第三十三話 戦後処理
嫌々ながらもボリスとの話にケリを付けると、俺達は一度ヤコブーツクへと戻る事にした。
既に主要な町村は占領し終えたからである。
人手が足りないので、占領した地域の領民に近隣の村への働きかけを行うように、と言い含めてはある。
ヤコブーツクに戻ってからエロシン家とシチョフ家の動向を探り、隙あらばちまちまと領地を削ってやろうかとも考えている、
俺は欲深い人間なのだ。
ボリスに横取りされた悔しさが、まだ頭から抜け切れていないのである。
スカラ村からヤコブーツクの町までは、直線距離だとそれ程遠くない。
昼食を済ませてからの出発だったが、早馬を使ったお陰か日の入り前には到着する事が出来た。
「秀雄殿、よくぞ戻られました。こちらは至って順調ですよ」
ヤコブーツクに到着すると、レフが出迎えてくれた。
彼を含む十名の兵は、穏便に町民達と話を付ける事が出来たようだ。
穀物庫を開けるようにと指示しておいたのが奏功したらしく、民も俺の事をすんなり受け入れてくれたらしい。
それと同時に、近隣村落への取り込みもきっちり行ってくれていたようで、既に殆どの村落から、松永家に属する事の合意を取り付けてくれたようだ。
これも手土産代わりに、ヤコブーツク城の金庫を開いて金を調達し、村落民に幾許かの金貨を握らせてやったのが効果的だったのだろう。
手っ取り早く認めてもらうには、金にしても食糧にしても現物を握らせるのが一番分かりやすいと思ったからである。
さらにレフは領境のエロシン領とシチョフ領の動きを探らせている所らしい、
レフは三騎士の中でも理知的なだけあり、なかなか出来る男のようだ。
言っちゃあ何だが、バレスに留守を任せなくて正解だったと思う。
よし、ここいらで一息着くとしよう。
これ以上の領土拡張は人員的に難しそうなので、再出撃は再び戦力を整えてからになりそうだ。
今後は俺達が個人的に、守りが無いに等しい場所を、ちまちまと切り取る位に留めておこう。
「そうか、気を回して貰って有難うな。あとマルティナに追撃戦が成功した事を伝えんといかん。急いで使いを出してくれないか」
マルティナも心配しているだろうから、早く成功の報を知らせてやらないといけないな。
「おお、そうでしたね。きっとマルティナ様もお喜びになるでしょうな」
「ああ、その通りだな」
するとレフは手近な兵士に命令し、急ぎ足でクレンコフ村へと向わせた。
「大体こんな感じか。あとやり残した事はあったかな……」
俺が考え込んでいると、
「後は捕虜に面会でもしますか? 先日捕らえたロジオンは一門でも発言力の強い人物です。上手く情報を引き出せるかもしれませんよ」
そう言えばそうだったな。
ロジオンは貴重な身代金要員として丁重に扱っているのだった。
一応、顔合わせをしておくか。
仲良くしたら、いい事教えてくれるかもしれないしな。
そして数時間後、俺は今しがたロジオンと話しを終えて来た所である。
大した会話でも無かったので詳細は以下にまとめて置く。
俺がわざわざ酒と菓子を差し入れてやった事で気を良くしたのか、少しは口を開いてくれた。
エロシン家に関する事は教えてくれなかったが、南方三家に関する情報はそれなりに教えてくれた。
今一度考えてみると、あまり収穫はなかったな。
とっとと金だけ置いて出て行ってもらおう。
すでに捕らえた兵士を何人か放ってエロシン家に報告は入れておいた。
その内使者が来ると思うからその時に開放しよう。
これで俺の思う限りの、目先の課題は片付けたかな……。
今日はこれで終わりにして、明日から再び行動開始と行くか。
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それから一週間が経過した。
レフとコンチンの手助けもあり、領内の統治は今の所滞りなく進んでいる。
コンチンに関しては松永家が人材不足の為、半永久的に俺の側で働いて貰うつもりだ。
殆ど人質状態のようだが、彼も暗殺の危険がある領内より気が楽で良いと言ってくれた。
ちなみにコンチンは松永領と接する総計人口五百人程になる小集落の集まりを、ロマノフ家から下賜されている。
なので実質その部分は既に松永領になったも同然である。
さらにコンチンからそこそこ使える奴らを数人派遣して貰えたので、すぐに代官として各村落に派遣した。
またクレンコフ家からも、戦後処理が一段落したとの事なので、セルゲイと数人を派遣してもらい領地経営に充てている。
先の戦で、エロシン家より領地を下賜されていた騎士連中がこぞって居なくなったので、ほぼ全ての村落に代官を派遣しなくてはならないので、人員選びに苦心していたから正直助かった。
領内の運営は何とか形になってきているので、バレス隊とリリ、ビアンカ、チカには松永領とクレンコフ領に挟まれたシチョフ領を攻略してもらっている。
この地はシチョフ家も見放していると思われるので、あっさりと攻略出来ると思っての作戦である。
それ以外にもエロシン領を削る算段も建てているが、これはシチョフ領が片付いてから考えるとしよう。
すると翌日、思っていた通りエロシンから使者が来た。
ロジオンとその他騎士の返還交渉を目的としてである。
その交渉内容は、ロジオン並びに数名の騎士を金貨五百枚で返還して欲しい、と言う申し出だった。
はっきり言って、俺は身代金の相場は解らないので困る。
なので、前もってコンチンに話を聞いておいた所、身代金の相場は大体そいつの年収位らしい。
例えば騎士レベルなら金貨百枚程で、領主クラスになるとピンキリあるが金貨三百枚以上、王、大公とかになると金貨百万枚クラスの身代金が要求されるらしい。
それから考えると、エロシンの申し出は渋い事この上ない。
少なくともこの倍は頂いて良いはずだ。
ほら、コンチンも俺の横で首をプルプル振っているではないか。
もっとごねろと言う事なのだろう。
「これでは話にならん。少なくともこの三倍は貰わなければやってられん」
俺は怒気を込めて使者に言い放つ。
「さっさすがに三倍は……、せめて五割増しで、なんとか出来ないでしょうか」
使者も俺が前回首を斬っているのを聞きつけているのか、冷や汗を流しながら必死に食い下がってくる。
「お前本気で言っているのか。一門の重鎮の価値はたったそれしか無い、と言っているのも同じだぞ。俺なら恥ずかしくて、家名に泥を塗るような値切りは出来ないな」
さらに迫力をこめて言う。
すると使者は顔中に汗が噴出してきて、とうとう頭を下げ出した。
「おっ、お願いします。なんとか倍の金貨壱千枚でお願いできますでしょうか」
戦前と戦後でここまで態度が違うとはな。
最高の気分だぜ。
エロシン家は相当まいっているようだな。
元から倍で手を打つつもりだったから、これで手を打ってやるか。
だが、もう少し使者を苛めてからだな。
「別に俺達はヤコブーツクの金庫から金を徴収した事だし、特に軍資金には困ってないんだよな。だからロジオンを斬っても何ら構わないんだよ。でも誠意を見せてくれれば話は別だがな」
少し苛めすぎたかな。
使者がもう失神寸前だ。
「いっ、いっ、壱千二百枚で、何卒、何卒……」
おおっ、二百枚も上乗せしてくれたぞ。
これで勘弁してやろう。
「よしこれで手を打ってやる。使者殿も安心なされよ。今から、ロジオンらを解放するので連れて帰るがいい」
すると使者は、全身の力が抜けたようでその場にへたり込んでしまった。
よほど嫌な交渉だったようだな。
さすがに不憫に思えたので、コンチンに早急にロジオンらを解放するようにと言い付けておいた。
それと、脅迫したお詫びとして使者に土産にワインを持たせてあげたのは、せめてもの優しさである。
よし、これで纏まった金が入ったな。
ヤコブーツクの金倉と合わせると金貨五千枚位にはなりそうだ。
それに大量の食糧も手に入った事だし、これでしばらく領地運営に困る事は無いだろう。
ふー、思えば異世界に来てまだ僅かしか経っていないのに、ここまで成り上がれるとは思わなかった。
だがここで慢心したら足元をすくわれそうだ。
明日からまた気を引き締めて頑張らないといけないな。
そして、俺は一人ワインを片手に祝杯をあげながら、これからの展開について考えを巡らせた後、ベッドで久方振りの快眠をむさぼる事にした。