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第二十八話 クレンコフ村の戦い①

 使者を斬り殺してから五日間、その間に俺達は出来る限りの防御設備を作った。

 まずは堀を火魔法で削って深くし、さらにマルティナとナターリャに水を張ってもらった。

 蜂蜜を舐めまくっている為、作業効率が格段に上がるからこその力技である。


 続いて土塁だ。

 これは、元から申し訳程度の物は作られていたのだが、来る籠城戦に備えて、領民達が総出で築いてくれた。

 五日でこの成果ならば、十分である。


 そして護衛の騎士が吐き捨てた言葉が本当だとすれば、そろそろ敵がお出ましする頃だろう。

 

 すると翌日、俺が物見櫓から進軍ルートの様子を窺ってると、ぞろぞろとエロシン軍と思われる集団が山を登る様子を確認することが出来た。

 どうやら挑発は成功したようだ。

 

「おーい、敵が来たぞー!」


 俺は櫓の下にいる兵士に大声で敵襲を知らせる。

 それを聞くやいなや、兵士は館へとすっ飛んで行った。

 これで皆に話が伝わるだろう。


 後数時間もすれば到着するな。

 さあいよいよだ。


 クレンコフ村は既に臨戦態勢にある為、エロシン軍襲来の報が知らされるや否や、一斉に皆が持ち場に着いた。


  その数、常備兵三十人に加え、領民兵が七十人の計百人。

 領民兵は自ら志願しており、普段から仕事の合い間を縫っては訓練を受けている者達だ。

 そのため練度も、エロシン軍の兵と比べて遜色ないだろう。


 その多くは大手門前に集まっている。

 門前には水堀に加え、さらに高さ二メートル近くの土塁がある。

 水堀と土塁の組み合わせは易々と超えられる代物ではない。

 その為、エロシン軍はセオリー通りに、まず大手門を制圧に来ると読んでの事である。


 その他、女子供らはすでに領主の館付近に避難させている。 

  

「よし、みんな準備はいいようだな。これなら何時攻め込まれても大丈夫だ」


 俺は物見櫓からエロシン軍の動きを窺いながら、士気旺盛な兵士達の後姿を頼もしげに見つめている。

 敵軍が来るまでもう少し時間がありそうだな。

 それまでに出すものを出しておくか。

 いざと言う時に漏らしたら、誰かさんの様に末代まで語り継がれそうだからな。 



---



 目の前には居並ぶのはエロシン軍。

 その数は千を欠ける程だろうか、俺が思っていたより少し多い位に見える。

 だがよく観察すると、年端も行かぬ少年や、白髪混じりのおっさんも結構いるようだ。

 これはなりふり構わずに、騎士連中を集められるだけ集めた感じがするな。


 エロシン軍はこの戦いでクレンコフ家を滅ぼすつもりなのだろう。

 そりゃあ使者の首を斬られたら、自分の顔に泥を塗られたようなものだ。

 俺がヴィクトルの立場になってみたら、怒り狂うのも無理はない。


 しかし敵軍は中々動こうとはしない。

 旅路の息を整えるにしては、少々長い気がするな。

 思いの外、防備が整っている事に面食らっているのだろう。


 そろそろ時刻も夕方に差し掛かる。

 これは今日は仕掛けてこない公算が高くなった。

 だとすると決戦は明日に持ち越しだ。

 今日は夜襲に気を付けて、明日に備える事にしよう。


 

---



 明けて翌日、朝からエロシン軍の様子が慌ただしい。


 昨晩の煙の量から推測するに、結構な量の携帯糧秣を作った事が窺えた。

 ならばこれから、総攻撃が来る確率は相当高いだろう。


 ほら、言っている側から敵兵が進軍して来た。

 この世界の戦争作法は知らんが、宣戦布告も無しに攻撃を加えるとは如何なものか。

 敵が蟻の様に大手門の前に群がってくる。

 先陣を切った騎士達が足場を確保し、続いてくる雑兵共が橋になるであろう木板を担いで、水掘に近寄ってくる。


 そう簡単にやらせるかよ。


 現在俺は櫓に立ち、敵の頭上から魔法を打ち込む構えだ。

 他の櫓にも、ナターリャ、マルティナが配置されている。

 リリは敵に見つからないように飛び回っているので、櫓は必要ない。


 俺が思えばみんなも思うという事で、俺より早く他の三人が同時に敵兵目掛けて魔法を放った。

 三つの魔法が混じりあい、ドガシャンと理解不能な轟音と共に、その場にいた敵兵三十人程を吹き飛ばした。

  

 しばらくして土煙が収まると、半数程が戦闘不能になっており、残りの者も何らかの軽症を負っている。

 しかし、敵も士気旺盛だ。

 諦めずに再攻撃を仕掛けて来た。

 

 あれ……、なんか一人豪華な鎧を着けている奴が前進して来たぞ。

 恐らくあいつがヴィクトルだな。


 ピカピカの悪趣味な鎧を身に着けたヴィクトルと思われる男が、虎の子の魔法隊を率いて張り出して来た。

 もちろん狙いは櫓にいる俺達だ。

 

 十名程の魔法隊とヴィクトルは櫓を目掛けて、魔法を連発してくる。

 魔法隊の実力は並程度だが、問題はヴィクトルだ。

 彼はマルティナ目掛けて魔法を連発している。

 なんて奴だ! 好きな子に振られた腹いせみたいで情けないぞ!

 

 だが、地力で劣るマルティナは捌くのが精一杯と言った様子である。

 俺とナターリャさんは、それぞれ五名分の魔法を処理しなければならない。

 

 一人一人のレベルは高くないのだが、時間差で撃たれると、捌き切るのが面倒になって来るので厄介だ。 

 その隙に、弾幕の薄くなった水掘りに橋が掛けられてしまった。

 遊撃しているリリと二十名程の弓兵が頑張って攻撃を加えているのだが、如何せん敵の人数が多く、水堀前のすべての敵を仕留め切る事は出来ていない。


 次第に、攻撃を掻い潜った敵兵が一人二人と堀を渡り切り、大手門へと押し寄せた。

 このままでは大手門前を占拠されてしまうので、俺はバレスに合図を送る。

 

 するとバレスを隊長する斬り込み隊が大手門から飛び出して行き、馬鹿でかい掛け声と共に、門前に集まりかけていた敵兵をバタバタと斬り倒していく。

 流石はバレス隊、まるで鬼神のごとき働きだ。

 わずかの間で、敵兵三十人余りを戦闘不能に追い込んだ。


 それと同時に、俺に攻撃を仕掛けていた魔法隊の火力を弱まって来た。

 魔力が尽き掛けているのだろう。

 こっちは蜂蜜で半永久的に魔法が撃てるので、これは好機だ。

 

 ちなみにこの世界も魔力回復薬はあるにはある。

 だがその効果はべらぼうな値段に比して、良いとは言えない。

 大体、俺の魔力を満タンにするのに金貨七十枚程はかかる。

 なので、そうガバガバと飲める代物では無いのだ。

 そのような事情により、恐らく敵が持っている魔力回復薬は回復量も回復速度も、リリの蜂蜜の足元にも及ばないと推定できるのである。

 

 俺は既に後退を始めているヴィクトルと魔法隊に向け、特大ファイアーボールを後ろからお見舞いする。

 すると、リリ達も俺に呼応してくれて、四方からの魔法攻撃が彼らを襲った。

 

 ヴィクトルと魔法隊は必死で相殺を試みるが、少ない魔力で捌き切れるはずもなかった。

 なんとか俺とマルティナの放った魔法は裁ききれたが、リリとナターリャが放った、特大のウインドボールと特大アイスアローは直撃を逃れられなかった。

 二人の魔法は護衛の兵士も巻き込んで、結果的の魔法隊の半数以上を無力化する事に成功した。


「よし邪魔者は消せたな。だがこれ以上ここで殺っちまうと、勝負が決まっちまうな。ここらが潮時か……」


 数えてみると、俺の眼前には百人弱の死体の山が築かれていた。

 重傷者も入れると、敵の被害はさらに酷い事になっているだろう。

 敵の総数の一割以上は排除した事になるからだ。


 普通の戦ならば、これ以上の被害は敵も看過できないだろう。

 だが早々とヴィクトルが前線に出てきた事から考えると、敵の士気は高そうだ。


 ここは俺達も魔力切れと見せかけて一旦退き、作戦開始だな。


 恐らく、俺達が魔力切れと見せかけて退けば、敵も好機と見て突っ込んで来るだろう。

 そしてやられたふりをしつつ、敵をじわじわと中まで引きずり込んでやる。

 こっちは被害を最小限に留めながら、ちまちま敵を削りつつ、防衛ラインを下げていけばいいだけの事だ。

 

 村の中は籠城戦に備えて、一度に大勢の敵兵がなだれ込めない造りになっている。

 二の丸深くまで敵を引き付けてやれば、戦線は駄々延びになるだろうな。

 それに敵の被害もさらに拡大して、俺達に作られた仮初めの勝利を勝ち取るまでは、退くに退けなくなっているだろうよ。

 

 俺はこの疲弊しきったタイミングを見計らって、ヴィクトルを殺すつもりだ。

 この戦は普通に敵を追い返し、勝利する事は簡単だ。

 だがそれだけでは物足りない。

 戦後の事を考えると、俺がウラールで覇権を握る為には、ここで無理をしてでも確実に殺すべきだと判断したのだ。

 もちろん、敵の戦意を挫き、かつ味方の被害を最小限に留める事を両立しながらである。

 

 よし、一旦仕切り直しだ。

 俺はリリ、マルティナ、ナターリャ、バレスの四人に合図を送る。

 

 そして櫓から降り、三の丸内に作られている陣地に向って駆け出した。

 

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