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第六十一話 教皇についての話

 その後、リリとクラリスに見つかることなく楽しいひとときを過ごし、翌日には温泉街に別れを告げてマツナガグラードへと戻っていた。

 もちろん帰りもクラリスをおぶり、リリを頭に乗せながらである。


 そして今は執務室で一人、先の戦いで気になった点や、今後の展開について考えているところだ。

 

 今回の戦で、ウラールにおける我々の地位は揺るぎないものとなった。 

 残すはエロシン、ガチンスキー、バロシュの三家。

 しかしこの三家の裏にはピアジンスキーが付いている。


 ピアジンスキー騎馬隊の精強さは今回身をもって体感した。

 ゴロフキンはマヒ毒霧のお陰で動きは鈍かったが、本来の実力はあんなものじゃないだろう。

 あのクラスの将が率いる軍団があと三つか。

 全てが自由に動けるわけではないにしても、松永家にとっては脅威だ。

 またピアジンスキー軍の騎馬の多さにも驚いた。

 今回は行軍速度を重視して多方面から騎馬をかき集めたのだろうが、それでも全軍の半数程は騎兵が占めていると考えたほうがいいだろう。


 であるならば松永家が単独でピアジンスキー家を攻略するのは、できないことはないが建設的ではない。

 やはりここは他家の力を利用させてもらうのが最善だろうな。

 となると第一候補に挙がってくるのはやはりドン家であろう。

 ドン家がピアジンスキー家の背後を狙ってくれれば、こちらに回せる戦力も減るだろう。


 次はミュラー家にコラー家だな。

 この二家はさらに南に位置するシュトッカー家と三国同盟を結んでいる。

 シュトッカー家の人口は二万人だ。

 現在三家が手を組んでドン家と争っている。


 そのためドン家とシュトッカー家の両方に、良い顔をすることはできないだろう。

 もしそのようなことをしたら、たとえ友好関係を結べても信用を無くすのは間違いない。 

  

 ならばまずはドン家に接近して、無理ならばシュトッカー家に標的を変更する流れで行こう。

 ホフマン家は既に俺の頭の中では敵対勢力だ。

 ピアジンスキー家連合を攻略した後のターゲットとして補足してある。

 

 コンコン。

 扉を叩く音が聞こえる。コンチンだろう。

 彼には質問したいことがあったので、呼んでおいたのだ。


「入っていいぞ」

「失礼致します」


 カチャリと扉を開いて部屋へと入ってきたのはやはり彼だった。


「よお。まあ座ってくれ」

「では遠慮なく」


 彼が椅子に座るのを確認してから、俺は本題を切り出す。


「実は先の戦で敵将のゴロフキンが気になる言葉を吐いてな。なんでも教皇から賜った秘薬を飲むと魔防が飛躍的に上がったんだ。お前なら何かしら知っていると思ってな」


 南方諸国の南部に教皇領があるのは知ってはいる。

 しかし辺境であるウラールでは宗教に関する話題は出てはこなかった。

 せいぜい旧エロシン領内に幾つかの教会がある程度である。

 あと十分の一税のうち幾許かを教会に寄付していたようだが、俺はその税目を廃止して、別枠で教会への寄付はしている。

 特に教会からはなにも言われなかったので、ここまで気にしてはいなかった。 


「私も田舎者なので詳しくは分からないのですが、教会に寄付した金額の累計額の多寡により、色々と品を貰えるらしいです。例えばクラリス嬢が所持している、ヴィクトルの家宝などは教皇から下賜された品だそうです」

「つまり教皇を中心とする教会はブーストアイテムを餌に金を集めている。そしてその資金力を背景に、諸国に対し影響力を強めようとしている、という解釈でよろしいか」

「はい、教皇領にはなんでも希少な鉱石が産出されるらしく、それを元にマジックアイテムを下賜しているようです。また門外不出の製薬技術を保持しており、それを元に個人の能力を高める薬を精製していると思われます」


 随分とあくどい商売をやっているようだな。

 ゲームで官位を与えると能力が伸びるというブースト方法があるが、教会は正にそれだな。

 どうせ寄付額に応じて適当な役職を与えては、アイテムも下賜する感じだろうな。

 

「そうか。だから金の無いクレンコフ家やロマノフ家のような弱小は相手にされなかったわけだな」

「恐らくそうであるかと……。ヴィクトルの宝石クラスでさえ家宝になりますので、鉱物の産出量もそれ程多くないと思われます。薬の方も原料が希少な素材を使用していると思われますので、ピアジンスキー家は相当な額の寄付を行ったのでしょうね」


 つまり今出している寄付金では少なすぎるということか。

 現在松永家からは年間金貨百枚程度。

 これでは貰えるはずもないか。

 無論教皇からの使者すらもきていない。

 松永家は新参者の貧乏領主と思われており、教皇側も相手にする気がないのだろうな。

 

 宝石の件はともかく、薬に関してはチャレスの奥さんの……えーセリナさんに現物を持っていけば、複製できそうな気もするけどな。


 まあ教皇を怒らせるとろくなことがなさそうなので、これからは寄付金は少し増やしておくことにしよう。

 金払いが悪いことを理由に、破門を言いつけられたらやばそうだからな。


「お前の話だと、教皇側は宝石も薬も大量生産はできないようだな。若しくは他家の力を抑えるために、敢えて生産量を少なくしているのかもしれないが」


 もし後者だとしたら、教会のやり方は褒められたものではないが、実に効果的だと思う。

 南方諸国では宗教など無縁だと思っていたが、どこにでも文明があればそのような勢力存在するのだな。

 今回はちゃんとした対価があるだけ随分マシだと思えるが。

 盲目的に神を寄付すれば救われる的な、半ば詐欺のような手法に比べたら可愛いもんだ。

 まあ諸侯もバカではないので、そんな教えにはそっぽを向いてきたのかもしれないがな。


「その可能性もありえますね。教皇に属する兵全員に宝や薬を全員に配れば、それだけで精鋭部隊の完成ですからね。ですが教皇領はここからはるか遠くにありますので、詳しい情報は入っていません。なので今の話の内容は推測に過ぎませんがね」


 考えれば色々な憶測を呼ぶが、事実が判明するわけではない。

 この件に関しては機会があったら教会で聞いてみるか。


「そうだな。まあ今教皇について考えるのは時期尚早だ。まずは対ピアジンスキー家について考えねばならんな」

「わたくしもそう考えます。まずは停戦期間を生かしてチュルノフ家としっかりと手を結ぶことでしょうね。そして次なる標的はガチンスキーが良いかと思います」


 俺もコンチンの意見に賛成である。

 チュルノフ家も傘下に入ればエロシン家を三方から囲めることになる。

 大軍で包囲するように攻め入れば、ピアジンスキーの騎馬隊が迅速に各個撃破でもしない限り、跳ね返すのは難しいだろう。

 そして次なる標的もガチンスキーならば二方向から攻め入ることができる。 

 同時にエロシン領やバロシュ領にも攻め入れば、敵は全力をガチンスキーへ送ることはできないはずだ。

 それに、そろそろエゴールにも本気で戦ってもらわなければならないだろう。

 

「チュルノフ家とは当然結ぶとして、ロマノフ家は十分兵を集めることができたようだな」


 ロマノフ家は松永家と結んだことで、戦費という名目での謝礼金を支払っている。

 それを元手にきたるガチンスキー戦へ向けて力を蓄えているそうだ。


「はい、現在すぐにでも百五十の兵を動かすことができます。兵の錬度もクレンコフ流軍学を取り入れることで以前より上昇しているようです」

「彼も頑張っているようだな。ガチンスキーを取り、早くマリアを迎えたいとでも思っているのかもな」


 エゴールは鼻に付くところはあるものの、一定の信頼は置ける同盟者として俺は認識している。

 マリアの輿入れを所望したということは、自ら松永の身内となることを表明した意味を持つからだ。

 つまり余程の利害関係の相違が表れない限りは、ロマノフ家の裏切りはないと思う。


「ふふ、そうかもしれませんね。しかしロマノフとガチンスキーとの因縁は数代前まで遡りますので、そちらのほうが大きいかと思います。まあ、私は正直どうでもいいのですがね」

「エゴールのことだから女にうつつを抜かしはしないか。しかしここまで用意万端なら、次の標的はガチンスキーでいいだろう。停戦期間が明けると同時に攻め込むとしよう。卑怯かもしれないが、停戦最終日に領境ギリギリに兵を配置させ、停戦が切れる翌朝に進軍開始だ」


 これならばいかにピアジンスキー軍が迅速といえど、そう簡単に援軍が間に合うとは予想しがたい。


「ははは、秀雄様もえげつないことを考案されますね。確かに少々礼に反するかもしれませんが、敗者に言葉はありませんから問題ないでしょう」

「話が分かるじゃないか。ではこれで決まりだ。根回しが済んだら教えてくれ。評定を開き正式に決定するからな」

「かしこまりました」


 これで次なる戦がほぼ決まったな。

 それまでにはマツナガグラード周辺の兵の錬度を上げておきたい。

 今の錬度ではまともに戦ったら蹴散らされるのは目に見えている。

 なんとか三対一で互角になるまでは持っていきたい。

 

「あとは、バラキン領とエロシン領東部の分配についてだが、正直人材不足で任せられる者がいない。誰か適当な奴はいないだろうか」

 

 急激に拡張した見返りにそろそろ人材不足が露見してきた。

 この辺境では有能な人物はそう多くはない。

 マルティナは俺の嫁なのでなるべくなら領地経営はさせたくはない。

 

「私もこれといって推薦できる者はおりません。今度マツナガグラードで大々的に人材登用を呼びかけてみてはいかがでしょうか。埋伏の毒が入ってくる可能性も否めませんが、背に腹は変えられません」


 それは俺も考えていたが、他家のスパイを恐れてなかなか踏み切れなかった。


「それしかないか。そろそろ他国からも募るしかないな。どちらにせよ幅広い人材は必要だ。覚悟を決める時だろう」

「そのような時期が訪れたのかもしれませんね。このままでは人手不足で家中が回らなくなりますからね」


 コンチンの言葉に頷く。


「ではギルドを経由して布告を出してもらおう」

「承知いたしました」


 俺は決めたとばかりに立ち上がり、コンチンを引き連れて自ら冒険者ギルドへと足を運ぶことにした。

 

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