第六十六話 ビアンカとチカの実家へ④
すると向った先にはイヌミミのついた男が三人、強引に家の中へ押し入ろうとしていた。
もちろん好きにさせるはずもなく、ニコライとヒョードルが体を張って阻んでいる。
「何事だ!」
俺は二人に状況を確認しようとする。
「突然こいつらがビアンカ様を出せと突っかかってきたのです。理由を尋ねたところ、何も言わずに中へと侵入してきたので、こうして食い止めております」
ニコライが顔だけこちらを向いて事情を説明してくれた。
「秀雄様、こいつら黙らせてもいいですか!? さっきから態度が無礼を通り越してますよ」
ヒョードルはまだ十八歳と若いので血の気が多い。
兄に比べて好戦的である。少し脳筋気味といってもよいだろう。
しかしまだ若いので今後の成長に期待はしている。
「駄目だ。今ここで人族の俺達が問題を起こしたら、結果がどうなるかぐらい分からないのか! これでは一軍を預けることなど未来永劫できんぞ!」
ヒョードルの短絡的な発言を叱り付ける。
彼も俺の叱責を受けて少しは頭を使ったらしく、次第に冷や汗が顔中から湧き上がり、
「申し訳ありませんでした」
と陳謝してきた。
目の前のイヌミミ男達がいなければ土下座しそうな勢いである。
ここはヒョードルに罰を与えるよりも、ぎゃあぎゃあと騒いでいる犬狼族の対応をしなければならない。
俺は二人を下げさせ、彼等の前へ出て口を開く。
「失礼ですがあなた方はどのような理由があり、我が妻であるビアンカとの面会を所望しているのですか。私はウラールに根を張る、松永家の当主の松永秀雄と申します。夫である私が代わって聞きましょう」
ここは松永家の威光が通用するかは分からないが、俺は権力者であることを宣言しておけば多少は対応も変わってくると踏んだ。
ついでにチャレスから貰った手形も見せて、猫族との繋がりもアピールしておいた。
したらば、俺の発言を聞いてか、チンピラのように騒ぎ立てていた奴らも一人を除いては大人しくなった。
「ふん、松永家だかなんだか知らないが、僕はこの村の跡継ぎなんだぞ。王位継承権も十八位なんだからな。それにビアンカは僕の恋人にするって前から決めてたんだ。お前なんかは認めるわけにはいかない!」
ああー、面倒くさい奴がきちまったなー。
ぶっ飛ばしてもいいのだが、ヒョードルにあんなことを言った手前そうするわけにもいかないしな。
俺がどうするかと考え込んでいると、ビアンカも中から顔を出してきた。
「ベニート様。私はそのお話については既に何度もお断りしたはずです。それにもう私はこちらの秀雄様に嫁いだのです。もう私達家族には干渉しないでください」
彼女は俺の前では見せないような怒り顔でベニートを非難する。
こんな時に言うことではないかもしれないが、ビアンカの怒った顔も可愛いな。
今度わざと怒ってもらおうかな……。
などといらぬことを考えていると、
「ふぬー、お前さえいなければー!」
ベニートが叫びながら、発狂しそうな顔で俺に殴りかかってきた。
一応犬狼族に王位継承者なので、どんなものかと重い身構えたが、動きが遅すぎる。
俺は身を反らして軽々と攻撃をかわす。
反撃はしない。
既にニコライが羽交い絞めにして、奴の動きを止めているからである。
「これまでの無礼な発言、そなたが王族に連なる身というので許容してきたが、この狼藉は許せん。松永家当主としてこの村の長へ謝罪を要求したい。後ろの二人、お前たちが証人だ。分かったな」
鋭い視線を付き人の二人に投げかける。
もちろん彼等はベニートの仕出かしたことを理解しているので、すぐに首を縦に振った。
「では俺はこれからビアンカを連れて村長へ会いに行く。ニコライとヒョードルはここでビビアーナさんの帰りを待ち、そのまま護衛をしていろ」
『はっ!』
ヒョードルは先程の失態を取り返そうと、気合を入れて返事を返す。
ニコライは弟とは反対に落ち着いているようだ。
「では付き人の二人、俺達を館まで案内してもらおうか」
彼等は渋々と頷くと、力ずくでベニートを引っ張りながら俺、リリ、ビアンカを先導する。
そして、ベニートが騒ぐ以外は特にこれといった会話もないまま歩き続け、数分後に村長の館へと到着した。
「こちらになります。お入りください」
「ああ」
二人に連れられ館内へと入ると適当な部屋を宛がわれ、そこで村長がくるまで待つことになった。
「ここの長はどのような人物なんだ?」
豪奢とまではいかないが、それなりに座り心地のいい長椅子に座りながらビアンカへ問いかける。
「私の知る限りでは並のお方だと思います。特にこれと言った印象もありません。ただ息子のベニートのことはかなり甘やかしてました。なので何度陳情をしても、彼は付きまとってきました。それと、税というか、上納金に関してはしっかり取り立てていましたね。父が亡くなってからも、家ごとに一定額徴収されるので、捻出するのに苦労した記憶があります」
ビアンカさん……、あなた冷静に話しているけど、相当恨みを持ってるでしょ。
「そうか、特に印象もないか。変に癖がある奴に出てこられるよりかはマシかもな」
「はい。秀雄様の相手にもならない程度の小物ですよ」
彼女は口から犬歯がはみ出るくらいの、良い笑顔を見せてきた。
これ以上話し掛けるのはよそう。ビアンカの人相が変わっちゃう。
「うんわかった……」
俺はなるべくビアンカのと視線を合わせないようにして、村長がやってくるのを待ち続けた。
途中リリが気を利かせて、ビアンカの愚痴を聞いてくれていたようで、俺としてはとても助かった。
しばらくすると、ビアンカの耳がピクピクと動き出した。
「足音が聞こえてきました。ようやくです。秀雄様をこんなにも待たせるなんて……」
「まあまあ落ち着いて。あまり興奮すると体に良くないよ」
俺はまた機嫌が悪くなりだしたビアンカをなだめながら、村長がくるのを待つ。
そして俺の耳にも足音が響き出すと、間も無く扉が開けられた。
現れたのは村長と思われる中年の獣人に、ベニートと付き人二人だ。
「この度は息子が粗相を仕出かしたようで失礼した。私はこの村の長であるハビエル=アギレラと申す。アギレラ家の直系であり、王位継承権も七位だ」
なんか偉そうな自己紹介だこと。
「私は松永秀雄といいます。ご存知かは分かりませんが、松永家はウラール地域の八割程度を傘下に収めております。動員兵力も千を優に超えます。その当主である私にそちらのベニート殿が、突如殴りかかってきたのですよ。後ろの二人に加え数名の村民が証人としております。この件についてアギレラ家としての対応をお聞きしたい」
むかっときたので、こちらも具体的な数字を出してアピールをすることにした。
松永家の名を出してもベニートは意に介さなかったためだ。
「松永家の名は猫族や狸族から聞き知ってはいる。少数精鋭の実力者集団で、その勢力を急激に伸ばしていると。だがベニードが松永殿に殴りかかったことは、そなたが先に仕掛けてきたためたど聞く。故にこちらから頭を下げることはできかねる」
なんだと、話が違うじゃないか。
俺は付き人の二人に視線をやると、彼等はプルプルと首を横に振る。
続いてベニートへ視線を向けると、奴はニヤリと笑みを浮かべ挑発してきた。
息子の言い分を無条件で信じる馬鹿親か。
「それはベニート殿の言い分でしょう。彼以外の人物は正反対の意見のようですが、ここはあえて問いただしません。ただし、今後ビアンカとその家族に対しての干渉を止めると約束していただきたい」
こんな所まできて喧嘩をしても俺の立場が悪くなるだけなので、最低限の条件を飲ませることにした。
これで納得すればよし、だめならば別の手でいくとするか。
「それは私も望むところなのだが、ベニートが中々納得してくれなくてな。私の他の里の娘を見合いをするように聞かせているのだが、なかなか納得しないのだ」
ハビエルは困った顔つきでベニートを見る。
いくら跡継ぎたる男子が彼しかいないといっても、これは甘やかしているというレベルを超えているな。
「それは困りましたね。当家としては将来的に領土を接する亜人の方々と、積極的に交易を進めるつもりています。しかしこれでは信頼関係を築くことができません。その際は残念ながら他の里と接触を図らねばなりませんな。今回こんなことがなければ、ハビエル殿と話を付け、契約金としてこれだけの金貨を用意したのですが、残念でなりません」
俺は悔しげな表情を作り、金貨が百枚は入った袋の口を開け、じゃらじゃらと机の上に中身をぶちまけた。
するとアルバロの垂れ耳がピンと立ち上がり、顔色を変えて身を乗り出してきた。