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第二十七話 エロシンからの使者③

残酷シーンがありますのでご注意を。



 いきなり俺が使者を斬るなどと言った為、皆は驚きを隠せなかったようだ。


「みんな聞いてくれ。これには理由があるんだ――」


 俺は戸惑いを隠せないマルティナらに、以下の内容を出来るだけ解りやすく説明した。


 俺が恐れているのはエロシン家の兵力増強だ。

 もし一ヵ月の間に南方三家と不戦協定でも結ばれたら、抑えの兵も向けられる。

 その時は、恐らく千を越す兵で攻められ、こちらもただでは済まないと思う。

 さらに確率は低いが、アキモフ家とロマノフ家の裏切りも考慮に入れないといけない。

 その為、エロシン家が早くに攻めて来てくれた方が、敵兵力は少ない公算が高くなる。

  

 その手段として使者を斬り、それに加えヴィクトルを挑発する言葉でも送れば、奴らは準備もままならない内に、怒り狂って攻めて来るだろう。

 エロシン家がウラール地方の主を自覚しているなら、必ずと言って良い程に。

 何せ弱小勢力に面目を潰されたのだからな。

 名代である使者を切られて黙っていては、暗にクレンコフ家を恐れている事を宣伝するような物だからである。

 

 言い方を変えれば、こちらから仕掛けるようなものだ。

 しかもわざわざ敵が、こちらの要塞にホイホイと入ってくれるおまけ付き。

 普通に攻め入るより遥かに効率がいい。 


 ただし、使者を斬ると言う方法は道義的には反するかもしれないが、エロシン家のこれまでの無礼な振る舞いを考えたら、理解を得てもらう事も十分可能だろう。

 

 そんな建前はともかく、勝てば官軍なのだ。

 戦いで勝つ方が遥に重要だと俺は思う。


 どうせ放っておいても戦になるんだ。

 俺は手段は選ぶつもりはない。

 

 その他に、エロシン家が我々が食糧を調達したと言う事に気付いていない点を。

 それによりアキモフ家が裏切っている、と言う懸念が今の所払拭された事も皆に伝えた。


 だが問題は皆が賛成してくれるかだな。

 やはりマルティナはなんとも言えない表情をしている。


「秀雄殿……、さすがに使者を斬るのは、道義的な問題があると思うのだが……」

「マルティナは甘いと思う。これまであいつらに、どんな仕打ちを受けてきたか解っているのか。強大なエロシン家と遣り合うと決めたのだから、中途半端な気持ちでは負けてしまうぞ! 今は出来る限りの手段を講じ、それを躊躇なく実行しなければならないんだ!」


 マルティナは少し人が良過ぎる嫌いがある。

 そこを直さないと、当主としては上手くやっていく事は難しいかもしれない。

 時には非情な判断も必要だ。

 今回、俺の判断が百パーセント正しい、と言い切る事は出来ないが、そのまま何もしないよりはマシだと思う。

 

 そして俺はさらなる意見を求め、バレスとナターリャを見遣る。

 すると二人がそれぞれ話し始めた。


「わしも道義的にはどうかと思うが、エロシンに煮え湯を飲まされて来たのも確かだからな。それに秀雄殿言う事はもっともだ。これは逆に我々にとって好機かもしれんな」

「切るべきね……。今こそ長年の恨みを晴らすべきだわ!」


 バレスはともかく、ナターリャさんが怖い……。

 既に半分戦闘モードに入っているようだ。


「うう……、私以外はみんな、秀雄殿に賛成なのだな。やはり私は甘いのだろうか……。いざと言う時に非情になれなくては、当主失格ではないか……」


 マルティナがいじけてしまった。

 仕方ない、少しフォローしておくか。


「マルティナの甘さは言い換えれば、俺には無い優しさがあると言う事だ。お前が非情になれない時は、俺がその役目を引き受けるよ。だからそう落ち込むな」

「――ありがとう……。だが当主の責務から逃れてはいけないと思う。秀雄殿の言っている事は確かに理に敵っていると思う。このまま無駄に時を過ごす位なら、勢いのある内にぶつかった方がいいのかもしれない」

「俺はそう思う。それで使者の扱いはどうするんだ。最終的には、あなたが決めなければならないんだぞ」 


 マルティナは俯き、なんとも頼りない表情で考え込んでしまった。

 そして一分程の沈黙の後、ようやく重い口を開いた。


「秀雄殿の言う通りに、……使者を切る事にする。そして当家はエロシン家と雌雄を決すると宣言する!」


 よくぞ、決心したな。

 せめて、汚れ仕事は俺が引き受けてやるからな。

 

「今のマルティナの決意、この耳にしかと聞き入れた。後は俺に任せろ。自ら言い出した以上、この身に代えてもクレンコフ家を守ってやるよ」

「うん……、すまぬ。でも秀雄殿一人にその業を背負わす訳には行かない。私も見届けさせてくれ」


 彼女にも当主としての覚悟があるのだろう。

 俺にはそれを断る事は出来ないな。


「そうか、そこまで言うのなら一緒に行こう。ナターリャさん、バレスさん、あとレフさんにセルゲイさんもご同行願います。これから使者を始末するんで、適当な袋でも用意してください」


 それから、俺はヴィクトルに宛てる為の手紙を、マルティナにしたためさせる。

 その内容は、明日にでも攻めて来いと言う事に加えて、大量の罵詈雑言を並べている。

 これならイライラするだろうな。


 そして再び館を出ると、先の面子を率いて坂を下っていった。

  


---



 坂を下る事数十分、名ばかりの迎賓館の前へと俺達は到着した。

 さあここからが本番だ。


 ガチャりと扉を開くと、そこには既に数本のワインの空瓶が並べられていた。

 さらにその先には、酔っ払っている使者と護衛の騎士達がいた。

 使者はともかく、護衛までもが酒を飲むとは……、こちらも舐められたものだな。 


「お楽しみのようで何よりです。ささやかな御持て成しでしたが、皆さんのお口に合いましたでしょうか」


 俺は恭しい態度で話しかける。


「ああお前か。貧乏領主にしては悪くない馳走だったぞ。だが精一杯の見得を張ってこれでは、いささか不憫と言うものよのう」


 使者も騎士連中も、マルティナを見ては馬鹿にしたような表情を浮かべる。

 飯も酒もバカバカ胃に入れている癖によく言うよ。


「それは手厳しい。話は変わりますが、今しがたマルティナ様がご決断をなされまして、使者様に、先程の申し出のお返事をなさりたいそうなんです」


 すると使者は目の色をギラリと輝かせ、身を乗り出してきた。

 いい話だとでも思ったのだろう。

 既に褒美の事まで考えているのかもしれんな。

 馬鹿な事だ。


「そうかそうか、それは殊勝な事だ。では早速聞こうではないか、その返答を――」


 俺は体に魔力を漲らせ、剣に手を掛ける。


「では私が代わってお答えします。――こういう事だ!!」


 ザシュ!!

 俺は全力で床を蹴り、瞬きする間もない速さで使者の首を斬り落とした。

 

『……』


 あまりにも一瞬の出来事だった為か、護衛の騎士も反応する事すらできなかった。

 今は、あっけに取られ呆然としている。  


 俺は床に落ちた生首を拾い上げ、用意させた袋に入れる。

 そしてマルティナの手紙も一緒に、護衛の騎士の前に投げつける。


「これが俺達の返答です。来るならいつでも来なさい、相手になる。俺達の言い分はこの手紙に書かれてある通りです。こいつの首と一緒に、ゲス野郎ヴィクトルさんに責任を持って届けて下さいね。道中ご無事をお祈りします。なんなら途中まで護衛でもつけましょうか」


 こいつらにイライラしていた事もあり、嫌味ったらしい言葉をぶつける。

 するとさすがに護衛の騎士達も我を取り戻したようで、酒に酔って赤い顔を、さらに紅潮させてきた。


「これがお前らの答えか! すぐに戻りヴィクトル様に報告する。覚悟しておけよ! 貴様らの命など持って一週間だからな」


 などと捨て台詞を吐いて、逃げるように村から出て行った。

 

 あいつら馬鹿だな、酔っ払っているせいか大事なことゲロりやがった。

 持って一週間と言っちゃ駄目だろ。

 攻め時を知らせてくれるようなもんだぜ。

 

 だがこれで攻めてくるまでに多少の準備は出来そうだな。


「マルティナ、今から急ぎで防備を固めるぞ。手の空いている者を全員集めろ!」

「ああ! バレス爺、主だったものを二の丸の広場に集めてくれ」

「承知しましたぞ!」


 使者を斬り、エロシン家との戦が本決まりになったお陰か、皆もこれまでとは違う雰囲気を醸し出した。

 

 俺の人生ここが最大の山場だな。

 既に背負っている物が大き過ぎるせいか、初陣を数日後に控えているとは思えない程落ち着いていた。

 さあ、これから作戦を考えるとしよう。

 

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