表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/167

第五十八話 戦後処理

 既にピアジンスキー軍は退却してここにはいない。

 俺達は死体の処理をしてから、兵達に酒を振る舞ってやり、簡単な祝勝会をおこなっている。

 摘みは先程殺したばかりの新鮮な馬肉だ。

 バイコーンの死体はゴロフキンの目の前で埋葬してやった。

 本当は食べたかったのだが、交渉を優位に進めるために仕方が無かったのだ。

 

 このようにできる限りは、ピアジンスキー側に対し色々と気を使ってやったので、ゴロフキンは帰り際に頭を下げてくれた。

 フローラはベルンハルトちゃんを宥めるのに精一杯で、俺に罵声を浴びせる余裕など無かったようだ。

 

 さてようやく落ち着くことができたので、ひとまず我が軍の被害状況を整理しよう。

 現在、ビアンカとセーラに各部隊の点呼をさせているところである。

 もうそろそろ……、丁度帰ってきたようだ。

 

「秀雄様ご報告いたします。我が軍の被害は死者二十二名に重傷者が三十一名です。軽症の者も五十名ほどいると思われます」


 かなりの被害を出してしまったな。

 やはり側面からの奇襲が痛かったようだ。

 あの場にサーラがいなかったらさらに被害が拡大していただろう。

 後でまた耳を揉んでやるとするか。


「ご苦労さん。二人もこれでひとまず仕事は終わりだ。皆と共に宴を楽しむがいい、遠慮は無用だ。俺も後から行くから肉を確保しておいてくれ」


 ビアンカは戦闘以外では俺の側を離れることを嫌うため、適当な理由をつけて先に楽しんでもらうことにした。

 サーラはすでに馬肉に目が行っており、ゴクリと生唾を飲み込んでいる。


「分かりました。ではお肉をお取りしてお待ちしております」

「ありがとうございますぅ。ちゃんと秀雄様の分は残しておきますねぇ」


 二人はそう一言添えてから、礼をして天幕を退出した。


「これでエロシン方面軍のすべきことは無くなった」


 俺は一人残された天幕の中で呟く。


 ピアジンスキー家との停戦交渉もまとまったので、これ以上エロシン領内を進軍することはできない。

 後はナターリャさんからの連絡待ちと言いたいところなのだが、先程彼女からバラキン村を落としたという連絡がタイミング良く入った。

 チェルニー家が援軍を送ってくれたため、思いのほか早く落とせたらしい。


 ならば今夜の祝勝会を済ませたら、明日にバラキン領へと赴き、チェルニー家の当主と会談をすることにしよう。

 わざわざ当主が援軍に出張ってきたらしいので、挨拶をしておかなければ礼を失するだろう。

 

 さて一人で頭を悩ませるのはこんなものにして、今晩は皆と共に勝利の味を噛み締めよう。

 なんだかんだいっても、ピアンジンスキーの騎馬隊を撃破したのだからな。

 

 俺は椅子から立ち上がると、天幕から勢いよく飛び出し、宴の輪へと入っていった。



---



 宴会は大いに盛り上がり、つい俺も飲みすぎてしまったようだ。

 既に皆はいい具合で酔い、先程床についた。

 一方、俺は酔いを醒ますために、ゴクゴクと水を一気飲みしているところだ。


 というのも、ついさっき三太夫が戻ってきたからである。

 ドン家とホフマン家からの親書を携えてだ。

  

 今日は色々あったので明日に回そうかとも思ったのだが、三太夫が息を切らしながら届けてくれたさまを見て気が変わった。

 俺は眠い目を擦りながらも天幕へ向い、三太夫から差し出された親書の封を開く。

 そして両家の親書の内容を読み比べながら、さっと要点を掴む程度に目を通した。


 頭が回っていないので、読んでみて率直に思ったことを表わすとしよう。

 

 まずホフマン家は駄目だ。

 三太夫を何日も待たせた時点で気に食わなかったのだが、この親書に書かれている内容はあまりにも尊大である。

 ホフマン家は歴史ある名家故のプライドなのだろうか、松永家のことを完全に格下に見ているらしい。

 俺が今後も良い関係を築きたいと書いた親書に対して、あちらは従属するのならば考えてやってもいいと返してきた。

 その上、従属したければナターリャを人質として差し出せとの、ふざけた条件まで加えてきた。

 俺は酔いも手伝ってその場で親書を破り捨てる。


 ホフマンはもういい。

 気を取り直して、ドン家にいこう。

 彼の家はホフマン家とは反対に使者である三太夫を丁重に扱ってくれたらしい。

 返書がしたためられるまでの時間も、小奇麗な部屋でもてなされたと言っていた。

 最上級の待遇では無いものの、辺境の主としては松永家を認識してくれているようだ。

 返書の内容は端的に言うと、今後も定期的に連絡を取りたいということだった。

 

 恐らく松永家がピアジンスキー家に対し、どのように立ち回るかを見ているのだろう。

 簡単に蹴散らされるようなら友には値しないと思っているのだろうか。

 だが早速数時間前に、松永家はピアジンスキー家自慢の騎馬隊を退けたのだ。

 これで何かしらの反応は帰ってくるのではないかと思う。


 取り合えず近しい大勢力であるドン家とホフマン家に関してはこんなところだ。

 

 ふう、さすがにもう眠気が限界だ……。

 明日もすべきことが控えているので、いい加減寝るとしよう。

 

 俺はおぼつか無い足取りのままベッドへと向い、そのまま寝入った。



---



 明けて翌日、ドン家とホフマン家については一旦頭の外に置いておき、今はこれから行われる、バラキン村でのチェルニー家の当主との会談に集中しよう。

 

 俺はエロシン方面軍で元気な三百五十人の兵のうち、三十騎を引き連れてバラキン領へと向う。

 しかし問題はこの場に残す、適当な指揮官がいないことだ。

 仕方無いので、とりあえず暫定的にビアンカに任せることにした。

 だが彼女は統率力は中々あるが、獣人であるため一人で全軍を指揮させるのは不安がある。

 なので暫くは三太夫にもこのまま軍に残ってもらい、その間に茜を飛ばしてコンチンを呼んでもらうことにした。

 彼が着き次第、エロシン領東部における戦後処理を本格的に始めてもらおう。


 大部分の兵を残したことで身軽になった俺達は、ピアジンスキー家から鹵獲した三十騎程の馬を用いて街道を東進する。

 ピアジンスキー家の騎馬は俺が想像していたよりもはるかに性能が良い。

 これまで松永軍が操ってきた馬の時速を百とすると、ピアジンスキーの騎馬は平均して百二十程度の時速が出る。

 さらに柔軟性や耐久力、それに瞬発力も高い。

 この馬ならば急斜面を下ることも無理ではないなと納得した。

 そのお陰で行軍速度は大幅に上がり、昼前には約三十キロメートルの道のりを走破し、目的地のバラキン村へと到着した。


「思ったより早く着いたな」

「そーだねー、あっ、あそこでみんなが迎えてくれてるよー」


 リリが俺の数メートル上空を飛びながら、ナターリャやマルティナ達の出迎えを教えてくれた。

 俺は少し格好つけて歩きながら皆へと近づく。

 当主なんだから、それくらいしたっていいじゃないか。


「おーい! 秀雄殿ー!」


 早速マルティナが手を振りながら、顔をほころばせ駆け寄ってきた。

 

「話は聞いたぞ。ほとんど被害を出さずにここを落としたらしいな。よく頑張ったな、あとで褒めてやる」


 そう言いながら、俺はマルティナの耳を撫でてやる。

 サーラは満更でもない様子だったので、こちらの反応も気になるところだったのだ。

 

「あっ、何をするのだ! 公の場ではダメって言ってるでしょう!」


 マルティナは紅潮した面持ちで、ピシリと俺の手を引っ叩いた。

 

「ごめんごめん、お前が無事で嬉しかったから、ついな……」

「そうなの。でもこんな所では恥ずかしい。また後でな」


 俺に心配されたことに喜んだのか、少しデレながらも、公衆の面前では全てを曝け出す訳には行かないので、再び冷静な感じに戻る。

 すると彼女の後ろからもナターリャを筆頭にレフやセルゲイが近寄ってきた。


「マルちゃんばっかりずるーい。お母さんも秀雄ちゃんからご褒美が欲しいなー」


 いきなりナターリャさんがエンジン全開になっている。

 俺は何事だと思いレフを見遣る。


「実は、昨晩チェルニー家の方々をもてなすために開いた宴会で飲んだ酒が、まだ残っているのです」


 彼は申し訳なさそうな表情で俺に理由を教えてくれた。

 俺はレフに目配せをして、ナターリャを宥める。


「わかりました。また今度相手しますから。これから俺は大事な会談があるんです。今回は勘弁して下さいよ」

「んもー、仕方無いわねぇ」

 

 彼女も松永家に関わることなので、すんなり引き下がってくれた。


「では丁度これからお昼時なので、チェルニー家の方と会食をしながら、会談を行ってはいかがでしょうか」


 レフが準備はできている風に提案をしてきた。


「うん、流石に用意がいいな。レフの言うようにしよう」

「あと三十分程で用意できますので、先にご挨拶に行かれてはどうでしょうか?」

「そうだな、先に顔合わせをしておいたほうがスムーズに会食も進むだろうしな」

「では案内しますので、付いてきて下さい」


 そうして俺達はレフに連れられ、チェルニー家の当主が居る部屋へと向かうことにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ