第四十三話 エロシン領侵攻②
十日後、松永軍は予定通りにシチョフ村で合流しエロシン領へと進軍を開始する。
今回はアキモフ軍もロマノフ軍もいない為、隊列を乱す者もなく至極順調に歩みを進められる。
翌日には何の抵抗もなくエロシン領へと侵入する事が出来た。
松永軍はそのまま坂を下り平野部へと歩を進める。
さらに日を跨いだ所で、そろそろエロシン軍が布陣している丘の近くへとたどり着いた。
既に三太夫を先行させているので、敵が居座っていることは判明している。
間も無く決戦の時である。
朝霧に紛れながら丘へと忍び寄る。
エロシン軍はまだ気付いていないようだ。
松永軍は丘の麓に布陣し、視界が開けるの待つことにした。
敢えて地形的に不利な麓に布陣したのは理由がある。
既に我が軍の精強さはエロシン家に知れ渡っているので、敢えて不利な場所に陣を敷かなければ攻めてこないと思ったからだ。
シチョフ領攻略戦の時のように通り過ぎることも考えたが、敵との距離が短すぎる為、側面を突かれたら対応が難しいと思い自重をした。
待つこと一時間弱、霧も晴れエロシン軍が姿を現す。
それと同時にあちらも気付いたのだろう、急に動きが慌しくなった。
松永軍は向こうの動き待ちなので、麓で悠然と構えている。
我々が敷くのは鶴翼の陣だ。
この陣形は敵に対しV字形になり相対する。
Vの字の付け根には大将、即ち俺が居座っている。
俺の周りにはリリ、バレス、マルティナ、ビアンカ、チカと主力を集めている。
そして左翼にナターリャ、レフ、右翼にはコンチン、セルゲイらの戦上手らを配置している。
兵力は、騎兵隊を二十、軽装歩兵を四十の計六十ずつを預けている。
この陣形の狙いは敵を包囲殲滅することにある。
しかしその為には敵の猛攻撃を、V字の底にある中軍が凌ぎきらなければならない。
両翼が敵軍を迂回突破し背後を突くまでの時間を稼がなければならないからだ。
もし中軍が敵の攻撃に耐え切れず崩壊してまったら、陣形が完全に左右に分断されることになり大敗は確定する。
逆に中軍が踏ん張り、両翼が迂回突破に成功すれば兵数に劣った場合でも完勝することができる。
良い成功例は、ハンニバル率いるカルタゴ軍とローマ軍が相対したカンナエの戦いである。
カルタゴ軍五万に対しローマ軍七万、カルタゴ軍はハンニバルが中央でローマの重装歩兵を抑えている間に、両翼の騎馬隊が敵騎馬隊を破り、迂回突破に成功し包囲殲滅を完了させた。
カルダゴ軍が兵数で勝るローマ軍に完勝した戦いだ。
逆に失敗例は長篠の戦いだ。
武田軍は、左翼に山県昌景・内藤昌豊 、右翼に馬場信春・真田兄弟(昌幸は居ない)と主力を配置したが、中央の武田信廉や穴山信君などの一門衆が早々に撤退した事により、迂回突破を警戒した織田の鉄砲隊に良い様にやられ、殆どの武将が戦死したのは有名である。
敢えて敵に大将である俺の姿を晒すことで、敵を突撃させる。
そこを両翼が突破し包囲する。
勝てばでかいが負けてもでかい。
俺はここで決着を付けるつもりで、鶴翼の陣を選んだ。
だがはっきり言って負けるつもりは無い。
松永軍の中軍は数こそ劣るが精鋭ぞろいだ。
俺はハンニバルとは言わないが、他の仲間達が俺をハンニバルに押し上げてくれるだろう。
絶対に押し負けることはないと確信している。
---
俺達は挑発する為に敢えて麓に布陣し、大将である俺の姿が丸見えになるようにしている。
余裕綽々で居座っている俺の姿を見て、エロシン側は愉快に思うはずも無いだろう。
すると、直ぐにドーンドーンと出陣太鼓のような音が鳴り響くと、エロシン軍は一斉に斜面を駆け俺に向かい突撃を始めて来た。
「来たな……。みんな! ここが武勇の見せ所だぞ! 死ぬ気で敵を食い止めろ!」
『おう!!』
俺は中軍の兵に向けて大声で激を飛ばした。
敵は魚麟の陣で攻めてくるようだ。
魚麟に陣は簡単に言うと△形である。
厚みのある中軍で大将である俺の首を狙ってくるのだろう。
逆に敵の両翼は△の脇になるので、後方に引いている。
俺達の迂回突破を警戒しての策である。
だがナターリャやコンチンならどうにかしてくれる信じるしかない。
まずは勢いに乗り突出して来た敵の先鋒を、松永軍の歩兵部隊が受け止める。
前方に張り出しているのは、旧シチョフ領の兵と松永領の兵の、合わせて二百だ。
彼らには前方が丸まった形を取ってもらい、なるべく押し込まれないような対策を出している。
対するエロシン軍は四百近い。両翼には百程度しか残していないようだ。
既に両軍が衝突してから三十分程が経過した。
松永軍の兵達は勇敢に戦っている。
勢いに勝るエロシン軍を何度も跳ね返している。
ここで活躍すれば出世できると思っているのか、皆必死だ。
「ん、あいつらも頑張っているみたいだな」
前線で特に頑張っている一団がいる。
「秀雄殿! 彼等はマリアさんの一族じゃないか!」
マルティナが興奮した口ぶりで伝えてくる。
そんな耳元で叫ばなくても、聞こえているから安心してくれ。
彼らには、確かツツーイと名付けたはずだ。
「ああ、あの一団の働きは凄まじい。戦線を持たせているのは彼等のお陰だな」
ツツーイ一族が先頭に立ち、数と勢いに勝るエロシン軍を必死に跳ね返している。
彼らの頑張りを見ると「このまま行けるか」と思いもしたが、次第に数で劣る為か、疲れが見え次第に前線が押し込まれてきた。
そろそろ交代だな。
「このままでは不味い、バレス隊前へ。リリとマルティナも連れて行け」
『おう!!』
ここでバレス達を投入し前線を助け、兵達を休ませてやることが必要だ。
「それじゃーヒデオが危ないよー」
「そうだ、もし秀雄殿に何かあったらどうするのだ」
二人は俺の側を離れるのが嫌らしい。
俺が孤立する事になるからな。
「俺は後方に居るから大丈夫だ。それにビアンカとチカが居る。二人は魔法で戦線を押し返してくれ」
「んー、そこまで言うならー」
「命令とあらば仕方が無いが……」
二人は渋々ながらもバレス隊と共に前線に向った。
大将だからと言って皆に任せきりは良くない、ここは俺も一つ援護射撃を入れよう。
魔力を集中させバーストを作る。
通常のバーストでは飛距離が出ないので敵まで届かない。
そこで俺は思い切り飛び上がり、空中から遠くまで飛ばす事に全力を注ぎバーストの改良形ナパームを放つ。
ナパームは焼夷弾を意識して作った魔法で、爆発で殺すと言うよりも広範囲に火炎を広げ、火傷で戦闘力を奪う事を目的としている。
ジャンプ一番数メートルの高さから放たれたナパームは、綺麗な放物線を描きながら敵の中央部に着弾した。
ドカンと言う爆発音はしなかったが、瞬く間炎は燃え広がり敵が混乱する。
成功したようだ。
「だが遠投した分魔力を食っちまったな……」
「どうぞ、蜂蜜です」
ささっとビアンカが蜂蜜を差し出してきた。
そうそう、これこれ。
ビアンカに感謝をしながら蜂蜜をぺろり始める。
相変わらず美味いなと思いながらぺろっていると、敵兵が竜巻に巻き込まれ宙に浮いているのが見えた。
リリが張り切っているようだ。
さらに左前方深くから、突然洪水が押し寄せてきた。
ナターリャさんが大魔法を使ったみたいだ。
そしてその水が瞬く間に凍り出し、敵が続々と滑って転ぶ。
マルティナの氷魔法だな、母子の見事な連携プレーだ。
そして転んだ敵兵を見逃す筈も無くバレス隊がぐさぐさと突き殺す。
物の五分で押し込まれていた前線は、逆に敵を押し込む迄に盛り返した。
バレス達がある程度まで押し込んだところで、俺は交代の合図を送る。
休憩していた兵達と再び交代だ。
中軍は今はまだ攻撃する時ではない。
ナターリャ達が後ろを取るまではじっと我慢だ。
俺達は押しては引きを繰り返しながらその時を待ち続ける。