する気力をなくしているため、松永軍は、本丸門ですら簡単に奪取することができた。
バレスは、戦を早く終わらせるべく、道草を食わずに領主が住む館へと一直線に走る。
すると、館の前には一人の若騎士が立ち塞がり、彼の行く手を阻んできた。
「ここは通さん。我はガチンスキー家が騎士ルカスと申す。貴殿は、高名なバレス殿とお見受けした。さあ勝負!」
「おおう、我は松永家筆頭騎士であるバレスだ。お主の心意気、わしが受け止めてやろう」
「ありがたい……いざ参る」
ルカスは、思い切り地を蹴り上げ、バレスとの間を詰めると、渾身の一撃を振り下ろしてきた。
「ふんっ!」
バレスも彼に男気を感じ、ルカスの斬撃を、籠手で正面から受け止める。
「さすがはバレスだ。俺の渾身の一撃を受けてもびくともしない」
「なかなかの重さだ……だが甘いな」
バレスは斬撃を受け止めた右手を押し返すと、剣の柄で、ルカスのみぞおちに突きを打ち込む。
「ぐぅぅ……」
ルカスは、あまりの痛みに声もにならない声を上げて蹲った。
「ここで降伏すれば命まではとらん」
バレスは、忠義に厚いこの男を殺すのは忍びないと思い、情けをかけた。
「しゅ……主君の命を、保障するのならば……考えてもいい……」
ルカスは、腹を押さえながら声を絞り出す。
「それはできぬ相談だ……。なあ、松永家に仕えてみぬか。主家を変えるのは忍びないだろうが、お主ほどの忠義の士を殺すのは気が引ける」
バレスは頭を下げることで、最大限の譲歩と誠意を示した。
「…………主君はあきらめる。ただ若様と奥方様を、ピアジンスキーへ送れば考えてもいい。ただし陪臣だ。仕えるのはあなたがいい」
バレスは一分程黙り込んでから、重い口を開いた。
「男は駄目だ。ただ女に関してならば、殿に話してやる。だが、どうなるかは保障はできん。結果はどうあれ、わしに仕官することは約束しろ。それ以上は譲歩できん」
今度はルカスが沈黙に入り……、しばらくして語り始めた。
「承知した。どうせこのままでは、奥方様も処刑か奴隷落ちにされるだろう。ならば一縷の望みに託すとしよう」
そう言い切ると、彼はバレスに剣を差し出してきた。
「うむ。よき判断だ。では館へと入ろう、お主と共に行けば面倒事も減るだろうしな」
バレスは面倒な作法を不要と、剣をそのまま返す。
そしてルカスを引きつれ、館の中へと足を踏み入れた。
「私が案内します」
ルカスは、感情を押し殺し、バレスを主君の下へと導く。
「こちらになります」
ルカスが扉を開けると、そこには剣を構えている当主に加え、その妻と息子に娘が二人の計五名がいた。
「ルカスゥ! どういうつもりだ! 裏切ったな!」
当主がルカスに対し厳しい言葉を投げかける。
それに対して、彼は苦悶の表情を浮かべ言葉を返す。
「それが……御家のためになると思いました。申し訳ありません」
「戯言をぉぉ!」
そうしたら、当主が手に持っていた剣をルカスに振り下ろしてきた。
しかし、その振り下ろされた一撃は、バレスがあいだに入りしっかりと剣で止める。
「お前のような戯けは、ここで死ねと言いたいとところだが、そうもいくまい。誰かこやつを縛りあげろ!」
バレスが声を上げると、連れ添ってきた兵士が当主を拘束し、館の外へと引っ張って行った。
「あとは、この四人か……。えー、あなた達は、ルカスの身と引き換えに殿に預けることにした。処遇が決まるまでは丁重に扱うので安心してくだされ」
バレスは、別の兵士に指示を出し、しばらく四人を軟禁することにした。
と同時に、館から出た兵士が当主を晒しながら、勝ち鬨を上げたらしく、その歓声が彼にも聞こえてきた。
「よし、これで予定通りに城を落とせたな」
バレスは、一息吐くと、四人をルカスに任せて館を出る。
そして、待ち構えていた兵たちと共に、勝ち鬨の輪に加わったのだった。