第五話 人との接触
俺はドニスとピーターから拝借した地図を広げている。
今後の戦略を練るためである。
しかしある問題が発生した。
うん、まったく文字が読めん。
言葉は通じるのにな、全く以ってわからん。
仕方ない、リリと仲良く遊んでいるところ悪いが、クラリスに読んでもらおう。
「クラリス、悪いが地図を見てくれないか。俺はローザンヌの文字が読めないんだ」
「お安い御用じゃ、ちょっと待つのじゃ」
クラリスはリリを引き連れてやってきた。
「今いる場所と国の位置を教えてくれ」
「妾はここの場所はわからないけど……、文字は読めるのじゃ。えーとこれがローザンヌ王国で、ここがミラ公国じゃ。そしてここが――」
クラリスは地図に書いてある文字を一通り読んでくれた。
俺はボールペンを使うと面倒になりそうなので、主要な地名のみを頭に入れて、それを元に現在の位置を予測した。
その結果、おおよそだが現在の位置関係を把握することができた。
現在の俺達の所在地はミラ公国になる。
川の上流に見える山を境に、こちらから見て反対側がローザンヌ王国はカルドンヌ州になる。
クラリスの家の領地だった所だな。
地図によると、大体ミラ公国とカルドンヌ州は同じ位の面積だ。
そしてこの川はここからさらに下って行くと、三公国の水甕と呼ばれているジェル川へと合流する。
ジェル川を下流にすすむとミラ公国の公都ミラリオンへたどり着くようである。
そして、さらにジェル川を下流に進むと、レナ公国へと入り、そのさらに下流にはローズ公国があるらしい。
ローズ公国の先は海になり、そこまでジェル川は続いている。
ちなみに、この三公国は同盟を結んで他国の侵略を防いでいると、クラリスが言っていた。
そのため追手も公国内には入ってこれないらしい。
しかし、これ以上の情報はこの地図には書かれていなかった。
ふむ、これからクラリスを連れて行動することを考えたら、このまま川を下るのが無難だろうな。
ここから数時間程歩けば村もあるみたいだし、とりあえずそこで情報を引き出そう。
「二人共、ここから下流に村がある。徒歩では日の入りまでには間に合わないかもしれないので急いで行こう。リリ、俺のリュックを袋の中にしまってくれ。クラリスは俺がおぶってやるから、その重そうな装備を外そうか」
「うん、……解ったのじゃ」
クラリスの装備を外してやって、それをリリに預けると、俺は恥ずかしがるクラリスをおぶってやる。
その様子を見て、羨ましくなったのかリリも俺も頭に乗ってきた。
まったく、俺は乗り物じゃないんだぞ。
困った奴だと思いつつも、降ろすのもかわいそうなので、そのまま小走りで目的地の村へと駆け出した。
クラリスは最初のうちは恥ずかしがっていたが、すぐに慣れたようだ。
「秀雄の背中って父様といっしょであったかい……」
なんでいいながら、最後は顔をこすり付けてきた。
やはり一人になって不安なのだろうな。
---
途中からかなりの魔力を込めて動いたせいか、小走りでも地球の時の倍近くの速さで走る事ができた。
試しに、全力で魔力を集中して全力疾走をしてみたら、国道を原付きバイクで走る位のスピードが出た。
恐らく五十キロメートル位だろう。
いつもは法定速度を守っていることは、予め断っておく。
だがこのペースだと、俺の魔力が数分ですっからかんになりそうな勢いなので、控えることにした。
今後は大気から吸収する魔力量に、釣り合うような分量の魔力を、常に体に張りめぐらせることにした。
それなら魔力を減らすこともなく身体能力を高めることができるからだ。
それに常に魔力を張りめぐらせることで、魔力量を高めたり、無駄なく集中できたりなどの訓練にもなるかもしれないとも思った。
その事をリリに話したら、「そんなの普通だよー」と返される。
リリは曰く
「いっぱい魔法使えば、そのうちいっぱい使えるようになるよー」
とのことだ。
なるほど、やはり魔法にも訓練が必要のようだな。
そして使えば使うほど魔力量も増えると。
よしこれからは暇な時は魔法の練習に充てるとするか。
一方、俺の背中でその話を聞いていたクラリスは
「普通じゃないのじゃ」
と強く否定していたが……。
それにクラリス曰く、魔法を使えるのは千人に一人程度しかおらず、その中でも俺が放ったレベルの火球を使える者はカルドンヌ軍にも数える程しかいなかったらしい。
もしかして、俺って結構強いんじゃないか。
だが裏を返せば俺クラスの魔法使いはゴロゴロいるという訳か……。
最強チートは無いみたいだな、残念……。
ならば殺されないためにも鍛錬あるのみだ。
この世界にきたばかりで、このレベルの魔法を使えるのだから、我ながら魔法の素質はあると思う。
ならばそう悲観する必要もないだろう。
なんせスーパー花妖精のリリさんもいることだし、余程のことがない限り大丈夫だと思いたい。
---
常時魔力を張り廻らせたおかげで、僅か二時間足らずで目的地の村が見えてきた。
まだ太陽の位置を見ると、日の入りまでは少し余裕がありそうだ。
さてここからが本番だ。
まずリリに関してだが、可哀相だが奴隷という設定にした。
ただ妖精連れの男など明らかに普通ではないので、無駄な揉め事を避けるためにも、リリには悪いがリュックの中に隠れてもらうことにした。
次にクラリスだ。
クラリスは内乱続くローザンヌ王国から、親戚のいるミラ公国に父子で逃れてきた子供、という設定にした。
そして運悪くコブリンに襲われてしまい、父が殺されたところで俺がなんとかクラリスを助けたということにした。
装備を外したクラリスは生地は良いものの、平民と変わらない服装をしていた。
恐らく逃亡後の事を考え、目立たない衣服が用意されたのだろう。
だか問題は、平民にしては明らかに不自然な長さの見事な金髪だった。
クラリスには悪いが、リリの魔法で肩口程の長さにまで切ってもらうことにした。
彼女は自慢の髪を切るのを嫌がるかと思ったが、意外と素直に応じてくれた。
まだ六歳だが自分の置かれた状況を理解しているのだろう。
そんな健気な姿に少しほろっときてしまったが、恥ずかしいので二人には秘密だ。
そして最後に俺だ。
明らかに地球の服装は不自然なので、ピーターの着ていた服を着ることにした。
ドニスの方はと言うと、ありえないほど熟成されていたので、いくらかましなピーターの方を選んだのだ。
設定は、その顔立ちから明らかにこの辺りの人間ではないと分かるので、東方からの旅人という体で通すことにした。
粗があるかもしれないが、とりあえずはこれで怪しまれずには済むと思う。
さて村に向うとしよう。
---
変に勘ぐられる可能性を排除するために、俺とリリは魔力を張りめぐらせる行為を中断してから、村の入口へと歩を進める。
クラリスは相変わらず俺の背中に張り付いている。
入口には門番らしき男が立っていた。
俺はクラリスと手を繋ぎながら門番に声をかける。
「こんにちは。私は旅の者で秀雄といいます。この村で一晩を過ごしたいのだが、適当な施設はありますか」
さあどんな反応が返ってくろだろうか。
「こんな村に旅人とはめずらしいな。あんたはいいとして、こっちの嬢ちゃんは一体どうしたんだ」
想定内の返答だな。
「それがこの子はどうやらローザンヌの内戦に巻き込まれたらしく、親族がいるミラ公国へと逃れてきたらしいのです。ところがその道中ゴブリンに襲われたらしく、残念ながら付き添っていた父が殺されたところを偶然俺が発見し、なんとか助けることができたのです。今は乗りかかった船なんで、彼女を公都まで送っていく最中なんですよ」
予め用意しておいた答えを門番に説明する。
「そうだったのか、ローザンヌの噂はここまで届いてるからなぁ。嬢ちゃんにはつらいのに悪いことを聞いちまったな」
門番はクラリスの頭をぽんぽんと叩いて謝罪の気持ちを伝えた。
クラリスも思うところがあったのか、泣きそうな表情になってしまった。
「ああ泣くなって、もうつらい事は聞かないからよ」
「うん」
クラリスはなんとか涙を堪えたようだ。
えらいぞクラリス、あとで蜂蜜あげるとしよう。
俺はクラリスを抱き上げると、再び門番に話しかける。
「この娘は今情緒不安定なんでこれくらいにしてもらっていいですか。それに疲労もかなり貯まっているようなので、早く休ませてやりたいんだ」
「おお、そうだったな、だがこんな村には宿も無いから良かったら俺の家に泊まりな。罪滅ぼしと言っちゃあなんだが、嬢ちゃんにごちそうさせてやりたいからよ」
「悪いな。ではお言葉に甘えさせてもらうよ」
結果的にはクラリスの絶妙な援護により怪しまれずに済んだ。
「そうかいそうかい。じゃあ今からうちの母ちゃんに話してくるから、良かったらついてきな」
「おう悪いな」
門番は警備そっちのけで俺達を家へと案内してくれた。
幼女の涙は偉大だな。
俺はクラリスを降ろそうとしたがひっついて離れないので、仕方なくだっこしたまま門番の後をついてった。
---
「嬢ちゃん美味いか? うちの母ちゃんの料理は村一番って評判なんだぜ」
「この娘は疲れているんだから、あんたのでかい声で話しかけたら休む間もないじゃないの」
「ああ、またやっちまったな」
俺たちは門番の家で夕食ご馳走になっている所だ。
彼はわざわざ貴重な家畜の鶏を絞めてくれてまで、ご馳走を振舞ってくれた。
「ううん、もう平気なのじゃ。シーラの料理はとっても美味しいのじゃ」
「そう言ってくれると作った甲斐があったわよ、遠慮しないで沢山お食べ。ついでに旅人さんも遠慮しないでね」
シーラとは門番の嫁である。
ちなみに門番はアンドレという名前だ。
「ああ悪いな、俺も久しぶりに暖かい料理を食べたんだ。感謝するよ」
「妾からも礼を言うのじゃ」
クラリスよ、少しは言葉遣いに気をつけなさい。
普通の子は妾なんて言わないんだよ。
俺は前もって言葉遣いには注意をしたのだが、生まれてから使ってきたものはそう簡単に変えられるはずもなかった。
「お嬢ちゃんはもしかしてどこかの貴族様なのか?」
アンドレお前は少し空気を読め。
シーラさんはあえて聞かないでいてくれているじゃないか。
「んー、妾はソル――」
クラリスそれはまずいぞ。
俺は既にどのような言い訳をしようかと考え始めたその時、
「リリもたべたーいー」
我慢しきれなくなったリリがリュックから出てきてしまった。
「なんだこの生き物は」
「なんなのこの子は」
アンドレとシーラが立ち上がり警戒する。
リリは意に介さず料理に目が釘付けだ。
「二人とも落ち着いてくれ、この子は花妖精のリリっていうんだ。俺の奴隷で一緒に旅をしているんだ」
なんとか警戒心を解いてもらいよう必死に説明する。
「妖精だって! そんな代物を、なんであんたが連れているんだ」
「俺は郷里ではそれなりに名が通っていたんだ。そのツテでリリと出会ったんだよ」
「なるほど、それなら納得もいくか……。だがミラでは、妖精が人間にこんなになつくなんて聞いたことがねえ」
やはり妖精はかなり珍しい種族のようだ。
「妖精は本能的に危害を加えないと感じる人になら警戒心を緩めるんですよ。大体、妖精狩りをする奴など悪意の塊のような人間だろうから、まず姿を見せるはずがない。今はアンドレさんに悪意を感じなかったから、出てきたんでしょう。そうだろリリ」
「うん、この村の人はみんないいかんじだよー。よく森にきてた気持ち悪いニンゲンとは全然ちがうよー」
リリは空気が読める子なので、俺の話にうまく合わせてくれた。
食い気を我慢できなかったのは仕方がなかったと諦めよう。
「そんなもんなのか、だが――」
「あんた! これ以上詮索するのは無粋ってもんだよ。人様にはそれぞれ事情があるってもんさ」
シーラさんが上手くフォローに入ってくれた。
アンドレも門番として思うところがあったのだろうが、嫁の言う通りしぶしぶ引き下がった。
「ヒデオー、これたべていーいー」
リリは我慢ができずに、今にも俺の椀に飛び込みそうな勢いだ。
そのリリの姿を見て場の空気も一気になごみ、シーラさんがリリの分を小皿に盛ってくれた。
リリは待ってましたとばかり料理に飛びつき、幸せそうにパクついている。
---
なんとかリリも受け入れられ、食事を終える。
俺たちはすぐに眠ってしまったクラリスをベッドに運んでから、アンドレ夫妻と歓談をしている。
クラリスの出自は、リリの乱入で上手くごまかせそうだ。
「よく見ると妖精ってかわいいわねー」
シーラさんは早くもリリに夢中になっているみたいだ。
アンドレも満更ではない感じでリリの相手をしている。
「だが秀雄、あまりこの娘は目立たせないようにした方がいいぞ。解っていると思うが、善からぬ輩に目をつけられたら厄介だからな」
「ええ、だから今回もリュックに隠しておいたんですよ。アンドレさんには悪いがどこに魔物が潜んでいるかは分かりませんからね」
「それが正解だ。最近ローザンヌの影響で賊が増え、治安が悪くなっていんだ。用心に越した事はねえよ」
「情報感謝します。その言葉、肝に銘じておくよ」
その後は周囲の政治情勢や、二人の馴れ初めなどを話していると、気付けば夜も更けてきたので、少し早めだが寝床へ向うことにした。