第七十一話 ようやく帰還
二時間後、ようやく若者らの採用試験が終わったところだ。
結果からいうと、トマスとアイナの二人は中々の武勇を誇った。
ニコライ達といい勝負を繰り広げていたようだ。
惜しくも負けてしまったが、年齢を考えたらまだまだ伸びしろは十分あるだろう。
残りの十一人も松永家の精鋭と比較しても、一段高い腕の持ち主だろう。
彼らをアルバロに指揮させれば、相当強力な小隊が結成されそうだ。
しかし試験が終わったというのに、広場ではまだ戦いが繰り広げられている。
ヒョードルとボリバルが手合わせしているのだ。
猫族の相手をした流れでどちらが強いか口論になり、ならば実際に戦ってみよう、ということになったらしい。
俺としてはもう見学するのは疲れたので、結果は後で聞くことにして、チャレスの家でくつろぐとしよう。
アルバロが二人のことを興味深そうに見つめているから、長くなりそうだしな。
「お前達十三人は全員合格な。あと今から歓迎会を開くみたいだから、チャレスさんの家へ入りなさい。アルバロ、くれぐれもやり過ぎるなよ」
すでに体力を回復し、ピンピンしている獅子のおっさんに警告をしてから、俺は広場から去ることにした。
俺達はチャレスの家へ戻るやいなや、宴会の準備で大忙しだ。
今回は俺達からも食材を提供する。
道中の村々で熊肉や鹿肉などを、チャレスたちに振舞おうと仕入れてきたからだ。
料理は女衆や子供たちにまかせるとして、俺は机を運んだりと色々動く。
しかしトマスやアイナたちに恐縮されたので、途中からはチャレスと二人で、大人しくチビチビとやることにした。
「お義父さん。今日はいろいろとあって疲れましたよ」
俺は冗談めかしながら、軽口を叩く。
「ははは、お義父さんか。そんなことが言えるのだから、チカとは仲良くやっているようだな。そろそろ孫の顔を見せてくれてもいいんだぞ」
いきなりそれかい。
たしかにそろそろ子供のことも考えてはいる。
だが、まずはマルティナに男児を産ませることが最優先だ。
先に正妻に跡継ぎを産ませておかないと、後々問題になっても困るからな。
まあ今のところは嫁達も上手くやっているようだから、その点に関しては心配はないだろう。
ただ、今後、さらに嫁が増える可能性は否定できないので、そろそろ本格的に子作りを始めなければならないな。
少しペースを上げるとするか。
「そうですね。もう少し落ち着いたら、と言いたいところですが、そんなことではいつになるかは分かりませんからね。期待に応えられるように頑張りますよ。お義父さんこそセリナさんと三人目を作ってみては……」
意趣返しとばかりに、チャレスが最近喧嘩して夜の相手をしてくれない、と愚痴ってたのを思い出し、からかってみる。
「そうしたい気持ちはあるのだがな……、如何せんセリナがな。加齢臭がどうとか、色々あるんだよ……」
からかうつもりだったのだが、落ち込ませてしまった。
四十前のおっさんにはデリケートな話だったようだ。
「そんなことないって、チャレスさんはまだまだ現役として通用しますって。そう落ち込まんでください」
ここまで意気消沈するとは思っていなかったので、真剣に慰めてやる。
「気を使ってくれて悪いな。今度、しっかり体を清めてから誘ってみるよ」
彼はゴクリと酒を飲み干し、チャレスの言葉を噛み締める。
可哀相なチャレス、俺はあなたを反面教師にさせていただきます。
ちゃんと毎日お風呂には入ります。
そして宴会が始まるまで、俺達はチビチビとやり続けていた。
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行きと比べて随分と人数が増えたな。
すでに日は明け、これから猫族の村を出発しマツナガグラードへの帰路につくところだ。
昨晩の宴会はカオスなことになったので、詳細な言及は避けるとしよう。
ただ一言……疲れたとだけ言っておく。
「皆さんどうもありがとう。また暇ができたら遊びに行きます。さようならー」
俺はチャレスやセリナに手を振り、猫族の村を後にする。
そして三十人近くの大所帯で細道を前進する。
ちょっとした行軍だな。
人数が増えたので、速度を落とし、安全に行くとしよう。
こうして歩き続けること四日、一行は亜人領域を抜け、アキモフ領を通過し、ようやく領都であるマツナガグラードへと帰ってきた。
「ここが俺の城だ。まだまだこんなもんだが、あと数年もしたら、もっとでかい所に移転するつもりだ。そのためにはお前達の助力が不可欠だ。励んでくれよ」
決まったな。
いいこと言った気がするぜ。
「母様、ミゲル、ここが秀雄様の城なのよ。すごいでしょ」
「ええ、ワオンの村とは大違いだわ」
「すごーい、こんな所に住めるんだ。やったねお母さん」
ム。
「どうだボリバル、ここが俺達の城だぜ、すげえだろ」
「ああ、すごいな。こんな建物見たのは初めてだ」
ムム。
「見たかニャー。おじちゃんの村はこんな広くにゃいでしょ。ぷぷぷ、秀雄には負けてばかりじゃにゃいのー?」
「ムムム。悔しいが見事な町だ。流石は殿が治めるだけあるな」
何がムムム……、やめておくか。
それにしても、みんな俺の話を聞いてないじゃないか。
ふう、まあいい。
落ち込んでなんかいないからな。
と一人強がっていると、
「あたしが頑張って、ヒデオをもっといいお城に住ませてあげるねー」
「妾もなのじゃー」
リリとクラリスが慰めてくれた。
ありがとう、この言葉は忘れないよ。
俺は三人一緒に城の中へと入っていった。
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ようやく長い旅路も終えた。
まだ停戦期間は一ヶ月以上は残っている。
ここで忘れかけていたが、一つやるべきことを思い出した。
農業改革である。
冬に切り開いた開墾地には春にクローバーのような牧草を植えつけておいた。
俺は、その牧草地に家畜を導入する予定である。
すでに領内のギルドや商人に、できる限りの牛や羊などを調達してもらっている。
同時に家畜が冬を越すための、じゃがいもなどもエサも買わねばならない。
いもや蕪を作るのは、来年からになるため、今冬を越すだけのエサが無いからだ。
これは四圃制の導入である。
ヤコブーツク周辺の村で実験的に行うつもりだ。
これで成功を収めることができれば、順次、他の村でも導入する予定である。
ただ懸念がないわけでもない。
農民が豊かになりすぎるのはどうだろう、とも思ってきた。
金を持つと農家の発言権は増すはずだ。
この結果、これまで領主が所有している土地を、蓄えた金で買うという動きが出てきてもおかしくはない。
こうなると力で押さえつけなくてはならなくなる。
農民は生かさず殺さずの方が、よいのではなかろうか。
その方が統治しやすいかもしれない。
うーむ、これは難しい話だな。
最悪農民が蜂起するなんてことがあっては困る。
無論今のところはそんな気配は全くないがな。
減税により、俺の人気は天井知らずで上がっている。
それに減税してようやく、領民の生活水準が、まともに暮らせるところに足を踏み入れた程度だ。
領民が土地を買えるほど豊かになるのは、まだまだ先の話になるだろう。
だから、きたる将来にためにも、今から俺の人気は不動のものにしておく必要がある。
俺のお陰で豊かになれた、と末代まで語り継がせるのが理想だ。
そんな恩あるお方から、土地を買い上げることなど考えられない、と思われるくらいまでに。
そのためには家を強くして、税を下げ暮らし向きを良くするしかないな。
しかし民を富ませすぎるのもいかん……。
んーなんか頭が混乱しそうだ。
とりあえず税収の推移を見ながら、領民の生活水準を判断しよう。
そして、民の声はしっかり汲み上げていくことも、忘れないようにしないといけない。
今から先のことを不安がっても仕方ない。
とりあえずは、予定通りに四圃制は導入しよう。
あと、ついでに製紙業に関してだが、クレンコフ領に小さな工場を建てた。
マツナガグーラドいた職人をそこへ派遣している。
俺は木からできるとしか言っていないので、彼等に頑張ってもらうよりない。
あまり期待はしていないがな。
だが三太夫のつてを使い、東方から製紙法について情報は仕入れる予定でいる。
あちらでは、羊皮紙は使われていないみたいだからな。
内政はこんなところだ。
あとは獣人たちも加わったので、軍の再編に取り掛かるとしよう。