閑話 ウラディミーラとマルティナ
マツナガグラード城の最上部には、家長である俺以外にも、リリやマルティナなどの家族達が暮らしている。
そして本日、新たにチェルニー家から、ウラディミーラが加わることになっている。
「ふう、なんとか無事に家族と話をつけることができたな。ひやひやものだったぜ」
俺は自室のソファーに座りながら、ウラディミーラの到着を待ちながら一人呟く。
チェルニー家との会談を終えてから、色々あったのだ。
特にマルティナとのお話は疲れた。
ウラディミーラが実質嫁ぐことになれば、当然後継者問題が発生する。
ビアンカやチカと違い、ウラディミーラはチェルニー家の家長という地位もあるため、もしマルティナより先に男児が生まれた場合には、ややこしいことになるからだ。
なので俺はマルティナと、色々な約束をした。
事の顛末はこんな感じである。
「マッマルティナさん……、近日ウラディミーラがここに引っ越してくる予定なんですけど……いいですかね」
別に家長たる俺がお伺いをたてる必要はないのだが、そうせざる得ないオーラをマルティナが纏っているのだから仕方がない。
「別に好きにすればいいじゃないか。ウラディミーラさんと子供を作ってしまえば、御家は安泰だもんな」
マルティナはつーんとした表情でそっぽを向いている。
完全にいじけている。
自身はハーフエルフのために、子供ができにくいことに引け目を持っているのだろうか。
それとも、夜の生活が週一ペースなのに、不満をもっているのだろうか。
この他にも、俺が思いもしないところで、ストレスを溜めているのかもしれない。
どんな理由にせよ、機嫌をなおしてもらわなければ困る。
「そんなことないって、俺はマルティナと先に子供を作りたいと思っているよ。それが本心だ。ウラディミーラの件は同盟を結ぶ上で、仕方がなかったんだよ」
するとマルティナは、強張っていた表情を、少しほころばせてくれたようだ。
「本当? でも私は子供ができにくいだろうから、また新しい女を作るんじゃないのか?」
やはり子供のことが気になっているようだな。
ここは一つ男を見せなければいけないな。
「いいや、まずはマルティナに子供ができるように頑張ろう! ペースを三倍にあげるぞ!」
仕方がない。
体力的にきついかもしれないが、やるしかないだろう。
早い内に後継者を決めておかなければ、後のお家騒動の原因にもなりかねないからな。
「えっ、いきなり! 私は嬉しいけど……秀雄君は大丈夫なの?」
マルティナは、プライベートでは俺のことを君付けで呼ぶようになった。
君付けで怒られながら……ふう、やめておこう。
「ああ、家もここまででかくなったら、後継者は作っておいたほうがいいからな。いつ何があるかわからない。それにお前も一番に子供ができれば安心するだろう」
もし俺が病気か何かで急死したら、後継者を決めていなければ、家が分裂するかもしれないからな。
「ありがとう……、実は不安だったんだ。他の女性たちはみんな綺麗で胸も大きいから……。私なんかスタイルも悪いし、性格も面白みが無いでしょ。そのうち飽きられるんじゃないかなって」
そんなことはないぞ、はっきり言ってマルティナはどストライクだからな。
「お前は自分を過小評価しすぎる嫌いがあるな。俺がお前を捨てるなんてことは、絶対にありえない。命に代えても守ってやるさ」
そう言うと、俺はマルティナに近寄り抱きしめてやる。
「ほんと? その言葉をきいてほっとした……。私も命に代えても秀雄君のこと守ってあげるね……」
「ははは、それは心強いな。マルティナさんに説教されれば邪龍も逃げ出すかもな」
彼女の頭を撫でながら、軽口を叩く。
「もう! また私をからかって! そんな悪い口をこうしてやる……」
マルティナは怒り顔で、俺の口を唇で塞いできた。
ムフフ、まだ昼だが仕方がないな……。
二人は流れに任せて、このままソファーへと倒れこんだ。
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三日後、今日はウラディミーラが引っ越してくる日だ。
俺はあの日から、公約どおりのハイペースで頑張っている。
時たま尻の筋肉が吊りそうになるが、嫁達とサーラにマッサージしてもらっているので、なんとか踏ん張っている。
そういえば、どんな仕事も半年頑張れば体が慣れてくるって聞いたな。
とりあえず半年続けてみよう。
すでに嫁達とリリ、クラリスにはウラディミーラがくることは伝えており、同意も取り付けている。
なので特に問題なく、事が運べると信じたい。
「秀雄様、ウラディミーラさんが到着したようですよ」
いつものように、ビアンカが報告してくれた。
「では大広間へ向うとしよう。ウラディミーラを通してやってくれ」
「かしこまりしました」
俺は大広間へと向い、ウラディミーラの来訪に備える。
そして数分してから、扉が開かれ彼女が部屋の中へと入ってきた。
するといきなり満面の笑みで、
「秀雄様ー、ウラディミーラですよー。ようやくお側に仕えられて喜びもひとしおです。これからはよろしくお願いしますね」
と胸元がはだけたドレスを身に纏いながら、お辞儀をしてきた。
狙っているのかは分からないが、胸元が丸見えだ。
あと少しで蕾までいくかもわからん。
怖い、マルティナを見るのが怖い。
意を決してそーっと、振り返ると、思いのほか落ち着いている。
よかった……この三日間は無駄ではなかったようだ。
「ああっ、こちらこそよろしく頼む。特に戦場での活躍は期待しているぞ」
なるべくそちらの話は避けるようにしないとな。
「任せてください。それよりも、今夜にでも種を……」
「わかった、わかった。その話はここでは駄目だ、また後でな……」
「うーん、仕方ありません。また夜にでも……」
ウラディミーラは色っぽい仕草を見せながら、引き下がってくれた。
やばいな、これは緊急に話し合いをもたせないとな。
「そうしてくれ……。とりあえずこれから俺の家族を紹介するよ。俺の部屋で茶を用意しているから、そこへ移動しよう」
俺はウラディミーラを自室まで連れて行き、皆と顔合わせをさせた。
そして、しばらく他愛も無い話をしたところで、予定通り俺は所要があると告げ出ていった。
最初のうちに、女同士で話し合ったほうがいいだろう。
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秀雄が退出し、これまで和やかだった雰囲気がピリリと変わった。
その原因を作ったのはマルティナである。
チカやクラリスなどは、突然の空気の変化にとまどいすらしている。
そして、マルティナは眼鏡をくいっと上げて、口を開く。
「ウラディミーラさん。これから客将とはいえ、あなたは、実質秀雄様の側室のような立場になる。今後は、私達と仲良くやっていこう」
彼女は満面の笑みで、ウラディミーラに語りかけた。
「ええ、もちろんです。正室であるマルティナさんの立場は、尊重しますわ。ただ私は秀雄様のような、素晴らしいお方の子種さえ頂ければ構いません。もちろんその子を松永家の跡取りにしようなどと、画策はしませんので安心なさってくださいね」
ウラディミーラは、マルティナの言いたいことが分かっている様子で、先手を打ってきた。
「ええ、それは秀雄様よりうかがっている。ウラディミーラさん子供はチェルニー家を継がせると。ただ、少し気がかりなことがある……それは秀雄様の御身は一つしかない、ということだ」
マルティナは真剣な面持ちでいる。
これから子種の争奪戦を開始しなければならないからだ。
「そこは平等に、四日に一度でいいんじゃないですか?」
とは、ウラディミーラの言葉だ。
チカも釣られて頷いた。
ビアンカは、これ以上は教育によくないと思い、リリとクラリスを連れて部屋から出て行った。
「いいえ、秀雄様は私に継嗣ができるまで、優先的に子種を下さるとおっしゃった。そのため、私は週に三度の権利を主張させていただく」
この場に秀雄がいたら、俺は物なのか、と突っ込みたくなるだろう。
マルティナは秀雄の言葉を盾に、優先権を主張してきた。
「それは聞き捨てなりませんね。秀雄様は最低でも週二回はお情けを下さる、と約束してくださいました」
嘘である。
秀雄はそのようなことは言っていない。
ウラディミーラも必死なので、ありもしないことをでっち上げたのである。
「ちょっと待つにゃ。それじゃあチカとビアンカの分が無くなるニャ!」
チカは我関せずといった風だったが、自分の権益が侵されると思い口を挟んだ。
「確かにそれは問題だな。私もみんなの取り分を横取りするような真似はしたくはない。どうしようか……」
マルティナが、こめかみに指を当てながら悩んでいると、ウラディミーラが手をぽんと叩き話し始めた。
「ならば、二人一緒に面倒を見てもらえばいいのです。そうすれば私達の親睦も深まるでしょうしね」
この場に秀雄がいたら、勘弁してくれと言い出したに違いない。
しかしそんなことは、彼女達にはお構いなしである。
「それは私も考えていた……」
「チカもそれは名案だと思うニャ」
二人は納得の表情を作っている。
「ならばそうしましょう。では早速シフト表を作りませんか。その方が何かと便利だと思いますよ」
彼女達は、秀雄のタンクのことは考えていない雰囲気である。
「それは妙案だ。すぐにビアンカを呼んでシフトを組もう」
三人はビアンカを呼び寄せると、あーだこーだいいながら、和気藹々とシフトを組みだした。
すでにピリピリした雰囲気は雲散し、逆にかまびすしいくらいである。
こうして女達の戦いは幕を閉じた。
最終的に、秀雄の負担を増やすという形で……。