表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/167

第六十五話 ビアンカとチカの実家へ③

 犬狼族が暮らす集落は、猫族の村から見て北東に位置する。

 地図で見ると大山脈の根元に近い場所だ。

 ここからだと三日の旅程になる。

 途中の寝床は他種族の里で宿を借りる予定だ。

 チャレスから虎の印がおされた通行手形のようなものを預かっているため、他種族の亜人の領域でもそれを見せれば排除されることはないようだ。

 これで道中の安全は担保されたので、安心して行動ができる。

 亜人のなかには排他的な種族もいると聞くからな。


 さて猫族の村を出発した一行は兎族の村と熊族の村でそれぞれ宿を借り、二日後には犬狼族の領域へと足を踏み入れた。

 ここからはビアンカに先導してもらうことにする。


「なあビアンカ、これまで長い間里帰りの機会を作ってやれなくて……済まなかったな」


 里のことではもう謝罪は無しと二人で取り決めを交わしていたのだが、ついポロリとこぼしてしまった。


「もう、秀雄様はお優しすぎるんです。私達はもう結婚したのですから、お気になさらないで下さい。秀雄様のお気持ちは痛いほど察しているつもりです。でもこんなにも早く故郷の地を踏めるとは、正直思っていませんでした」


 ビアンカも故郷を間近にして気持ちが落ち着かないのか、少しそわそわしている感じがする。

 しかしいつもより表情が明るい。

 普段も可愛いが、今日の彼女はさらに魅力的に映る。 


「そうか、ならばこれ以上は言わないよ」


 その後はお互い言葉を交わすことなく、淡々と目的地へと向い歩を進める。

 皆ビアンカの思いを知っているためか、彼女を慮ってチカですら軽口を叩かなかった。

 そして昼過ぎには、無事に彼女の故郷へとたどり着いたのである。


「ここが私の故郷ワオンの村です。私にしっかりと付いてきて下さいね。犬狼族は警戒心の強い方が多いので」


 彼女は簡単な注意を与えてから村の入口へと向う。


「誰だ! 名を名乗れ」


 近づくと門番が警戒してくる。


「ファビオさん! ビアンカです! 帰ってきました」


 するとビカンカが大声で門番に帰還を伝える。


「えっ! もしかしてビアンカちゃんなのか!?」


 ファビオという門番は、その場で飛び上がるとビアンカへ向い駆け出す。


「本当だ。確かにビアンカちゃんに違いない。ああっ……今すぐみんなに知らせないと!」


 彼は俺達のことは完全に頭から離れてしまったようで、ビアンカも放ったらかしにして村の中へと消えていった。


「せっかちな奴じゃのう」

「そうだよねー」


 クラリスとリリは俺の後頭部で顔を合わせながら話をしている。

 こんな会話が何回も繰り返されているので、そろそろ首が攣りそうになってきた。

 俺もクラリスに回復魔法を掛けてもらうとするかな。


「皆さんごめんなさい。ファビオさんは昔から一つのことに集中すると、他が見えなくなる癖があるんです。しばらくしたら戻ってくると思いますので、もう少しここで待ちましょう」


 ビカンカは身内の失態を庇うような勢いで謝ってきた。

 犬狼族は一族の仲間意識が他の種族と比較しても一段と高いようだ。


「しょーがにゃいにゃー、まったく少しは落ち着くべきなのニャ」


 チカも便乗してきた。

 その瞬間、皆がチカをのことを見つめる。

 うん、言いたいことは分かるよ。


「人には個性というものがあるのだから、そう悪口をいうものではない」


 俺も皆がいなければ悪態を吐いていただろうが、ここは家長として一言いっておいた。


 そしてしばらく待つこと数分。

 徐々に村民達がビアンカの無事を確認しようと集まり出した。


「ビアンカちゃんよく無事で」

「お姉ちゃんおかえりー」

「私のハニーが帰ってきたー」


 最後の女の発言は聞かなかったことにして、皆が彼女の帰還を我が事のように喜んでくれてる。


「みんなありがとう……」


 ビアンカが目を潤ませながら礼を言うと、そのまましばらく皆に揉みくちゃにされていた。


「早くお母さんの所へ行ってやりなー。ファビオには俺から話をしておくからさー」


 彼女が困っているのを察して、誰かが気を利かせて急かしてくれたようだ。


「はい、ありがとうございます。では行きましょう秀雄様」


 ビアンカは俺の手を取り早速実家へと案内しようとする。

 怖い、周りの目が怖い。

 殺意の籠もった視線を幾つも感じる。

 ビアンカは村のアイドルだったのだろう。

 その娘をぽっと出の人族の、一見冴えない男に取られたのだと分かれば、俺が逆の立場だったら逆上する自信がある。


 というわけで、俺は前だけを見つめ続け、ビアンカに手を引っ張られながら村の中を走る。

 背中に突き刺さる視線を振り切るように駆け足で行くと、間も無く彼女の実家に到着したようだ。


「ここが私の生家になります。何もありませんが、どうぞお入り下さい」


 彼女は俺達に先立ち、パタパタと家の中へと入っていった。

 すると、すぐに中から子供と思われる歓声が聞こえてきた。

 恐らく奴隷商人から身を挺して守ったという、弟のものだろう。

 それからしばらくは騒がしい感じだったが、次第にそれも収まってきた。


 ようやく落ち着いてきたようだし、そろそろ俺達もお邪魔するか。

 半開きの扉を抜けて中へと入る。造りは一般的は木造平屋だ。


「おーい、邪魔するぞー!」


 無断で奥へと入り込むのは気が進まないので、ビアンカへと声を掛ける。

 すると彼女が母親と弟と思われる二人を伴って玄関へとやってきた。


「母様、ミゲル、このお方が私の命の恩人であり、最愛の夫でもある秀雄様です」


 彼女は両膝を床につけ正座の姿勢になり改まると、俺のことを随分と持ち上げながら紹介しれくれた。

 すると母親と弟は床に額をつけてきた。いきなりの土下座である。


「秀雄様、私はビアンカの母であるビビアーナといいます。この度は娘の命を救って下さったばかりではなく、言葉では言い表せない程のご恩寵を頂いたことを、深く感謝申し上げます」 

「お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとうございました」


 二人は謝意を述べてからも、額を床につけたままで面を上げようとしない。

 母親はともかく、弟のミゲル君は十歳程に見えるが、その割には随分と教育が行き届いているのだなと感心する。


「二人共顔を上げてください。私は当たり前のことをやっただけです。ここまで大袈裟に謝られる必要はありませんよ」


 このままでは永遠にこの姿勢を維持していそうなので、崩してもらうように願い出た。

 すると二人はようやく面を上げてくれた。


「恥ずかしながら、私達には秀雄様に返せるものが何もありません。頭を下げることしかできないのです」


 ビビアーナさんが沈痛な表情で話してくる。

 俺はなにも求めていないのだが、相手の立場から考えるとそうもいかないか。


 ビアンカの話によると、たしか彼女の父親が亡くなってからは大変だったらしい。

 彼女が働き手になるまでは、村民たちに色々と援助や協力をしてもらわないと、生活が成り立たなかったようだからな。


「気にすることはないですよ。ビアンカにはいつも世話になっていますからね。逆にこっちが給金をあげていますから」

「そうなのですか……、何から何まで有難う御座います。大したおもてなしもできませんが、よろしければお入りになってください」

「ああ、それでは失礼します」


 俺達はビビアーナさんに案内され居間へと向う。

 そして用意された来客用の椅子に腰掛ける。

 すると間を入れずにビビアーナがお茶を用意してくれた。

 きっと騒ぎを聞きつけ、前もって用意してくれていたのだろう。


「どうもすいません」


 俺は礼を言うと、茶に口をつける。 

 んん、これは旨い。

 俺のために無理をしてくれたのだろうか。


「これはとても良い味ですね。流石はビアンカのお母様だ」

「お口に合ってよかったですわ。おかわりもありますので遠慮なく言ってくださいね」

「ありがとうございます」


 ビビアーナは笑顔で語りかけてくれると、これから夕食の材料を仕入れると言い残し、ビアンカに世話を任せて一人外へと出て行った。

 その間俺達は弟のミゲルと一緒にリバーシで遊んだり、ビアンカの昔話を聞いたりして盛り上がっていた。


 そして小一時間程が経過しただろうか。

 ガタンと戸口が開く音が響いてきた。

 ビビアーナさんが戻ってきたのだなと思い、荷物を受け取らせに、ニコライとヒョードルを玄関まで迎えに行かせる。

 子供達はまだリバーシで遊んでいる。クラリスとミゲルは歳も近いせいか盛り上がっているようだ。


 ……んん、何か様子が変だ。

 入口から聞こえてくるのは野太い男の声。

 ニコライ達と何か揉めているような感じだ。

 俺は何事かと思い急ぎ玄関口へと向った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ