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第四十四話 エロシン領侵攻③

 ナターリャは敵右翼と対峙していた。

 敵は魚麟の陣を敷いているため、敵陣奥深くまで侵入しなければ衝突しない。

 

 秀雄から預かったのは虎の子の騎馬隊二十に精鋭四十の計六十人。

 なんとしても彼の期待に応えて、迂回突破を成功させなればならない。


 早く敵を撃破して彼を楽にさせてやりたい、その一心で全力で走る。

 しかしそう思っていたのは最初だけ、戦闘音楽が耳に入るとすぐさま気持ちが高ぶる。

 興奮した気持ちを抑えきれず、己は左翼を預かる身だと言うのに突出する。


「ナターリャ様、出過ぎですよー」


 レフが情けない声で諌めてくる。

 しかしこの火照った体は止められない。


「レーフ、あんたが代わりに指揮しなさーい」


 まるで何処かのお店の女王様の様な底冷えのする、言葉を投げかれられたレフは、


「はっ、ハイー」

 

 と首を縦に振る事しかできなかった。

 これも中間管理職の宿命なのである。


 一人突出したナターリャは無意識的に魔力を体中に漲らせる。

 彼女はエロフとなると、普段以上に魔力が増大する。

 何故だかは本人に聞いて欲しい。


 しばらく進むとようやく敵が見えてきた。

 敵は彼女を恐れてか丘の木々を利用して、まともに攻撃を食らわないように隠れている。

 なんと臆病な事か、彼女はイライラが募り、


「チッ」


 と舌打ちをした。

 娘が見たら嘆く事は間違いないだろう。


 隠れているだけならまだ良いのだが、ちまちまと隙間から矢を放ち嫌がらせをして来る。

 彼女のイライラは最高潮に達した。


「レフー! しばらく私を囲むのよー!」


 頭にきたので大魔法で山肌全部を流してやる事にしたのだ。


「そんなー、無茶言わんで下さいよ。一分だけですよ!」


 中間管理職の悲哀を込めた顔つきで、ナターリャにお願いをする。


「ダーメ。二分よー」

「……解りましたよ! やればいいんでしょ、やれば!」


 半ば自棄になりレフ達はナターリャを守る。

 襲い掛かる矢を体に受けて。


「ナターリャ様ー、まだですかー? こっちはもう限界ですよー!」


 方陣を組んで何とか耐えているものの、いい加減しんどくなって来たようだ。


「もういいわ! さっさと退きな!! はぁぁ……、全てを押し流せ『デリュージュ!!』」


 ナターリャの魔言を聞くや否や、レフ達左翼部隊は側面に避難を開始する。

 すると直ぐにゴゴゴゴゴという濁音と共に、丘の上から木々をなぎ倒して大量の水が流れてきた。

 予想をこえる規模の魔法に敵兵達は逃げることすらできず、無情にも水の中へと次々と飲まれていった。

 

 この魔法で敵の半数以上が押し流されてしまった。

 最早勝負あったも同然だ。

 兵数でも優位に立った左翼部隊は勢いに乗り、戦意喪失している残党共を軽く蹴散らすと、そのまま迂回し敵左翼後方へと周り込み、味方右翼部隊と挟撃を開始する。


 コンチンらの活躍により既に勝負は決まりかけていたが、ナターリャの参戦によりそれは決定的をなった。

 挟撃を開始してから僅か数分で、敵左翼は瓦解し潰走を始めたのである。

 

「コンちゃん、次はあそこね!」

「はい、あれが敵主力の後背になります」


 見事迂回突破に成功した両翼は、背中を丸出しにしているエロシン軍中央部隊へ、突撃を開始するのであった。



---



 中軍は兵数と地の利では劣るものの、兵の質により敵の猛攻を凌いでいた。

 万を越すような戦いではないので、両翼の動きはここからも確認できる。

 ナターリャの大魔法が契機となり、味方はあと少しで背後に回り込めそうだ。

 その為、敵も焦り出す。

 回りこまれる前に、なんとしても俺を討たん、と捨て身の突撃を繰り出してきた。


 前線に張る松永兵、旧シチョフ兵は疲れた体に鞭打ちながらも己を盾とし敵を食い止める。

 既にバレス隊も投入している。

 ここを凌ぎきれば勝利が決まったようなものだ。

 最後の頑張りと行こうじゃないか。


「俺も出るぞ。二人も付いて来い」


 ツツーイのおっさんの腕が切り落とされたのを目撃し、俺は前に出ることにした。

 決して彼を助ける訳ではない、前線が崩れそうなので援護するだけである。


「はい秀雄様」

「チカに任せるニャ!」


 俺は魔法が届く距離まで近づき砲撃を繰り出す。

 魔法を放てば敵が舞い上がって行くが、敵も勝負と見て突撃を諦めない。

 と言うのも、戦意喪失している奴は敵将が後ろから刺し殺しているようなので、突撃せざるを得ないみたいだが……。


 だが俺が前線に加わったお陰か、逆に押し返すことが出来た。

 しかし無論、俺が攻撃を受ける場面も出てくる。

 

「ぎゃぼっ!」


 ビアンカとチカが俺に肉薄してきた敵兵を掃除する。

 流石に前に出過ぎたかと思ったその時、突如敵が混乱に陥った。

 

「よし、来たな!」


 松永軍両翼部隊が迂回突破に成功し敵の背後を突いたのだ。

 これで形勢逆転だ。

 敵は逆に高所から攻め立てられ大混乱に陥っている。

 

 さあ、後は包囲殲滅を開始するだけである。

 こうなれば俺の出る幕ではない。

 後方で高みの見物と行こう。


 既に包囲されつつあるエロシン軍は四方から攻め立てられ、真ん中に押し込まれる。

 あまりにも密集しすぎて中には圧死する者が出たほどだ。

 

 すると程なくして、


「敵将打ち取ったりー!」


 との勝ち名乗りを誰かが上げた。

 大将を倒したみたいだな。

 

 これで決まったな。被害が拡大する前に、降伏を勧告するとしよう。

 彼等に逃げ道は残されていないのだから、死ぬよりはマシだろう。


「エロシン軍の皆に告げる。お前らの頭は我々が討ち取った! これ以上戦っても無駄死にするだけだ。降伏すれば命は取らん。さっさと武器を捨て投降せよ!」 


 すると既に戦意喪失していたエロシン軍の雑兵達は、命あっての物種といわんばかりに、次々と槍に剣を捨て松永軍に投降してきた。

 その瞬間、松永軍の勝利が確定したのである。

 

 この戦いでエロシン軍は約五百人の兵の内、約百五十名が戦死した。

 投降して来た将兵の多くも手傷を負っていた。

 被害が大きいように思えるかもしれないが、カンナエの戦いはローマ軍の八割以上は戦死したと言うのだから、これなら可愛いものだろう。


 ナコルル丘の戦いと後日銘打たれた決戦は、結果を見れば数に劣る松永軍の完勝に終わったのだった。

 この結果エロシン軍は兵力の大半を失う事となり、領内に於ける松永軍の進軍を食い止める事は、困難な状況に陥ったのである。

  


---



 ナコルル丘の戦いでエロシン軍を撃破した松永軍は、三百人以上の捕虜を引き連れながら西進し、ママノフ館を攻撃する。

 ここは館と言うだけあって防備は薄く籠城には適さない。

 そこで俺達は館を包囲し、三百人の捕虜を見せ付けながら降伏を促した。

 敵も決戦で敗れたのが分かったのだろう、すぐに白旗が揚げられ開門された。

 松永軍は労せずにママノフ館を奪取することに成功する。

 

 しかしここで満足する訳は到底行かない。

 俺はレフと兵五十をママノフ館に残し、捕虜の面倒を見させることにした。

 次はいよいよエロシン家の本拠地である、領都エロシングラードへと進軍を開始する。

 エロシン家領内には殆ど兵は残っていないはずだ。

 その僅かな兵三百程度も、ココフ砦と南方三家の抑えに回されているはずなので、エロシングラードまでの進軍ルートに置かれている兵は、皆無と言ってもよいだろう。


 俺達松永軍は途中の村落は無視し、エロシングラード目指して一直線に進軍する。

 既に三太夫達を飛ばしてあるので、エロシングラードに到着する頃には城内の様子が判明していると思われる。

 

「問題は抵抗があるかどうかだな。敵はどのような出方をして来ると思う?」


 俺は隣にいる仲間達へ声をかける。


「恐らく先の会戦に当主のバシーリエが出てこなかった事を考えると、エロシングラードに籠もるとは考えにくいですね。おそらく裏でロジオンが手綱を握っているでしょうから、恐らく南方へと逃げ込むのではないかと。そちらはまだ二百の兵が居ますからね」

「あしたもそう思うなー、だってもう兵隊はのこってないんでしょー。それにエロシンのニンゲンはすぐ逃げるんだもんーん」 


 とコンチンとリリが推測する。

 リリは何気に頭が良い。

 妖精は何も考えていないイメージがあるが、上位種ともなると知力が高いようである。


「俺もそう思う。エロシングラードには殆ど兵が残っていないはず、ならば領都を捨てて逃げ出す事も考えられるな。そうだとしたら俺達にとっては楽な展開になる」

「はいその通りです」

「もし籠城されたらその時は力ずくで攻めればいいだけだ。ココフ砦やガチンスキーからの援軍が来る可能性も捨てきれん。そうなると厄介なんで、なるべく早くに占領できるように進軍しよう」


 松永軍は援軍が来る前に領都エロシングラードを落とすべく、進軍速度を速め目的地へと向った。

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