第二十六話 エロシンからの使者②
そろそろ大手門が見えて来たな。
貧相な造りだが、一応大手門と呼んでやろう。
なんかその方が格好良いからな。
それで、使者とやらはどいつだ――。
いたいた、あの脂ぎったおっさんだな。
あと護衛の騎士が三人か。
「これは使者殿。遥々遠方よりお越しくださってご苦労。私はクレンコフ家当主、マルティナ・レナートヴナ・クレンコヴァだ。本日はいかな用向きで」
マルティナは堂々とした態度で使者に接している。
若いのに大したものだな。
「おほん、我はエロシン家が当主ヴィクトル・ヴァシーリエヴィチ・エロシンが名代ヴコール・ジェミヤノヴィチ・ベズルコフと申す」
長げーよ。
いちいちフルネームを偉そうに言うな。
名字だけで十分だ、油蛙がっ!
「ああ、ベズルコフ殿か。それで用向きは」
マルティナも頭に来てるのか、用件を早く言えと使者を急かす。
「うむ、では言うぞ。クレンコフ家当主、マルティナ・レナートヴナ・クレンコヴァに通告する。ただ今から一ヶ月以内の我と婚姻するか否か決めよ。もし断るようならば、我への敵対行為とみなし、クレンコフ領に攻め入る」
何、いきなり最後通告かよ。
恐らく食糧が切れる頃合いを見計らっての事なのだろうな。
賛成すればそれで良し。
反対すれば、飢えで士気が落ちた所を頂く算段だな。
この山城はそう簡単に落とせない事を、向こうも知っているからこその搦め手だな。
だがこれで俺達が食糧を手に入れている事を、向こうが知らないと言うのが分かったな。
もしそれが漏れるとしたら、恐らくアキモフ家からだろうから、彼らの裏切りの心配は無いと思っていいだろう。
俺はマルティナに手招きをする。
すると、いきなりの話に頭が真っ白になっている様子の彼女は、はっとした表情になり、俺に耳を寄せてきた。
「とりあえず緊急会議だ。使者には少し待ってもらおう。飯でもご馳走し、こちらに余裕がある所を見せてやろう。案内は俺がするよ、場所はあそこの建物でいいな?」
そうマルティナに耳打ちしすると、彼女は首を縦に振り、使者に話かける。
「ベズルコフ殿、言いたい事は分かった。だが遥々我が領までやって来ててくれたのに、そのまま返すのは忍びない。折角なので昼飯でもご馳走しよう。秀雄よ、案内してやってくれ」
俺は首肯する。
「ははは、ならばお言葉に甘えよう。だがしっかり食事は出してくれよ。いくら麦が無いと言っても、客をもてなす分程度はあるのだろうからな」
「ああ、もちろん精一杯の振る舞いをさせてもらうよ」
嫌味ったらしい使者だ。
こんな奴を遣すなんて、エロシン家のゲスさが丸分かりだぜ。
「では私が案内します。こちらへどうぞ」
「ああ、いい部屋を頼むぞ」
俺は嫌味を込めて、遠回り気味で使者たちを先導する事にした。
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大手門から遠くない場所に、来客用に作られた建物がある。
俺はそこへ案内する途中に、少し詮索をしてみる事にした。
「ヴィクトル殿は随分と自信がおありなのですね。このような大胆な申し出をするなんて」
「当たり前ではないか。当家とそちらでは家格が違うのだよ。そもそもそちらが素直に一回目の勧告に応じれば良かったものを、ごねるからこう言う事になるんだ」
使者の言葉尻からだが、なんとか無傷でクレンコフの精鋭を取り込みたい、と言う気持ちが表れている感じがするんだよな。
「ですが、我々は攻められた時は死兵となって戦い抜きますよ。その時は、そちらの被害も尋常では無い程に出るのではないですか」
「そんな事は無い。数十人の兵と素人の集まりなど、当家の大軍の前では赤子も同然だ。有無も言わせずに蹴散らしてくれるわ」
やはり簡単にはボロは出さないか。
少しでも狼狽してくれれば、向こうが被害を出したくない、と思っていると分かったんだがな。
「それは怖い。そうならないように、マルティナ様にご進言した方が良いのかもしれませんね」
「ああ、そうした方が身のためだぞ」
使者は表情を変えないままだ。
だが、少し声色が高くなっているのは気のせいだろうか。
「では、もし――」
「これ以上話かけるな!」
詮索されたくないのだろう。
護衛の騎士が止めに入る。
ここまでだな。
大した情報は得られなかったがまあいいだろう。
俺は使者達を迎賓館と言うには粗末過ぎる建物まで送り届けると、魔力全開にして全速力で館へと向った。
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館へ帰ると、既に皆が俺を待ち構えていた。
「秀雄殿、待っていたぞ」
とマルティナに一言もらい、席に促される。
「遅くなって済まない。皆お揃いのようだな」
「ああ、では話を始めるとするか」
するとバレスが前に出てきて、また進行役を受けるようだ。
「ごほん、先程エロシン家から最後通告とも取れる、申し出がありました。それに対する皆様の意見があれば、ご発言して下さい」
するとマルティナが口火を切る。
「私はこれまでなら、領民の為と言う口実で自分の気持ち押し殺して、ヴィクトルに嫁ぐ事を決めていたかもしれない。だが今は違う。幸運にも秀雄殿に出会い、食糧のメドも立った。これならば、エロシン家に一矢報いる事が出来るかもしれない。もしそれに成功すれば、ボリス叔父上とロマノフ家も表立って反エロシン家の姿勢を打ち出してくれると思うのだ。それにせっかくの出会いも逃したくないしな」
最後に、少しは恥ずかしそうに、ちらっと俺に目を向けてくれた。
俺はマルティナに笑顔で頷き返すと、立ち上がり口を開く。
「マルティナの言う通りだ。どちらにせよ俺達に残された道は、エロシン家と戦うか、軍門に下るかの二択だ。中途半端な先延ばしは、こちらがジリ貧になるだけだ。ならば食糧も入り、士気も盛り上がっている今こそが決断の時だと俺は考える! 向こうからわざわざ攻めてくれるのだから、逆に有り難いと思った方がいい位だ!」
少し演説ぽくなってしまったが、ここは大事な場面なので強く言っておく事にした。
「そうだ! 食糧さえあればエロシン程度は相手にならんわ! 泣きべそをかかせながら追い返してやるわい」
『そうだ、そうだ』
バレスを筆頭とする三騎士もエロシン家と戦う事に賛成のようだ。
あとはナターリャか。
「私もレナートさんと、一から築いてきたこの村を、差し出すのはいやだわー。それに大元の原因は、私がエルフである事なんだから……、その責任は取るつもりよ。それにヴィクトルなんかにマルちゃんをあげるんなら、秀雄ちゃんに貰ってもらった方が百倍マシよねー」
ナターリャも対エロシンに賛成みたいだ。
それに随分と俺の事を買ってくれているようで、大変驚いた。
もちろん俺にとっては大歓迎なのだがな、色々な意味で。
それに彼女も、普段はゆるーい感じだが、内心では相当堪えてたみたいだな。
「皆さんも、エロシンと一戦交える事に賛成みたいですね。後は、リリ、クラリス、ビアンカ、チカ、お前達の気持ちを聞きたい」
これから幾つもの屍を超えていく事になるからな。
それが嫌ならば、仕方が無いが里へ帰るなり、どこかで静かに暮らすなりしてもらわないといけない。
「あたしはヒデオに付いて行くって決めたもーん。それにー、嫌なニンゲンならやっつけてもいいと思うのー」
「妾はもうお兄ちゃんの妹、つまり身内なのじゃ。だから何があっても一緒なのじゃ!」
「私も秀雄様にこの身を捧げると決め手おります。これからは、その様なお気遣いは、不要でございますよ」
「チカはもう秀雄に差し出されたも同然にゃ。だからチカに気にする事にゃく好きにやってくれていいんだからニャ」
思っていた通りだが、四人とも反対はしなかった。
これで全員がエロシンとやり合う事に賛成のようだ。
「そうか、皆俺に付いて来てくれて有難うな」
俺は四人に礼を言ってから、再びマルティナに向き直る。
「全員がエロシンと一戦交える事に賛成みたいだな。そこで俺から提案がある。使者の首を斬ってヴィクトルに送り返そうと思う」




