第三話 森から脱出 初魔法
あれから俺はリリを胸の中にしまったまま寝てしまったようだ。
どれくらいの時間眠ったのだろうか。
気になって自然に腕時計へと目をやると、時間は七時を指していた。
久々の九時間睡眠か。それにしても花の布団は最高だったな、ぐっすり眠れたわ。
俺は上半身を起こし、両腕を上に掲げて背筋を伸ばそうとした。
すると胸の中でなにかがころんころんと転がったかと思うと、そのまま花布団へと転がり落ちる。
「やばっ」
寝起きでリリの事を頭に入れてなかった。
幸いにも落下点が柔らかかったので助かった。
俺はリリの様子を確かめるべく、そーっと腰を降ろしてリリの顔を覗き込む。
「んー、もう食べれないよー」
すると彼女は幸せそうな顔で、口元によだれを垂らしながら眠っていた。
これなら大丈夫だな。
怪我がなくてよかったと安心したところで、ふとこの空間が寝る前と変わらず、一定の明るさを保っていることに気がついた。
時間的には既に夜になってもおかしくない。
ただ空を見上げると、ここには太陽らしきものも存在しない。
恐らくリリが言っていた通り、ここは隔絶された空間なのだろう。
これも魔力によるものなのだろうか。
いいかげん気になって気になってきたので、リリが起きたらそのへんを聞くとしよう。
そう考えをまとめると、リリを起こしても悪いので俺は彼女から少し離れた所で腰を下ろし、飲みかけのお茶で乾いた唇を潤し水分を補給する。
そして寝起きの状態から意識が完全に覚醒してくるまで、しまらくそのまま一時間程過ごしていた。
するとリリの方からなにやら物音がした。
ようやく目を覚ましたのかな。
俺は立ち上がるとリリの下へ向うことにした。
すると彼女も俺の存在に気がついたようだ。
俺が立ち上がると同時に彼女も飛び上がり、そのままブーンと飛んできて見事俺の頭の上に着地した。
「ヒデオ、おはよー」
「ああ、おはよう。よく眠れたかい」
「うん」
それはよかった。
俺はリリを頭に乗せたまま腰を下ろしチョコを与えてやる。
すると彼女は嬉しそうな顔でかじりついた。
「リリ、聞きたいことがある。食べながらでいいから聞いてくれ」
リリはチョコを頬張りながらコクリと了承した。
「昨日言っていた魔力というのは一体なんなんだ。そしてこの空間は何で作られているのか。あと魔法というものは存在しているのか、以上その三点を聞きたい。食べ終わってからでいいんで教えてくれ」
すると寝起きでそんなに食べられなかったのか、リリは早々に食べるのをやめ口を開き始めた。
「えーとねー、魔力ってのはね――」
結果的にリリは俺の質問にしっかり答えてくれた。
ただその話はいろいろと脱線してしまったので、ここは俺の方で簡潔にまとめておく。
まず一点目の魔力についての説明だ。
魔力はこの世界に満ちている気体の構成物質の一つで、場所によりその濃度異なるが一定量は常に呼吸により摂取しているのである。
そして二点目のこの空間に関してだ。
この空間は大変希少な技術である、時魔法によって作られたものらしい。
リリもその入手経路は、お母さんが持っていたということ以外は分からないようだ。
最後に三点目の魔法の存在について。
既に時魔法という単語が出たことからもお分かりかと思うが、この世界には魔法が存在するようだ。
昨日リリがいきなり加速したのは、風魔法を使い加速をしたらしい。
ちなみにリリは風魔法に加え、種族固有の花魔法が得意らしい。
さらにリリ曰く、俺も魔法が使えるらしい。
属性は何かと聞いたら、多分火魔法が得意ではないか、と言われた。
その話を聞いて俺は歓喜した。
何も言わなくてもわかるだろう。
だれもが一度は罹患する病を再発したのだ。
ゲームの世界を体験できるなんて、夢にも思わなかったからな。
彼女から返ってきた答えはこんな感じである。
さて、おしゃべりも一段落したことだし、そろそろここから出るか。
「そろそろ出発したいんだけど、準備はいいか?」
「森はまだ夜だから危ないよ。あと少しで明るくなるから、それからにしよーよ。それに乙女にはいろいろやる事があるんだからねー」
「ごめんごめん。なら少し待ってるよ」
俺は彼女に謝ってから、腰を下ろし考え込む。
なるほど、時間でいうと現在は深夜三時から四時あたりだろうか。
無論この世界が地球の同様に、一日が二十四時間ということを前提としてだがな。
夜明け前まで俺はしばらく待つことにして、花布団に座りながら幻想的な景色を目に焼き付けることにした。
一方、リリはなにやら出発の準備があるのか、一人で花畑の奥へと飛んでいった。
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二時間後。
そろそろ夜が明ける頃だろう。
今俺は昨日ここへ来たときと同じに、リリを頭に乗せながら、この楽園に別れを告げようとしているところだ。
「じゃあいくよー。ヒデオはここから前に進んでねー」
俺は、彼女の言う通りに、一歩づつ慎重に歩みを進める。
昨日と同じく、数歩進んだところで違和感を覚えたが、魔力に慣れたせいか昨日ほどは不快には感じなかった。
違和感が収まると、目の前には青々と生い茂っている木々が、夜明けと共に差し込まれる光を気持ち良さそうに浴びていた。
「おお、森に戻った。でだ、森から出るにはどうすればいいんだ? 俺は全く道が分からないんだ。リリに案内してもらってもいいかな?」
俺は手のひらを合わせてお願いする。
「うん! このリリさんにまかせなさーい」
リリはトンと胸を叩くと頭からブーンと飛び立ち、出口へと案内を始めた。
彼女は俺を気遣ってゆっくりと飛んでくれているので、無理することなく付いていける。
妖精は気まぐれな性格だと思っていたが、彼女に関しては思慮深い性格みたいで安心した。
森の中を歩きながら、ついでに俺は魔法の練習をしている。
実は出発する前までの空いた時間で、少々魔法を教わっていたのである。
彼女曰く魔法は、「ギュってしてポンとだす」らしい。
最初のうちは何がなんだがだかさっぱり解らなかったが、実際に魔法を使ってもらうと、なんとなくだが理解ができた。
要は自分の体にある魔力を集中させて、それを魔法に変換して放出するということだと思う。
そしてどのような魔法に変換できるかは、個人の魔力の質によるものなのだろう。
俺はここまでで、どうにか魔力を集中させるところまでは、できるようになってきたが、これを魔法に変換させることが難しい。
それでもわずか数時間でここまで上達するのはすごいとリリが褒めてくれた。
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それから四時間程歩いただろうか、そろそろ出口が近づいてきたようだ。
明らかに木々の密度も低くなり、木々の隙間に注がれる光量も多くなったからである。
余談だが、この道中で一度狼の群れの襲撃を受けた。
その狼の大きさは体長二メートルは超えており、かつ体毛は緑がかっており、明らかに地球に存在する種ではなかった。
俺はそのときはさすがに死を覚悟したが、簡単に死んでやるかよと思い、全力で魔力を集中させて一匹の狼に突撃した。
しかしその突撃は、俺の想像を遥に凌ぐ速さと力を発揮することができた。
ただそれでも狼一匹を倒せる程度だったのだがな。
俺が一匹の狼と必死に組み合い、高校時代に柔道初段を取った経験を生かし、なんとか組みついて狼を締め上げることに成功したところで、なぜか他の狼が襲ってこなかったことに気が付いた。
もしかして、と思い顔を上げると、そこには見事に切り刻まれた狼たちが死体となって横たわっていた。
リリが風魔法で切り刻んだのだ。
俺はリリに礼を言うと、狼の皮は後々利用できると思い剥ぎ取ることにした。
ちなみに食料はリリが蜂蜜を大量に持参したらしいので、臭い肉をわざわざ食うこともないと考え、皮だけ剥ぎ取ることにしたのだ。
だがいざ剥ぎ取ろうとしても、刃物がなく困っていたのだが、それもリリが風魔法で器用に皮だけを切り取ってくれた。
俺の予想だと、リリの魔法の腕はかなりのレベルにありそうだ。
早速剥ぎ取った皮を、匂いがつくのを覚悟でリュックに仕舞おうとしたら、リリが腰にぶら下げている小さな袋に、皮をすべて入れてしまった。
これも時魔法が付与された一品で、お母さんから貰ったらしい。
所謂アイテムボックスというやつだな。
少し長話だったかもしれないが、俺の活躍はおまけ程度で、リリにおんぶに抱っこの異世界初戦闘は終了したのだった。
話を戻すと、間も無く森から出られそうだ。
ただ森の外にはリリも一度も出た事がないらしい。
母にでるなと強く言われていたとのことだ。
そのため彼女は外の情報が全く分からないみたいである。
それから少し歩くと、ようやく森の出口が見えてきた。
俺はいきなりの光で眼がやられないように手で目を覆いながらゆっくりと森から抜け出す。
「くっ」
さすがに久方ぶりに光を受けたことで、暫くは慣れるまでに時間を必要としたが、程なくしてなんとか目を開けることができるようになった。
俺が苦戦している一方で、リリは体の作りが違うのか、俺が目を開けたときには辺りを物珍しそうに観察しながら、ぶんぶんと飛び回っていた。
ようやく念願かなって森から脱出をすることができた。
しかしここで息をつく訳にはいかない。
まずはこの世界の情報収集を行い、その上で今後の行動を定めなければならないからだ。
「リリ、ここからは慎重に行こう。まずは森の外周を歩き、川を見つけよう。恐らくあそこに見える山から流れてくる川があるはずだ」
「うん、りょーかい!」
森の背後には、恐らく五合目から上はすべて雪で覆われている山が目に映る。
おそらくその山からの雪解け水が川になって流れ出てくるだろう。
「川沿いに進めば恐らく人里なりが見つかる可能性が高い。人里が見つかり次第、様子を見つつ接触を図ろう」
「うん……。でもあたしお母さんに、ニンゲンに見つかっちゃダメって言われたよ。ニンゲンはあたしを捕まえて、怖い所に連れて行っちゃうんだって。でもヒデオは全然そんなことないから、お母さんの言ってたことが間違ってたのかなー」
リリは難しい顔でなにやら考えているようだ。
俺は今の話で大体予想がついた。
彼女のような希少生物を捕まえては、どこかに売り払って金を稼ぐことを生業にしているハンターがいるのだろう。
それこそゲームのギルドのような組織もあるかもしれない。
ならばおいそれと人間に接触する訳にはいかない。
もしくはリリを俺のペットや奴隷として扱うことも視野に入れておかないといけないな。
それならば人族も簡単には手を出せないだろう。
「リリのお母さん言うことは間違ってないぞ。多分俺は特別なんだよ、だからもし人間と会う時はリュックの中に入ってなさい。もし見つかったら俺の奴隷だって言うんだぞ」
「どれいー? それ美味しいの? でもヒデオが言うならそうするねー」
「よしよし、リリはいい子だな」
「エヘヘ」
俺はリリの頭を撫でてやる。
すると彼女も嬉しそうな表情を浮かべながら、気持ち良さそうにしている。
可愛い生き物だな、まったく。
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森の外周を歩くこと約一時間ちょうど太陽が俺の真上まで登っていた。
夜明けからの時間は七時間弱だった。
これは日本とほとんど変わりないはずだ。
これから日の入りまでの時間と、夜の長さを測ってみないとわからないが、恐らくこの世界の一日の長さは地球と大差ないと思ってもいいだろう。
さらに三十分程歩いたところで、なにやら水音らしきものが耳に入ってきた。
川だ! とテンションが上がり、小走りで音のする場所へと近づくと、そこには小川があった。
「よし! これでこの川を下流に向けて歩けば、人里が見えてくるだろう。ここで少し休憩してから川を下るとしよう」
「ヒデオー、やったねー!」
川が見つかってひと安心したところで、休憩兼昼食を取る。
メニューは昨日の残りの菓子と、リリが持参した蜂蜜だ。
花畑から採取したのだろう。
菓子はリリに優先的に与え、俺は主に蜂蜜をごちそうになった。
その味は魔力も含まれているからなのか、今まで食べた蜂蜜とは全くの別物だった。
蜂蜜だけではさすがに空腹は満たされなかったが、魔力を補給したおかげか、体力は十分回復することができた。
俺は出発してから、さらに魔法の練習を続けながら歩いてきた。
そして今しがた、魔力を変換するコツをつかめた感じがした。
ちょうど目の前には川がある事だし、試しに変換した魔力を放出してみるか。
俺は体中の血液を手の平に集めるような感覚で魔力を集中する。
あまり思い切り集めると後が怖いので、体感できる魔力の二割位に留めておく。
そしてそれを表現したい形になるように強く念じる。
ここで集中した魔力の何割かを持っていかれる。
魔法に変換するために必要なエネルギーを、魔力で支払っているのだろう。
すると俺の手のひらに直径五十センチメートル程の火の玉が出現した。
ここで集中を切ると暴発する恐れがあるので、慎重に水面に向けて手のひらに集めた魔力を放出する。
するとドンという衝撃とともに俺の手から火球が放たれた。
水の中に入っても勢い衰えること川底をえぐり取ってしまった。
その反動は俺を後ろに押し出す程強く、足元には三十センチメートル程の土がめり込まれた跡が形成されていた。
「おおっ、思ったより威力があったぞ。これで俺も役に立ちそうだ」
「おー、パチパチパチ」
リリも隣で拍手をして喜んでくれている。
「よし、お次はこれだ」
俺は再び魔力を集中させる。
魔力量はさっきと同じくらいだ。
そして着弾点で爆発するイメージで魔力を変換する。
すると集中してた魔力の八割が変換に取られてしまった。
手の平には、たった五センチメートル程度の赤みががった球体が出現した。
とりあえず再び水面に向けて角度がつくように、斜め上に魔力を放出した。
すると赤珠は弧を描きながら水面に到達すると、ドンと控えめな爆発音とともに半径一メートルほどの小爆発を起こした。
「まあこんなもんだよな……、この魔法はバーストと名付けよう」
恐らく想像する魔法の威力に応じて、変換にかかる魔力は変化するのだろう。
考えてみればそりゃそうだ。
核爆発を想像して、簡単に核爆弾を作れたら苦労はないよな。
そのあと試しに水球や岩弾などに魔力の変換を試みたが、火魔法ほど効率よく変換は出来なかった。
同じ魔力量を使って放たれた水球や岩弾の威力は、火球の二割にも満たなかった。
なるほど「火魔法が得意そうだ」という意味はそういう事か。
よし、とりあえず魔法の実験はこれくらいにして、さっさと下流へ向かうとするか。