第六十四話 ビアンカとチカの実家へ②
家に着くなり大量の酒が出され皆に振舞われる。
猫族の酒はマタタビ酒というらしく、中には極少量のマタタビが入っているらしい。
そのせいかチャレスは飲み始めたらすぐに酔っ払い、陽気になってきた。
そしてチッチが村の若者衆のリーダーとして頑張っていることや、最近セリナさんと喧嘩したこと、果ては最近鬣が薄くなったなどと、うざったい程に話し続けてくる。
仕方無いので付き合ってやっていると、ついには明日に手合わせしようなどいう要求をしてきた。
流石に獣化したおっさんの相手はしたくはないので、ここはニコライとヒョードルを宛がうことにした。
若武者二人もその気になっていたので、チャレスのチッチら村の若者と手合わせすることで納得してくれた。
話の途中だが、折角猫族の村にきたので、傭兵の件について話をすることにした。
「あのー、話は変わるんですが、亜人って傭兵として雇えることってできますか? 今後、俺達は大勢力との衝突が遅かれ早かれ訪れるはずです。その時に備えて兵を確保して置きたいんですよ」
前も触れたはずだが、チャレスのつてを頼り亜人の傭兵雇うという計画は立てていた。
しかし民族的な問題でこれまで二の足を踏んでいた。
だが、これからぶつかる相手を考えれば、そうはいってはいられないだろう。
それにナターリャやマルティナらの活躍は既に松永軍内で知れ渡っており、徐々に差別意識も無くなりつつある雰囲気だ。
また俺が差別を撤廃するという方針を掲げていることも、それに拍車を掛けている。
何せ嫁に人族がいないのだから、内心はどうあれ表立って差別をすることはできないだろう。
そのため、今ならば亜人傭兵を雇ってもそれほど問題はないだろうと判断し、今回の訪問のついでにチャレスに申し出たのだ。
「そんなのお安い御用だ。我々獣人は勇猛な戦士ぞろいだ。血の気の多い者は勝手に出て行き冒険者になったり、ノースライト辺りで魔王軍と戦ってる程だからな。秀雄が声を掛ければ、わしも含む猫族の戦士達はすぐにでも援軍に向うぞ」
彼は酒の勢いも手伝い二つ返事で受けてくれた。
「チャレスさんが援軍としてくれば百人力ですね。しかし非常時はそれでも良いのですが、別口で松永家に仕官したいという有能な人材はいませんかね。図々しいのは承知の上で申し訳ありませんが、当家は急激に伸張したので人材不足が最近顕著に表れてきたのです」
ここは娘婿のために一肌脱いでくれと淡い期待を抱きつつ、駄目で元々で尋ねてみた。
チャレスクラスは無理でも、チッチ程度の腕前の者でも十分に役に立つからな。
もちろんシスコン兄のような性格でないのが大前提だがな。
するとチャレスは少し思案顔になった。
適当な人物はいないか検索をかけているのだろう。
そして少し間をおいて口を開く。
「ううむ、本音を言うとワシが参戦したいのだ。しかし地位によりそれは不可能。しかし息子となった秀雄の頼み聞かぬわけにはいかん。そこでだ、しばらく時間をくれ。これから全猫族に声を掛けてみようと思う。さすれば秀雄が求める者が見つかるはずだ」
お義父さん本当に感謝します。
話し声がうるさいなどどと思ってごめんなさい。
猫族の村はこの近辺に十箇所ほど点在するらしい。
この村の人口は百人程なので、単純に計算して千人に声を掛けることになる。
これならば何人かは要請に応じてくれそうである。
「それは心強い。まさかここまでの配慮してもらえるとは思ってませんでした。心よりお礼を申し上げます」
「いいってことよ。俺と秀雄の仲じゃないか。余計な気遣いは不要だわい」
俺が畏まり頭を下げたからなのか、彼は少し照れくさそうな感じではあったが、嬉しげな面持ちであった。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせてもらいます」
と言うと、俺はチャレスが飲み干したグラスに持参したワインを注いでやる。
手土産に高級ワインを十ダースも持ってきたのだ。そして彼もそれを一気飲みする。
その瞬間、無言ではあったが心が通じ合った気がした。
そしてそのまま宴会は夜更けまで続き、もちろん二日酔いとなり翌朝を迎えるのであった。
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翌朝、頭が痛いというのにチャレスに叩き起こされた。
昨晩水のようにガブガブ酒を飲んだ癖にケロっとしている。
獣人の毒素分解能力は人族のそれより大分優れているようである。
まあチャレス限定かもしれないがな。
頭痛を我慢しながら庭へと向うと、そこには既にニコライ、ヒョードルと、チッチら村の若衆が模擬戦を行っていた。
二人は昨晩コンディションを整えるとかなんとかで、酒を控えるほど気合が入っていた。
俺が見ている手前、負ける訳にはいかないだろからな。
殊勝な心がけである。
そして今目の前ではニコライとチッチの大将同士の大一番が行われていることろだ。
戦況は互角、ニコライはバレス譲りの体格で相手を力でねじ伏せようとしている。
一方チッチは猫族特有の俊敏性でニコライの攻撃を避けカウンターを狙っている。
二人の実力を知っている俺から見たら、この勝負若干ニコライが有利かと思っていたが、チッチが予想以上に成長していて驚いた。あれから猛特訓したのであろう。
そのお陰で十分程経過しても膠着状態が続いている。
このままでは埒が明かないので、ニコライに叱責を飛ばす。
「とっとと決着をつけろ。お前の力はこんなものか!」
その言葉を受け覚悟を決めたニコライは思い切り踏み込んで、チッチの顎を目掛けて突きを放つ。
チッチもどうにか避けてカウンターを狙おうとする。
しかしニコライの突きがチッチの顎をかする。
脳が揺れバランスを崩したチッチにニコライは追い討ちを掛ける。
勝負あったな。
俺はそう思ったが、なんとチッチがほんの一瞬だが獣化したのだ。
ニコライの突きを避けるだけが精一杯だった。
そして元に戻ったチッチは今の獣化で相当体力を使ったようで、肩を揺らしながらで呼吸をしている。
「これまでだ」
俺が止めようと思ったが、その前にチャレスが気を利かしてくれた。
するとやっと終わったのかといった風に、二人は大の字になりその場で倒れこんだ。
長丁場だったので相当体力を消耗したようだ。
今回はニコライが勝てたが、チッチが獣化をものにすれば立場は逆転するかもしれないな。
だがそれにしても好勝負だった。
チャレスも満足げな表情だ。あの精神状態からここまで回復したのだからな。
「お疲れ、よくやったぞ」
俺はニコライに近づき労いの言葉をかける。
「はぁはぁ、ありがとうございます」
彼もなんとか勝てて安堵の笑みを浮かべている。
俺は彼の肩に手を当ててから、チャレスの元へと戻る。
「チッチも随分と成長しましたね。あの年で獣化ができるとは大したものです」
決してニコライを自慢する発言はしない。
それをしたら、チャレスが出張ってきて俺が相手をするはめになりそうだからである。
「ああ、あれからワシが毎日相手をしてやっているからな。それにしてもあの小僧もやりおる。ワシが今から実力を確かめてやろうか」
「ええ、まだまだ元気ですのでぜひお願します。彼等にとってもいい経験になるでしょうしね」
頑張れ二人共。
これも将来のためになると思うぞ。
俺はこれから嫁達と朝飯を楽しんでくるからさ。
「お前ら、頑張れよ。多分死ぬことはないから安心しろ」
二人にそう告げると、俺はチャレスにあとはご自由にとばかりに視線をやり、そそくさと家の中へと入っていった。
すると既に、皆はチャレスの妻セリナさんが用意した朝食をご馳走になっていた。
「おはよう。セリナさん朝早くから有難うございます。チカもちゃんと手伝いましたか?」
「ええ、皆さんとてもいい娘さんばかりで。いいって言うのに色々とご協力してもらいましたわ。もちろんチカにもしっかりやらせましたわよ」
セリナさんはにこりと笑いながら話しかけてくれた。
「それを聞いて安心しました。お世話になってばかりでは気が引けますからね」
「そんなこと気にしなくていいんですよ。娘婿なんだから、我が家だと思ってくつろいで頂戴」
「有難うございます。では頂きますね」
「ええ、沢山食べてくださいね」
お言葉に甘え、俺は腰を下ろしパンにかじりつく。
そして食事中、彼女に教皇の秘薬について質問してみることにした。
「ところでセリナさんは魔防を増強させたり、体力を著しく回復させる秘薬の存在は知っていますか?」
「んー、そんな薬あったかしら。今思い出してみるから少し待って頂戴ね」
彼女は台所に立ちながら思索にふける。
しばらく長考し続けて何か思い出したのか、自信が無いことを前置きしてから語り始めた。
「私はそんな薬聞いたことはないわ。でも、もし私が作るとしたら、ありえないくらい魔力が凝縮されている鉱石を粉末にして薬に練りこむわね。そして、それに用途に応じた魔獣の素材と組み合わせるの。それも生半可なのじゃ駄目。例えば回復薬なら最低でもユニコーンの角くらい希少価値がないと、秘薬と呼べる代物は作れないわ」
おっと、ベルンハルトちゃんの嘶きが聞こえた気がしたが……、空耳だったな。
それはいいとして、秘薬の素材は教皇が独占しているのだろうな。
これではセリナさんに頼んで自前で作ることはできないか。
「そうなのですか。これで教皇の力の源泉が分かったような気がしました。また薬関係で何かありましたらご質問させてください」
「大して力になれなくてごめんなさいね。いつでも力になるから遠慮なく聞いて頂戴ね」
「ありがとうございます」
そして俺達は皆で朝食を取る。
食後様子を見に行くと、ニコライとヒョードルはボロボロになっていた。
俺は二人を回収して、二人にはクラリスの拙い回復魔法を何発かかけてやり、怪我を治してやった。
しばしの休息を挟んでから、ここから出立することにした。
俺は集めた人材の面接を行うため、帰り際にもう一度寄るとチャレスに伝えてから、猫族の村から出る。
そしてビアンカの故郷を目指し細道を再び前進するのであった。