第四話 亡国の金髪幼女
魔法を使えるようになったため、俺はすこぶる機嫌がいい。
それはそうだろ。
せっかく異世界に来たんだからこうじゃないとな。
それに火魔法の威力には到底及ばないが、他属性も一応は使えるみたいだ。
もし火魔法が通用しない相手に対峙した場合も考えると、威力は弱いながらも他属性が使えるのはとても助かる。
いきなり火魔法に加えて他属性もできるなんて、もしかしてこれってよくあるチートなんじゃないか、なんて密かに思ったりもしている。
ただそのことは口に出したり、本気にしたりしてはいけないのだ。
思ったが最後、だいたい大したことのない能力に落ち着くのが常であるのを、俺は知っているつもりだ。
あくまで『油断は禁物』で行かないとな。
一時の慢心は命取りだ。
だがさすがに嬉しさを隠せなかったのか、つい鼻歌を口ずさむ。
「ふーんふーんふーん、フンボルト海流ー」
するとリリも面白そうに俺の鼻歌を真似てきた。
「ふーんふーんふーん、フンボルト海流ー」
そんな風に面白可笑しく歩いていると、「ギャァアー!」という魔物の断末魔とも言うべき叫び声が、突然俺の聞に飛び込んできた。
「何だ何だ」
これはもしかして人が襲われているのではないかと思い、俺は助太刀しようと全力で……駆け出さなかった。
そりゃそうだ、もし人が襲われているとすれば、上手く行けば後から魔物だけ倒して死体から何かしら情報が得ることもできる。
下手に介入して、後から面倒事になるのは避けたいんだよ。
俺は地球で理不尽な扱いを受けて、殆どの者は悪人だと思うようにしているのだ。
それにこっちには妖精もいるのだから、不確定事項には傍観スタンスでいくと決めている。
「よしリリ、見つからないように遠くから偵察してきてくれ。危なかったら途中で帰ってくるんだぞ。俺は慎重かつ丁寧に後からいくからな」
ここは適材適所に、風魔法を使えるリリさんに斥候役を任せよう。
「りょーかい!」
可愛らしく敬礼のボーズを取ると、リリはキューンと飛び立っていった。
よしゆっくりと接近しよう。
俺は中腰に構えてそーっと悲鳴のした方へ近づいていく。
五十メートル程近づいたところでリリが戻ってきた。
「よしよし、どんな感じだったんだ?」
「なんかね、ゴブリンとニンゲンが戦ってるよ」
「ほうほう、それで数は分かるかな?」
「うん、ゴブリンは十匹くらいで、ニンゲン二人だよ」
「なるほどなるほど」
「それでニンゲンは剣とか鎧とか装備してたかな?」
「えーとねー、二人とも剣だったよ。あと胸当てもしてたよ」
「オーケイオーケイ、それで戦況はどうだ?」
「ニンゲンは一人やられてピンチな感じだよ」
「グッジョブグッジョブ、そこまで調べるなんてリリは出来る子だな。いい子いい子だ」
「エヘヘ、そうでもあるかな」
さすがリリ、花妖精の名は伊達じゃなかった。
おそらく、二人は一般人ではなく、恐らく冒険者とか兵士あたりだろう。
よーし、これで情報が手に入る。
二人がやられればそれでよし、弱ったゴブリン共を蹴散らしてその死体を漁ればいい。
万が一ゴブリンを蹴散らすことがあれば、ばれないように後をつけることにしよう。
別に殺してもいいんだが、もし犯罪履歴が分かるシステムがあったら怖いからな。
念には念を入れて慎重にいかないとな。
「じゃああまり目立たないように近づくぞ。リリは俺の胸元に入っていなさい」
「ハーイ」
リリを胸元に入らせてから俺は再び中腰でゆっくり歩き始める。
一応、魔力を集中させながら歩くことで、想定外の事態にも対応できるようにしている。
中腰のまま百メートル程あるくとさすがに腰が痛くなってきた、……のではな、ようやく人影が見えてきた。
更にもう百メートル程近づき、草葉の影に隠れて様子をうかがう。
すると視線の先には、十にも満たない金髪の美幼女と、その子を守りながら戦う騎士らしき男の姿が映った。
しかし騎士は体中に切り傷を受けていて瀕死の状態である。
恐らく致命傷を負っており、手遅れだろう。
「なんてこったい、よりによって金髪幼女とはな。しかも遠くからでも分かる程の超絶美幼女、ここは護衛の男に頑張ってもらいたいが……無理そうだな」
前もって断りを入れておくが、俺は決してロリコンではない。
しかし『幼女は愛でるべき存在』という常識はわきまえているつもりだ。
護衛の騎士はなんとかゴブリンの数を半分にまで減らしたようだ。
しかし後ろの控えているゴブリンの中には、明らかに纏っている雰囲気が異なる奴がいる。
そいつはゴブリンのくせに鉄の剣と鎧を装備しており、体付きも他のゴブリンと比べて一回り以上大きい。
すでに死が間近に迫っている騎士では恐らく敵わない。
「助けるべきかどうするか。さすがに金髪美女が連れ去られるのを見るのは気分が悪い……」
うーん、もし助けたとしてだ。
幼女だけなら話術次第では、うまく情報だけ引き出すこともできるかもしれない。
やってみるか。
「俺は今からファイアーボールを全力であのでかいやつにぶちかます。リリも同じタイミングで残りの雑魚を殺ってくれ。任せていいか?」
「うん、まかせてよ」
しばらくして奮戦むなしく騎士は斃れた。
あとで墓ぐらいは作ってやろう。
幼女の護衛は俺が責任を持って引き継ぐから安心して眠るがいい。
さあ戦闘だ。
すでに俺の手には直径一メートル級の火球が準備されている。
全体の約八割の魔力を費やしたが、先の魔力量の四倍を使ったのにできた火球の大きさは二倍だ。
恐らく火球は威力を上げる程、魔力効率が悪くなるのかもしれない。
まあともかく、これが今の俺の腕で作れる最大級の大きさだ。
これでやるしかない。
「くらいやがれ! ファイエル!」
「えーい!」
一回言ってみたかったんだ、ドイツ語で。
それはさておき、俺の手から放たれた火球は見事に不意を突かれたデカゴブリンに直撃し、やつの上半身は跡形も無くなってしまった。
同時にリリもウインドカッターのような魔法であっと言う間に雑魚をすべて仕留めていた。
なんだ、俺達の圧倒的な勝利ではないか。
ビビって損したわ。
ちょっとグロくて気持ち悪くなったけど、金髪幼女の前ではかっこ悪い所はみせられんと思いなんとか踏ん張った。
華麗にゴブリン共を倒した所で、俺は金髪幼女の下へと駆け寄る。
彼女は何が起きたか、いまだ理解しきれていない表情でこちらを見つめている。
「お嬢ちゃん大丈夫かな」
俺は金髪幼女の下へたどり着くと、彼女の目線まで腰を落として笑顔で話しかけた。
「うん、妾はへいきじゃ。でもドニスとピーターが死んじゃった……」
幼女は目に涙をためながら、死体となった二人を指差す。
「これは酷い、でもお嬢ちゃんだけでも助かってよかった。俺は秀雄って言うんだ。お嬢ちゃんはどこの子なんだい?」
見たところ高そうな剣を装備している。
もしかしたら貴族なのかもしれない。
だとしたら厄介だが、ここで幼女一人にしても仕方ない。
情報だけ引き出して、さっさと近くの村にでも連れていくか。
「妾はカルドンヌ家の長女クラリス・ド・カルドンヌじゃ」
ああやはり貴族か、なんか面倒くさい事になりそうだ。
とりあえずこれ以上機嫌を損ねないようにしよう。
「これは失礼、私は田舎者でこの辺りの事情がよく分からないのです。あなた様が高貴なお方とは知らず、先程はご無礼はお言葉をお掛けして誠に申し訳ございませんでした」
「そうかしこまるななのじゃ。もう妾は帰る家もないただの子供……、領地も失った妾に味方する者はもう誰もいなくなったのじゃ……」
ふむふむ、クラリスちゃんはなんらかの事情で国を追われた訳で今は天涯孤独ということか。
つまりここで俺が面倒を見てやらないと、彼女は遠からず命を落とすという訳ね。
仕方ない、さすがの俺も超絶美幼女を見捨てることはできない。
話を聞くとしよう。
「何やら訳ありのようだね。ここで助けたのも何かの縁、よければ相談にのりますよ」
「ほんと?」
「ええ」
クラリスの顔に僅かだが明かりが灯った。
「妾がこんなことになっちゃったのは――」
クラリスの事情をまとめると、彼女のカルドンヌ家はローザンヌ王国に仕える辺境伯だった。
しかし現在ローザンヌ王国は王権が弱体化した状況で、国内各地に有力諸侯が割拠する戦国時代となっている。
カルドンヌ家はそのような状況の中で、王家に忠誠を誓う数少ない諸侯の一つだった。
クラリスの父は王家がないがしろにされている状況に痺れを切らし、ついに王都へ進軍することを決意する。
しかし結果は王都にたどりつけずに敗北。
信頼してた同盟貴族に裏切られ、背後を突かれてクラリスの父は戦死。
共に従軍していた兄も戦死した。
残された直系の跡取りは領地に残された六歳のクラリスのみとなる。
領主と大半の兵を失ったカルドンヌ家は混乱を極めた。
そのような状況を周囲の狼達が逃すはずはない。
たちまち四方八方から攻め立てたれ、カルドンヌ家は抵抗むなしく瓦解してしまう。
直系の血を引くクラリスをなんとか逃がすだけで、精一杯だったのだ。
なんとか逃されたクラリスは、隣国のミラ公国へと向かう。
しかしその道中も追手を差し向けられ、その都度護衛が命懸けで彼女を守り抜いてきた。
その甲斐あってなんとか山を越え、ミラ公国へと入ることができた。
だが、ようやく追手からも逃れられると思ったその矢先、ゴブリンの群れに襲われたのである。
「ひっく……、といった訳なのじゃ」
これは思っていたより相当厄介だな。
超絶美幼女というだけでは割が合わんぞ。
「大体事情は分かりました。聞いてしまった以上、俺ができる範囲では協力しますよ。ただし条件がある」
「条件ってなんじゃ……。ひっく、お金ならあると思うけど……」
「それは私と行動している時は私の言うことに従ってもらう。これだけです」
一緒にいて貴族風を吹かされたら、たまったものではない。
今のうちに上下関係をはっきりさせておくに越したことはない。
「わかったのじゃ。ひっく、そなたの言う通りにするから……ひっく、秀雄、お願い妾を助けて……」
クラリスは泣きながら懇願してきた。
ちくしょー、幼女の涙を見せられちゃあお終いだろ。
「そう泣くな、悪いようにはしないから。それにお腹もすいてるだろ。おいしい蜂蜜をあげるからあっちに座って食べよう」
俺はクラリスを抱き上げると全力で駆け出し、血の匂いが充満しているこの場から離れ、手頃の草の上にクラリスを降ろした。
「リリ出ておいで」
俺はリリを呼ぶ。
恐らく近くに隠れているのだろう。
「はーい」
リリは俺に呼ばれて嬉しそうに近寄ってくる。
「えっ、妖精?」
案の定クラリスは驚きを見せる。
「クラリス、この辺りでは妖精は珍しいのか?」
「当たり前じゃ、妖精はめったに姿をあらわさぬ。妾が知っている妖精は皆貴族に飼われておるぞ」
「やはりそうか、クラリスはそれについてどう思う」
「妾は妖精と話したことがないからようわからぬ。でも妾の目の前に居る妖精はとても愛らしいの」
その答えで十分だろう。
「だそうだリリ」
「あたしもこの子は嫌な感じはしないよ」
リリも気に入ってくれたのかな。
「そうか。よかったら蜂蜜を出してくれないか、クラリスの疲れを癒してやりたい」
「うんいーよー」
リリは反対せずに、袋から大きな花びらを受け皿にして蜂蜜を取り出す。
「はい、どーぞー」
リリはクラリスから花びらを受け取り蜂蜜を口に入れる。
「おいしー! こんな美味しいものはじめてたべたのじゃー!」
「ほんとー、そんなこと言われると嬉しいなー」
クラリスは瞬く間に全部飲み干してしまった。
まだ物足りなさそうな顔をしてたので、リリが気遣っておかわりを出してやった。
それをきっかけに二人は打ち解けて話を始めた。
うん喧嘩しなくて一安心だ。
俺はその間にドニスとピーターの下へ戻り、死体を物色する。
そして装備と衣服、それに貨幣と僅かばかりの食料に地図など、隅から隅まですべての所持品を頂戴した。
地図を持っていたのは助かった。
これで人里までの道が分かるだろう。
彼らをそのまま裸にしておくのも酷だ、感謝の気持ちこめて墓を作ってやることにしよう。
俺は顔以外の部分を土に埋め、クラリスを呼び寄せる。
「クラリス、顔はお前が埋めてやれ」
「わかったのじゃ、ドニスとピーター今までありがとう……」
クラリスは再び泣きそうになりながらも、気丈に二人の騎士を見送った。