第八話 ティオンの町
林を抜けてから長閑な麦畑の中の歩くこと二時間、無事目的地のティオンに到着した。
ビアンカとチカは獣人であることから身体能力に優れているため、移動速度を落とさずに進めたのだ。
ティオンは町と言われるだけあって中々の規模だ。
人口も数千人はいるのではないかと思われる。
そのため入場するには手間がかかると思われた。
しかし、クラリスは戦災孤児、リリ達三人は奴隷と伝えてから、「ご苦労様」と言い小金貨一枚を握らせたら簡単に通してくれた。
どの世界も、大多数の人間の本性は欲にまみれていることを、改めて確認したのだった。
リリに関しては今後も隠し通すのは難しいと考えた。
また盗賊との戦闘でこの程度の戦闘力の敵なら、たとえ襲われても対処できる、と言う自信がついた。
そのため下手に隠すことは止めることとした。
町に入ったが、まだ日の入りまで時間があるので、俺はビアンカとチカの装備を整えることにした。
ビアンカは腕力と俊敏性に優れた剣士タイプ、チカは俊敏性特化の盗賊タイプだ。
ビアンカには剣を、チカには小剣と投擲用ナイフを買った。
それに加え、適当な防具も見繕った。
俺も杖を一振り購入した。
武器屋の主人曰く、杖は魔法に変換する際に支払う魔力量を削減してくれるらしい。
ただし値段が安い物でも金貨五枚以上なので、とりあえず一番安い杖を買った。
リリがまとっている妖精の服は既に杖の役割を成している、とのことなので何も買う必要が無かった。
そして道具屋で回復薬に解毒薬、商店で食料品にビアンカ、チカの衣服などの雑品を買い込み、移動の疲れを癒しに宿へと向った。
ここで一つ、嬉しいことが判明した。
宿でリリに言われたのだが、なんとクラリスに魔法の才能があるらしい。
クラリスはまだ幼かったため、魔法の才能はあったもののリリでも感じられる程の魔力量は無かった。
実際、魔法の能力が発現するのは十歳を超えてからと言われているらしい。
だがこの逃避行で経験値を積み重ねたことと、リリが魔力の使い方を教えてあげた事で、眠っていた才能が開花したのだ。
リリ曰く、まだ使うことはできないけど、回復魔法の才能があるらしい。
回復役には困っていたのでこれは僥倖だろう。
その日はそのまま宿で一晩過ごし、翌日リリ達の奴隷登録をしてから、冒険者ギルドに登録をすることにした。
ついでに最初の森で剥ぎ取った緑狼の皮も売るつもりだ。
俺達は宿をチェックアウトしてから、役場へと向う。
リリ達の奴隷登録をするためである。
後々を考えると、公的に奴隷登録をしておけば、町に入る時もいちいち説明せずに済むからである。
役場では妖精を奴隷とするというので、とても驚かれたが、なんとか無事三人を登録することができた。
そして役場を出て歩くこと十分程で無事ギルドへと到着した。
予めリリにアイテムボックスから緑狼の皮を取り出してもらい、それを道具屋で買った皮袋に詰め込んでからギルドの扉を開く。
するとギルドに入るなりいきなり、中でたむろしている冒険者たちが不躾な視線を送る。
俺はうざったく絡みつく視線を振り切りながら、なんともない風で受付へと向う。
「失礼、俺は東方から旅をしている秀雄という。しばらくこの周辺で根を張ることにしたのでギルド登録をしたいのだがよろしいか」
「承知いたしました。それではお名前と年齢、出身地を教えてください」
「ああ、名は松永秀雄、年は二十一、生まれは大和国だ」
「大和国ですか?」
「ああここから遥東方にある小国だよ、知っている人は殆どいないんじゃないか」
「そうなんですか、そんな遠方からいらっしゃったのですね」
「まあそうだな」
「了解しました、では証明書を発行しますので少々お待ちください」
受付嬢に促されて近くの椅子に俺達は腰掛ける。
すると証明書の発行を待っている最中に、さっきから絡みつく視線を送ってきた野郎どもが近づいてきやがった。
俺は町中なので切っていた魔力を集中し身体能力を強化する。
「おいおいアンチャン、綺麗な奴隷を連れてるじゃねえか。それに妖精もいるとは、新人の癖に生意気だぞ! 本当はフルボッコにするところだが、ぐふふ、この奴隷全員を、俺達にくれれば見逃してやるよ」
案の定か……、こういった輩は避けて通れないようだ。
「ふざけるな、なぜ俺がそんな馬鹿げたことをしないとならないんだ」
挑発するように、シッシッと手で追い払う仕草を見せながら言葉を返す。
「なっなんだとー、新人の癖に生意気こきやがって。ぶっ殺してやる!」
するとリーダーらしきハゲ頭が剣を抜き俺に切りかかってきた。
だが俺からすれば遅すぎる。
俺は座ったまま上半身を捻らせて剣戟を避わしながら立ち上がり、隙だらけのハゲ頭の顔面に拳を叩きつける。
「グハッッ」
すると一撃を受けたハゲ頭は一メートル程ぶっ飛ばされ、その場で気絶してしまった。
おいおい、俺ってこんなに力があったのかよ。
びっくりして拳を見ながら自問自答してしまった。
やはりこの世界で魔力を扱える者の力は別格のようだ。
「ははは、お前らもこのハゲのようにしてやろうか! 嫌ならとっとこいつを連れて出て行け!」
ハゲの後ろで調子に乗っていた子分共はハゲが一撃で倒されたのを見て、コクコクと頷いた。
そして無残にも気絶しているハゲを引きずって、逃げるように出て行った。
まったく迷惑な奴だ、変に目立っちまったじゃないか。
「あのー、証明書の方が出来上がってますぅ」
受付嬢はびくついた表情で、証明書が発行されたことを知らせてくれた。
「ああ、ありがとう。騒がしくしてしまって済まんな、後これも買い取ってもらえるか」
俺は皮袋を開けて緑狼の皮を差し出す。
「これは、グリーンウルフじゃないですか! 一体でもDランクの強敵ですよ、群れだとBランクにまで難易度が跳ね上がるんですよ。なのに十近くも皮があるなんて……」
「俺は腕にはそこそこ自信があるんだよ、御託はいいからとっと買い取ってくれ。目立つのは趣味じゃないんだ」
「はっはい、今すぐ査定して参りますのでもう暫くおまちくだしゃい」
あ、受付嬢が噛んじゃった……。
少し受付嬢を怖がらせてしまったが、まあいい。
さっさと用件は済ませるに限るからな。
「秀雄様、買い取り料金は金貨十枚になります。どうぞお納めください」
「ああ」
「それと、これで秀雄様はDランクへと昇格いたしました」
「そうかい、ランクについては後で手帳を見て確認しておくよ」
金貨十枚とは悪くない。
狼を討伐するだけで大金持ちになれるな。
もし身分が保証されるならば、冒険者生活も悪くは無い。
そんなことを考えながら冒険者ギルドを出ると、長居は不要とばかりにとっととティオンを後にし公都ミラリオンへと向った。