第三十話 追撃戦①
俺の発言により、勝利の余韻に浸っていたバレスの顔は、再び戦士のそれに戻った。
「おお、そうでしたな! あまりの嬉しさに、この後の事など頭から吹き飛んでおりましたわい。敵が逃げ帰っている今こそ好機でしたな!」
「ああ、俺の戦いにあんた達まで駆り出して悪いが、これは後々クレンコフ家の為にもなると思って付き合ってくれよ」
「そう言うな。秀雄殿がマルティナ様と一緒になれば、どちらの物など関係無くなるのだからの」
マルティナとの決めた条件で、領地は切り取り次第と言う約束だった。
だがクレンコフ家の面々に助太刀してもらう、と言う取り決めは無かったのである。
その為、最初は俺達四人で攻め込む事を提案したのだが、マルティナ、ナターリャ、バレスら全員が俺の追撃戦に協力をしてくれる事を表明してくれたのだ。
「もしかしたら援軍を出してくれるかも……」、との気持ちはあったが、最悪四人で攻め込む算段も立てていたので、彼らの申し出は正直とても有り難かった。
流石に俺も悪いと思い、切り取った領土の半分は差し出すと伝えた所、ナターリャが「どうせその内一緒になるんだからー、細かい事はいいのよー」と言ってくれたので、素直に甘える事にしたのだ。
「そう言ってくれると助かる。では息を整えたら出陣しよう。進軍に必要な物は既にリリの袋に入れてあるからな」
俺は少しでも多くの領土を切り取りたいと思っているので、前もってやれるだけの事はしておいたつもりではいる。
「流石は秀雄殿だ。エロシン軍に圧勝した策と言い、既にそなたは名将の域に達しているのではなかろうか」
「それは過大評価ってもんだよ。俺はこの戦いが初陣だって言っただろうに」
「いやいや、歴史に名を残す名将は、初陣から華々しい勝利を飾った者も数多くおる。秀雄殿もその中の一人に成り得るだけの素養を秘めていると言う事だわい」
「それはありがたい事で……。バレスさんの話が真かどうかは、その内はっきりするだろうよ。その時まで楽しみにしていてくれ」
「ハハハ、ならばそうさせてもらうわい!」
バレスはでかい声を張り上げ、また俺の背中をバシバシと叩いてきた。
だからおっさんの馬鹿力は脳まで揺れるんだってーの!
少しは手加減しやがれ。
「ところで、マルティナとナターリャさんは上かな?」
「ああ、お二人は捕虜の処理や鹵獲品を纏めたりなどの、せばならぬ事が山積みだからの」
「そうか、出発前に一言交わしたかったのだが仕方ないな」
「そう落ち込むな。また一月もしない内に会えるだろうて」
うるせー、おっさんに慰められたくないわ。
別にいいんだー。
出発前に一言なじって貰いたいなんて思ってないんだからね。
俺が、マルティナ様を未練がましく思っていると、坂の上から駆け下りてくる人影を発見した。
マルティナだ!
それにクラリスもおんぶしている。
彼女は息を切らしながら、俺の前に走って来た。
「はぁ、はぁ、秀雄殿が行ってしまう前に一言お礼が言いたくて……」
俺は感激している。
言葉がでない程嬉しい。
「わ、悪いな。そんなに気にすることなど無かったんだぞ」
ちっ、ついどもってしまった。
隣で笑っているバレスの顔がうざい事この上ない。
「いいや、これは私がしたいんだ。あと母様から言われたんだけど……、受け取ってくれ――チュッ!」
マルティナはいきなり俺の頬に唇を付けて来た。
……来た、ついに来た、マルティナさんが完全にデレた。
俺は天にも昇る気持ちだったが、ここは冷静に彼女の顔を見遣る。
「いっいや、これは母様に言われたんであって……、とにかくこれがお礼なのよ!」
マルティナは頬を真っ赤っ赤にしながら、バレスの影に隠れてしまった。
デレるマルティナ様堪んないっす。
これでご飯三杯いけますわ。
すると他の四人も負けじと、
「マルちゃん何やってるのー! ヒデオにはあたしがするのー」
「ずるーいのじゃ、妾もするのじゃー!」
「マルティナ様、失礼ながらこう言う事は、従者筆頭の私の役割と存じます!」
「チカは秀雄の番にゃんだから、チカもしたいニャー!」
俺の頬にキスをして来た。
クラリスは背が届かなかったが、俺の背中をよじ登ってきた。
おっほー、これは既に貰ったも同然ではないか。
あとは権力さえ握れば、ムフフな事になりそうだぜ。
だが俺はウラール程度で満足するつもりは無いがな。
「こらこら、嬉しいがそう言う事はまた今度な」
俺は皆を引き剥がし、マルティナに話かける。
「お前の気持ちは十分伝わったよ。こちらこそ兵を貸してくれて礼を言う。俺達は少し出張ってくるが、心配しないで待っててくれ」
マルティナは顔だけちらりと、バレスのでかい図体から顔を出し、
「うん。秀雄殿の事だから心配はしていないが……、でも無事に帰ってきてくれよ!」
と言ったきり、またバレスの後ろに戻ってしまった。
「妾も秀雄お兄ちゃんの事心配してるのじゃー!」
おっとお留守番係のクラリスがだだをこね出してしまったな。
俺はクラリスを抱き上げて頭を撫でてやる。
「そろそろ、出立しようと思う。追撃するなら、出来る限り早い方がいいからな」
俺はバレスを見遣る。
するとバレスも首肯してきた。
「わしらも準備万端だわい」
バレス隊の精鋭三十名は立ち上がり、「何時でもいけるぞ」と言う意思を示した。
「では行くとしますか」
俺はクラリスを降ろし、水堀に橋を降ろしてもらう。
そして皆を一瞥してから、足早にエロシン領へ向けて進軍を開始した。
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事前に地図で確認しておいた所、最初の標的はウスリースクと言う村だ。
人口は三百人程で、周辺の集落の中心的存在だ。
ここを落とせれば自動的に他の村も付いて来るはずである。
俺とバレスの予想だと、この村に常時詰めている五十人程の兵は、恐らく逃げ出しているだろう考えている。
それか既に何人かは先の戦いで、この世に居ないのかもしれない。
ウスリースクは山を下ってから十キロ程離れた所にあるらしい。
下り道なので、あまり時間は掛からないと思う。
少数精鋭なので、速度を上げれば数時間で到着しそうだ。
山を下る事二時間強、思いの他早く山の麓へ到着した。
ここから目的地は十キロ先と言う事だからあと一時間半程で着きそうだ。
それから予定通り進軍すると、ウスリースクの村へ到着した。
「特にこれと言った防御施設も無いな。かと言って兵が数多くいる気配も見られない。取り合えず慎重に近付いてみよう」
追撃戦と言う事で慎重かつ大胆に村に接近してみた所、様子がおかしい。
さらに近付いてみると、門前に兵士の姿が見当たらない。
恐らく首領を失って統制が取れず、バラバラになって逃げ出したのだろう。
ここは有無を言わずに突撃だな。
俺は無人の門を強引にこじ開け、村の中へ侵入する。
すると、やはり周りを見渡しても敵兵の数は一人もいなかった。
替わりに数人のおっさんが俺達の前に両手を上げながらやって来た。
「おい、エロシン家の兵士はどうした」
俺は代表者らしいおっさんに話しかける。
「エロシン軍なら先程、この村の横を散り散りになって通り過ぎて行きました。この村を治めていた騎士は帰って来てません。詰めていた僅かな兵達も、クレンコフ家の追撃を恐れて、今しがた逃げ出してしまいました。私はこの村の村長でございます。我々は以後クレンコフ家に従わせて頂きますので、どうか命だけはお助け下さい」
成る程、やはりエロシン軍は完全に瓦解しているようだな。
これはいいぞ。
既に無傷でこの村が手に入ったしな。
「当たり前だ。これから治める村の民に乱暴などするはずがないだろう。俺はエロシンとは違うんだよ。口で言っても解らないだろうから、形で証明してやる。リリ、食糧と酒と菓子を出してくれ」
やはり領民の心を掴むのは施しだろう。
ゲームでも米を上げれば民忠が十位上がったからな。
「はーい! ちょっと待っててねー」
何時ものように、ぽろぽろと食糧、酒、菓子が入った袋が落っこちてくる。
「こっこれは」
おっさんが、信じられないものを見る目で俺を見る。
「これは俺からの施しだ。今後この村は、ヴィクトルを討ったこの松永秀雄の領土となるからな。自分の民を可愛がっちゃあいけない決まりなんか無いだろうに」
すると、村民達は目の色を変えて、俺に土下座をしてきた。
「あっありがとうございます。実の所、エロシン家に戦の為の食糧を徴発させられまして、食糧が心許なくなっていたのです」
「ならば俺にも責任があるな、ならば遠慮無く持って行ってくれ。あと急ぎで、周辺の村へ俺の傘下へ入るよう、説得して来てくれ」
俺は金貨を十枚謝礼金として渡す。
村人達はもう俺に心服した様な顔つきで、「はい今すぐ行って来ます」と二つ返事で了承すると、準備もおざなりのまま急ぎ足で村から出て行った。
そして忠誠の証として、村中にある馬を人数分掻き集めてもらい借り受けると、日が暮れる前までに少し時間があるので、少しでも多くの土地を奪えるようにと、今日中に一つ先の村まで進軍する事にした。