第六十話 クラリスとリリとで温泉
ウラディミーラと挨拶という名の会談を済ませてからは、予定通り昼食をとるために食堂へと向った。
既に腹を割った話をしお互いに合意に達した後なので、場の雰囲気も乱れることもなく、皆で和気あいあいとランチを取っている。
そこで俺はウラディミーラに、チュルノフ家へ対しての工作をお願いすることにした。
「先程はいきなり種をくれなどと、突拍子もないこと言われたので忘れていたが、ウラディミーラさんにはチュルノフ家が松永家と結んでくれるように働きかけて欲しいんだ」
チュルノフ家は地理的に三勢力と隣接しているため、松永家の申し出をホイホイと受け入れることはできなかったのだろう。
だが今回の会戦で松永家がピアジンスキー軍を打ち破り、エロシン家東部の半分にバラキン領の国力が増加することに至った。
これにより当家の名声はさらに上昇しただろう。
そしてさらにチェルニー家も松永陣営に加わったとなれば、彼等も重い腰を上げてくれるかもしれない。
「それはもちろん致します。現チュルノフ家の当主は私の祖父になります。孫の願いならば聞き入れてくれるはずですよ、秀雄様」
既に松永様から秀雄様へ呼び方がランクアップしている。
二十数年間こじらせてきたとは思えないほどのアグレッシブさだな。
「あっ、ああ。そうしてくれると嬉しい。当家は新参なので、ドン家やホフマン家からは思うように相手をしてもらえなくてな。友好的な勢力を求めているんだよ」
「そうだったのですか。置かれた環境は私達と似ていますわね」
「かもしれないな。ウラールで満足するのならそれでいいのかもしれないが、更なる飛躍を考えるとな……」
「秀雄様は大望をお抱きになっておられるのですね。私も微力ながら助力させていただきます」
「有難う。期待しているよ」
ウラディミーラの言葉通りならば、チュルノフ家も加わることで、ウラールの八割近くは勢力下に収めることができる。
そうなれば随分楽になるなと思いながら、ワインで口を湿らせ一息入れる。
「そろそろ堅苦しい話は終わりにしよう。後は皆で食事を楽しむことにしよう」
チュルノフ家へ働きかけることへの言質も取れたので、後は皆に好きなように喋らせ、俺は酒を呷りマルティナの視線から逃れることに腐心した。
会食後ウラディミーラ達には、チュルノフ家への働きかけのために領地へと帰還してもらった。
彼女達には連絡を円滑にするために、ピアジンスキー家から鹵獲した騎馬十頭を差し出した。
チェルニー領からマツナガグラードまでは、交通の便も悪く距離も離れているからである。
もちろん彼女らに大変感謝されたのは言うまでも無い。
ピアジンスキー家の騎馬は、一頭当り金貨三十枚はする代物なので、弱小勢力のチェルニー家では簡単に手を出せる品ではないのだ。
ウラディミーラ達が帰還している間、松永軍はバラキン領を完全に支配下に置き、戦後の領地分配についても考える必要がある。
そのため、俺はビアンカ、コンチン、三太夫と合流し一度マツナガグラードへと戻ることにした。
バラキン領の掃討戦はナターリャ、セルゲイの二人に任せることにした。
そしてエロシン領東部でビアンカらと落ち合い、その場にはレフを残して、残りの面々はマツナガヅラードへと舞い戻った。
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領都へと到着した一行は旅の疲れを癒してから、戦後処理にあたることになる。
しかしここで俺に家庭内問題な生じた。
クラリスの機嫌がすこぶる悪いのである。
遠征の際はいつも一人でお留守番をしているので、寂しい思いをしているようだ。
しかし、自分は戦えないので我慢してきたのだが、ついに我慢の限界を迎え癇癪を起こしてしまった。
仕方がないので今日はリリとクラリスの三人で、視察を兼ねて再び旧シチョフ領へと温泉に向っている。
リリも連れてきたのは、前回の戦で大活躍をしたご褒美である。
マヒ毒で敵を無力化させ、敵将のフローラを生け捕った功績は戦功第一であろう。
ただ彼女に領地を与えても意味が無いので、このような形で温泉に連れて行くことにしたのである。
あとクラリスと二人で行くと、逆にリリが不貞腐れるので、それを避けるための苦肉の策でもあるが。
ということで俺達三人は出会った頃のように、クラリスをおぶり、リリが俺の頭に座るスタイルで街道を驀進し温泉地へと到着した。
再度訪れた温泉街は、前回と比べてそれ程代わり映えはしていない。
今のところ街道を整備する余裕もないので、馬車すら通せていないのだ。
唯一の変化はコンパニオンが何時でも派遣できる体制を整えた程度だろう。
現状彼女達の給料分が赤字だが、そこは将来の投資として考えている。
さて俺達はまた組合長に顔を出し、用意されたフェニックスの間へと向った。
部屋の中は相変わらず豪華な造りである。
訪れるのは二度目なので、俺はそれ程驚くこともなくウエルカムドリンクとして置いてあったワインを一杯飲んでから、二人に引っ張られて露天風呂へと向った。
「熱いのじゃー、顔に掛けるのは無しなのじゃー! このっ、このっ」
「へへへー、ここまで届くかなー」
「飛ぶのも無しなのじゃー! お兄ちゃん、妾を持ち上げるのじゃー」
クラリスが俺に二人のじゃれあいに参加するように要請してきた。
仕方ない、家族サービスと思い付き合ってやことにするか。
「わかったよ、そら、落ちるなよー」
俺は裸のクラリスの腰を持ち高々と上げてやる。
そして彼女は手を窄めて水鉄砲をリリ目掛けて発射する。
「きゃー、熱いー」
リリは避けるもできたと思うが、クラリスを気遣いわざと受け止めてくれたようだ。
「やったのじゃー、お兄ちゃん、もう降ろしてくれてもいいのじゃよ」
「はいはい、これでいいか」
クラリスは気が済んだようなので、そっと湯の中へ入れてやった。
あとは二人で仲良く泳いでてくれ。
流石に俺もせっかくの温泉なので、ゆっくりしたいからな。
湯から上がり、お次は豪華料理に舌鼓を打ちながら、コンパニオンと楽しくお遊びしたいところだが、今日はそうもいかないだろう。
リリの風魔法で体を乾かしてから、湯冷めをしないように厚着をして、温泉街を一回りする。
視察を兼ねた散歩だ。
前回から変わったことといえば、温泉卵を売り出す小店ができたくらいだろうか。
あとは一軒、コンパニオン専用の旅館を建設しているだけだ。
ここが完成したら領内の小金持ち達を、割引料金で一度呼んでやるとしよう。
一度美味しい思いをさせてやれば、味を占めてまたくるだろうからな。
あとフェニックスの間も一般開放する予定でいる。
こちらは一泊金貨二枚を取る予定だ。
スイートルームばりの価格設定である。
この部屋は維持費だけでも大変なので、収入を得なければ赤字続きになるから仕方が無いのだ。
あとはカジノや競馬場など作りたい施設はあるが、これ程の規模になると現在の資金力では厳しい。
さらに当家が大きくなったときのお楽しみとして取っておこう。
さて領内も一回りしたところで、俺達は部屋へと戻り豪勢な料理に舌鼓を打つことにした。
前回リリとクラリスには不評だった珍味は、ポテトフライなどのお子様向けに変えてある。
そして三人で美味しい料理を食べてから、再び温泉に入り汗を流した。
あとは寝るまでの時間に、リバーシをしながら暇を潰すことにした。
ひっくり返す有名なやつである。
このゲームは、ここでも既に知れ渡っているので、俺が開発し、一儲けとはいかないようだ。
さてそろそろ寝る時間だ。
クラリスを抱き上げ布団に入れようとしたとき、彼女がお願いをしてきた。
「お兄ちゃん、これからは妾も戦に連れて行って欲しいのじゃ。少しは魔法を使えるようになったし、役に立てると思うのじゃ」
うむー、クラリスが寂しい気持ちは分かるが、それは危険すぎる。
「それはダメだ。戦場は子供のくる場所じゃない」
クラリスには悪いが、ここがビシッと言わねばなるまい。
「そんなー、お兄ちゃんのバカー! 妾はもう一人前の魔法士なのじゃー! この腕輪で魔力も一人前なのじゃー!」
うん、なんだこの腕輪は。
ああっ、これはヴィクトルが持っていた家宝の宝石だ!
戦後処理をナターリャさんに任せていたから、存在自体すっかり忘れていた。
まさかクラリスの手に渡っていたとは思いもしなかったわ。
恐らくその家宝は魔力自体を一割程底上げする効果があるのだろう。
以前皆に買ったルビーは、一パーセントにも満たない程度しか効果がない。
一割も上がれば家宝といわれるのも納得だ。
「それでもようやく一人前の入口だ。せめて中級魔法を使えるようになるまで、戦場に出す訳にはいきません。子供の体では、襲われたらその時点でおしまいなんだらな」
せめて体が出来上がるまでは安全にして欲しいと思うのは親心だ。
「むうー、なら中級魔法ができればいいのじゃなー! リリ、明日から特訓開始じゃー!」
「しょーがないなー。クラリスが可哀相だから付き合ってあげるよー」
やばっ、クラリスがやる気マンマンになってしまった。
リリも本格的に協力するみたいだし、下手すりゃすぐに成長するかもしれん。
まあそのときは。約束した以上クラリスも連れて行くことにするか。
クラリスは言いたいことが言えてスッキリしたのか、そのままベッドまで連れて行くとすぐに寝入ってしまう。
リリも疲れていたのか、彼女の隣で眠りについた。
さてこれからは大人の時間だ。
俺は二人に気付かれないように部屋を抜け出し、コンパニオンが待つ館へと忍び足で向うのであった。