第六十二話 ギルドでお話
城を出て冒険者ギルドへと歩を進める。
正直ギルドに行くのは久しぶりだ。
地竜を軽々と倒したためAランクに認定されてからは、依頼は暇つぶし程度にしか受けていない。
この辺りは強力な魔獣はほとんど出現しない。
出てもBランク程度だろう。
そのため進んで依頼を受けるメリットもない。
Aランク台の強力な魔獣が出現するのは代表的な所だと、大山脈の南端の龍の棲家付近に行くか、ここからかなり南にある大森林に行くか、若しくはステップ地帯に行くかといったところだろうか。
他にもナヴァール湖の水竜に代表されるように、所々に強力な個体は散在するらしいが、多くの魔獣が集まっているのは先程の三箇所だろう。
亜人領域における魔獣については情報量が少ないので詳しくは分からない。
ウラール地域は辺境なので、冒険者ギルドが所在しているのは主要な都市に限られている。
そうでないと費用がかかりすぎて採算が合わないのだろう。
そんなことを考えているうちに、俺達は無事冒険者ギルドへと到着したので建物へと入る。
俺のことを知らない者は領都のギルド内ではもちろんいない。
領主としても、Aランク冒険者としてもである。
「こんにちは。マスターは居るかな? 少し話したいことがあるんだ」
受付嬢に挨拶をし用件を伝える。
「はっはい領主様。マスターなら暇してますのですぐに呼んできます」
受付嬢はしれっとマスターの悪口を言ってから、足早に奥へと入っていった。
「領主様、こちらでお待ち下さい」
俺達は他の職員に案内され応接室へと向う。
部屋へ入りソファーに腰掛けようとしたとき、ギルドマスターが駆け足で部屋へと入ってきた。
随分早い、やはりギルドマスターといえど権力には弱いものだな。
「松永様、お待たせして申し訳ありません!」
ドタドタとマスターが入ってきた。
中年太りのおっさんである。
「いや、こちらこそいきなり押しかけて済まないな。今しがたギルドへの依頼を思い立ったので、早速訪れたのだよ」
マスターにそのように告げると、俺は受付嬢から差し出されたコーヒーをすすりながら、直立不動の彼に椅子に座るように促す。
「これは失礼しました。本日は何かギルドに依頼があるとのことですが、どのような案件なのでしょうか」
彼もコーヒーを一口すすり、一息を入れてから話を進めてきた。
「実はな、今度領都で採用試験を行うことにした。ギルドにはその参加者を集めて欲しい。当家は急激に領土を拡張したため、それに見合うだけの人材を求めている。しかしウラールのみではそれも限界があるだろう。なのでギルドの力を借りて、各地から人を呼び寄せる必要があるのだ」
するとマスターは膝をぽんと叩き笑みを浮かべる。
「そういうことならば我々にお任せ下さい。ギルドの持つ組織力を生かせばウラールに限らず、多方面に通達することができます」
俺も彼に釣られて膝を叩く。
「それは有り難い。試験は三ヶ月後を予定している。そのときに領都へ集まるように調整しておいてくれ。それで費用はいかほどか」
二ヵ月後に戦を控えているので、直前に間者が紛れ込まないように三ヶ月後に試験日を設定した。
「松永家のために無料と言いたいところなのですが、流石にそれは厳しいです。ここは一人当たり紹介料として小金貨五枚で如何でしょうか」
そうすると百人集まると金貨五十枚か。
なかなかの出費だな。
だが各地のギルドに求人広告を出すと考えれば安いのかもしれないな。
コンチンも相場が分からないようで、首を振っているのでここは言い値で受けるとしよう。
「それで構わない。取り合えず手附として金貨十枚は支払っておこう」
手を抜くなという意味も込めてマスターに金貨を手渡す。
その枚数は十二枚。差分の二枚は彼への心遣いだ。
「あっありがとう御座います。今後も領主様としましても、また冒険者としましてもご高配のほど宜しくお願い致します」
彼は手を揉みながら謝礼を述べてきた。
これからは持ちつ持たれつでやっていこうじゃないか。
ギルドのような巨大組織を相手にするほど俺も馬鹿じゃないからな。
「もちろんそのつもりだ。そうそう、今度シチョフにある温泉に招待してやる。ここはこれから観光地として開発する予定だから、ぜひ一度味わっておくといい」
このクラスの人物をフェニックスの間に招いて、コンパニオンを呼び、酒と女で骨抜きにしてやれば、今後さらに良い関係が築けるだろう。
「格段のご配慮感謝いたします。ご招待されましたら、ぜひお呼ばれさせて頂きます」
彼は手を揉みながらさらに上下に動かして謝意を示す。
「おう、楽しみにしておけよ。では俺達はこれで失礼する」
「わざわざご足労おかけしまして失礼致しました。今後はお呼びくだされば城へ伺いますので、遠慮なくお申し付け下さい」
「承知した、ではまたな」
俺達はマスターら職員たち数人に見送られながら冒険者ギルドを後にした。
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城へと戻り、行うべきことはバラキン領とエロシン領東部の分配である。
人材不足といっても当分は今の面子で運営していかなければならないので、誰かしらを加増せねばならないだろう。
となると適当なのはバレス隊の面々だろうな。
彼等三十名は誰一人取ってみても、百名程の兵を任せられる実力は兼ね備えるまでに、成長したように思える。
ならば彼等に五十石を加増するとしよう。
そしてナターリャさんに三百石、レフとセルゲイに二百石の加増をしよう。
あとはバレスに三百石とコンチンに二百石だな。
これ以上一気に加増すると、二ヶ月後の戦の準備に支障がでてくる可能性がある。
後はチェルニー家に割譲するのが千五百石となる。
今回の戦で得た領地は六千石程なので、残りの千八百石のうち八百石は手柄を立てた兵士達に分配してやろう。そうすれば兵達の士気も上がるだろうしな。
あと壱千石は直轄地だ。
論功行賞は皆が戻ってから開くとしよう。
加増の件はこれでいいとして、一つ気になる点がある。
今は八月で夏真っ盛りである。
つまりガチンスキー領侵攻を予定している二ヵ月後は、暦の上では九月半ばになる。
丁度この時期は春に播種した大麦の収穫をし、翌月には小麦やライ麦の播種もせねばならない。
これだけなら春と変わらないのだが、秋は税を調達する時期にもなる。
そのため人手が足りず動員兵力が落ちる可能性がある。
もちろん松永軍の半数以上は戦衆を常備兵化しているので問題ない。
しかし新たに獲得したマツナガグラード周辺やバラキン領などは、未だ戦衆を農業から完全に切り離せてはいない。
そのため百人から二百人程度は動員することができないのは覚悟しておくべきだろう。
一方攻め込まれるガチンスキー側は、逆に収穫前の麦畑を荒らされたら困るので必死に抵抗してくるだろう。
この話を聞くとこの時期に攻め込むはどうかとも考えられるが、松永家は背後に敵がいないため、ほぼ全兵力を投入できるので兵数的には問題がない。
また停戦切れ直後の間隙を狙った奇襲ならば、ピアジンスキー軍がどれほど早く動こうとも、間に合うことはないと考えている。
であるから兵数は減るというデメリットはあるもの、それを上回るメリットの方が大きいため、予定は変更せずにガチンスキー領に攻め込む予定でいる。
「ふう、まあこんなところだな……」
俺は懸念事項についてひとまず頭の中を整理したことで、ほっと一息つく。
「そういえば、チカはどうしているだろうか」
目をつぶりながらぼーっとしていたら、ふと思った。
彼女は旧クレンコフ領内にある忍の里で猛特訓を積んでいる最中だ。
戦まで少し間が空くので論功行賞を終えたら、家族全員で視察がてら顔を出してみることにするか。
そんなことを考えていると、日々の疲れが溜っていたのか急に眠気に襲われ、程なくして意識が落ちた。